14章 そうだ、鹿を狩ろう
第119話 そうだ、鹿を狩ろう01
辺境伯様になんだか訳のわからない話で呼び出され、久しぶりの旅を満喫してから1月ほど経った。
村はすっかり春めいて、そこかしこに花が咲いている。
(そう言えば、村には桜が無いな。あれがあればサクランボからキルシュワッサーことエリファイが作れて菓子の幅が広がる。それにサクランボはルビーが喜びそうだ)
などと考えながら、今日も適当に役場で仕事をした。
この時期は平和だ。
そろそろ田植えが始まるからその手伝いに駆り出されたりはするが、書類仕事はぐっと減る。
税金の処理も終わり、許認可の申請もあまりない。
そういうのが増えてくるのは夏から秋にかけてだ。
のんびりと仕事を終えると、ドーラさんの飯を堪能し、一応魔獣の状況を確認するために、ギルドへと向かった。
(今日の山菜蕎麦は絶品だった。やはり旬の味覚はいい)
と感慨にふけりながらのんびりと徒歩で向かっていると、駆けまわる子供たちから、
「そんちょー、こんにちはー」
と挨拶される。
私が、
「ああ。こんにちは。元気に遊んでたくさん食えよ」
と返すと、
「はーい」
と元気に返事をしてまた駆けていく子供たちの背中を微笑ましく見送った。
ギルドに着き、いつものようにサナさんに声を掛けると、アイザックは暇だという答えが返ってきたので、案内と茶は断って勝手知ったるギルマスの執務室へと入っていく。
「よう、暇らしいな」
と私が失礼な挨拶をすると、
「ああ、平和なもんだ」
と気の抜けた返事が返ってきて、
「熊の時期だろ?」
と私が聞くと、
「ああ、中堅どころが頑張ってくれてる。あと、ガキどももずいぶん成長した」
と言って冒険者の状況は悪くないと教えてくれた。
私は、
(ならしばらくはのんびりしていても大丈夫だな)
と思いながらも、ふと思いついて、
「鹿はどうだ?」
と聞いてみると、
「…?普通だと思うぞ」
アイザックは何を当たり前のことを聞いているんだ?という顔で私を見てくる。
鹿の魔獣、ディーラは厄介な存在ではあるが、そこまで急を要しない。
ヤツらは草食で、森の奥を好むから村に危険を及ぼすような事態になりにくい。
しかし、大食いだから放置すると森が荒れすぎてしまう。
そして地味に強い。
熊ほど好戦的ではないが、自分の縄張りに入ってくる者には容赦なく立ち向かい、時には熊を撃退してしまう。
急ぐ必要もないが、のんびりもしていられない。
そんな魔獣だ。
「行ってくるか…」
私がそうつぶやくと、アイザックは、
「おいおい。オークならともかく、鹿なら任せてもらってかまわんぞ」
と少し怪訝な顔でそう言った。
私は、どうやら誤解を招いてしまったと思い、
「いや。ギルドを信用してないとかそういうんじゃない。ちょっと魔石が欲しくてな」
と弁解する。
「魔石?金にでも困ってるのか?」
と聞くアイザックに、私は、
「いや。うちの子に緑色の魔石をプレゼントしたくてな」
と笑顔で答えた。
そんな私に向かって、アイザックは、
「いつからそんなに子煩悩になりやがったんだ?」
と悪態を吐くが、私は、
(お前だって、事あるごとにコッツにおもちゃの注文を出しているじゃないか)
と思い、
「はっはっは。お前ほどじゃないさ」
と言ってギルドを後にした。
翌朝。
いつものように稽古に出て、ローズの剣をみた。
着実に上達している。
師匠気取りではないが、なんともうれしい。
そう思って、稽古を終えると、顔を洗って、厩へ向かう。
「2人ともおはよう」
「「ひひん!」」
今日も2人は元気そうだ。
コハクの首元には例のヌスリーの魔石がはめ込まれた首飾りが付けられている。
ずいぶんと気に入ってくれたらしく、出来上がるとすぐにマリーに見せると言って、離れへ連れて行かされた。
当然マリーもほめてくれたから、なお一層気に入ったらしく、しばらくの間、エリスにドヤ顔で見せていたのを覚えている。
そんな様子を見て、
「もう少し待っていてくれ」
と言ったら、エリスは、
「ぶるる」
と少しそっぽを向きながら鳴いて、まるで、
「べつに」
と言っているようだった。
やはりこの子はツンデレ気質らしい。
そんなことを思い出しつつ、
「今度、鹿を狩りに行こう」
と言うと、エリスの目が輝いた。
「ひひん!」
と鳴いて、いつ?今日?
