第13話
【13】
読み取ったドミニクの心にシャルロッテへの愛情は確かにあって、そのへんの生々しさはともかく、これで相手の心にその人物が住んでいれば変身は持続されるということがわかった。
私はそのまま奥棟の使用人部屋で皇子の乳兄弟で護衛隊長のアスランを殺し、続いて女官のドーリアも同じく使用人部屋で殺した。アスランは皇子とシャルロッテが乳繰り合う東屋へアマルベルを通せんぼしたし、ドーリアはシャルロッテと内通してアマルベルガを女にしかわからない嘲笑で蔑んだのである。そのお返し、すでにアマルベルガの憎しみは私の憎しみだから。
アパートみたいにずらりと並ぶ小さな部屋の中、息絶えた彼らはただの肉のかたまりに見える。隣の部屋へ物音は聞こえていただろう、けれど使用人たちは自分の身に何かが起こるのを恐れ、何も聞こえなかったというに違いない。王宮では誰も老皇帝に逆らわない、逆らえない。第一皇子のディートリヒが死んでも大丈夫、まだ下には十六人の皇子と十九人の皇女がいて、誰もが皇帝位を狙いつつも暗殺されるのを恐れている。
ふと、捕まったらどうしよう? と一瞬の恐れが私を駆け抜けたけれど、――構うことはない、どうせ私が死ぬだけ、カムリは生き続けるのだから。カムリが生きていれば私もわたくしも生きているのと同じだと、理解しているから、怖くない。
短刀を通りすがりの部屋の花瓶の中に隠し、私はシャルロッテの姿で堂々と廊下を歩く。すれ違う人は、いる。魔法灯の篝火を持った衛兵が私に一礼し、何か夜の用事らしい侍女は膝を折る。シャルロッテが皇子の愛人、ひいては次期皇太子妃と目されていることなど周知の事実のようだ。アマルベルガが修道院に入れられて一か月弱、すでにその存在は誰も覚えられていない。
――望むところよ。
と思った。誰もが私の姿を見て、ああシャルロッテ様……シャルロッテだ……公爵令嬢の。愛人の娘の方だ。シャルロッテ……一応、礼をしておくか。皇子に媚びを売って悪いことはないから。そう考えている。許せないことだ、きっと彼らはアマルベルガの姿を見てもそうは思わなかった。ただアマルベルガの豪華なドレスに機械的に頭を下げて、それきり何も、誰も。
私は王宮の裏手に回る。シャルロッテがどうやってディートリヒと逢引を重ねたのかは、原作小説が教えてくれる。ディートリヒの遺体が見つかるのは明け方を待たねばならないだろう、彼はシャルロッテを自室に呼ぶとき、必ず誰も近づけなかったからだ。
馬車がやってきた。御者は父上の印章を額に焼き印した【奴隷人形】。強烈な既視感だった。まるで私がこの世界にやってきた日みたい。
ワルグナー公爵はシャルロッテのため、王宮に常に【奴隷人形】と馬車を控えさせておいたのだ。あの日、アマルベルガを連れに学園にやってきたのはシャルロッテのためのこの馬車が流用されたのかもしれない。
「ふ、ふふふっ」
と笑い声が漏れた。アマルベルガとも私とも似ても似つかない、可憐な鈴を転がすかの声である。
美しい娘には価値があるので、周りもきちんとおぜん立てするのだ。
ああ、むなしいことだなあ……けれど、すでにディートリヒもドミニクもアスランもドーリアも、血だまりの中に倒れ込んで誰にも見つけてもらえないのだから、もういいかな。ディートリヒはシャルロッテと誰にも邪魔されずしけこむために、ドミニクは研究を邪魔するなといって、アスランは皇子の乳兄弟の地位をかさに着ていたから友達はいないし、ドーリアも高飛車すぎて誰も部屋に近寄らない。よって彼らはすべて、翌朝にならなければ発見されないのだ。きっと硬くなって青ざめて、無様な顔で見つけられる。家族にも誰にも看取られず、信じていた崇拝していた愛していたシャルロッテに殺されたと思って死んだ。
「うふふふふ」
そう思えば滑稽な気さえする。どんな世界だろうが歴史だろうが、基本的に生きてるもん勝ちだ。それだけは変わりない、世界の真実だ。
笑ううちに変身が解けた。私はアマルベルガに戻る。洗濯すら満足にできていない、着た切り雀のドレス。粗食で体力の落ちた身体に、憎悪だけ宿した顔。震えるままのアマルベルガ。手の中にあった短刀は王宮の花瓶の中、身体の中には見えも聞こえも感じ取れもしないけれどカムリとかいう魔物がいて、ミラーもいる。コロ太郎がしっぽを振っているような、曖昧な気配。
――残りはすべての元凶どもだ。逃がしはしない。
私は決意をあらわにする。それにしても、御者が【奴隷人形】でよかったこと。私の変身もこの顔も見られなくてすんだのだから。
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