と聞いているように見える。
私が、
「はっはっは。もう少し待ってくれ。仕事の調整があるからな」
と言うと、エリスは少しシュンとしたような顔をしたが、それでも、嬉しかったのだろう。
ご機嫌な様子で尻尾を振っていた。
朝食の後、役場に行く。
書類の状況を確認すると、
「たいして急ぎのものはありません」
といつもの淡々とした口調でアレックスはそう言い、強いて言えば、村が管理している農機具の修繕と新調にかかる予算の決裁くらいだと言うので、ざっと書類に目を通し、数も妥当だし予算的にも問題がなかろうと思ってすぐに決裁した。
他にも早めに済ませられるものは済ませてしまおうと思っていくつかの書類を見てみるものの、取り立て急ぎのものはない。
作付けは順調。
ご婦人方のご要望もいつもの通りだ。
変わったことと言えば、珍しく村に居ついた若い女性の冒険者が炭焼きの若者と結婚したということくらいか。
新婚は何かと物入りだろうから、祝儀のひとつもだしてやろう。
とそんなことを考えるくらいでその日の仕事は終わった。
帰り際、
「明日から4、5日鹿を狩りに行ってくるがかまわんか?」
と聞くと、アレックスはいつものように、
「ええ。どうぞ」
と素っ気なく答えてくれる。
「ああそうか。じゃぁ頼む」
と私もいつものように気軽に頼んで昼飯を食いに屋敷へ戻った。
いつものようにドーラさんの飯を堪能すると、さっそくズン爺さんと一緒に厩へ向かう。
エリスとコハクは外に出て日向ぼっこをしていたようだが、私の姿を見ると近寄ってきてじゃれついてきた。
「明日から森に行こう。みんなでピクニックだ」
私がそう言うと、エリスが、
「ひひん!」
と勢いよく鳴いて喜ぶ。
コハクも、嬉しそうだ。
きっと、友達の喜ぶ顔を見られてうれしいのだろう。
今すぐにでも出発したいという感じではしゃぐエリスに、
「はっはっは。あんまり興奮しすぎるなよ。明日に響くといかんからな」
と言って、また少し遊んでやってから屋敷に戻った。
さっそく準備にとりかかる。
といっても、いつもの背嚢にいつもの道具を詰めればいい。
ドーラさんとズン爺さんには先ほど頼んでおいた。
ルビーとサファイアも乗り気にはしゃいでいるし、リーファ先生も、
「留守は任せろ」
と言ってくれた。
(…いつか、みんなでピクニックに行ける日がくるといい)
私は、そんな希望を抱きながらも、とっとと準備を進めた。
翌朝早く。
いつものように稽古のあと、井戸で顔を洗って勝手口から屋敷に入る。
食堂に入ると、ドーラさんが「簡単なものですけど」
と言って、サンドイッチを出してくれた。
少し厚めに切って軽くあぶったベーコンの香ばしさがたまらない。
いつものように、ありがとう、と言うと、ドーラさんは、少しはにかみながら、
「お昼はルビーちゃんとサファイアちゃんの分も包んでおきましたよ」
と言ってくれた。
「きゃん!」
「にぃ!」
((おはよう!))
と言ってルビーを背負ったサファイアが食堂にやってくる。
2人ともいつもより早起きだ。
よほど楽しみにしていたらしい。
「ああ、おはよう。朝飯を食い終わったら出発だ」
私がそう言うと、2人が、
「きゃん!」(いそいで食べる)
「にぃ!」(すぐいく)
と言うので、
「はっはっは。森は逃げないんだ。ゆっくり食べなさい」
と言って撫でてやっていると、ドーラさんが、
「あらあら」
と笑いながらルビーとサファイアに朝食を出してくれた。
2人が食べ終わるころになってリーファ先生が食堂へやってきたので、軽く挨拶を交わす。
私が留守を頼むと、
「ああ。任せてくれ」
と言ってくれるのが実に頼もしい。
朝食を食べ終わって、こちらをキラキラした目で見ている2人に笑いかけると、背嚢を背負って、玄関を出た。
門の外では、コハクとエリスが待っていてくれる。
どことなくそわそわしているエリスを少しなだめてからさっそくまたがった。
ルビーとサファイアはコハクに乗る。
エリスは少し荷物を乗せているが、コハクは鞍だけ。
きっと、帰りは鹿肉をたんまり背負うことになるだろう。
そんなことを思いつつも、
「さぁ、ピクニックの始まりだ」
と言って、見送ってくれるみんなに手を振ってウキウキと森へ向かっていった。
森に入ると、適当に果物を摘みながらもサクサクと進む。
昼頃には普段は野営に使っている場所に着いた。
小川が流れる草地で、ピクニックにうってつけの場所だ。
やはり森馬は早い。
(この辺りならマリーが元気になれば来られるだろうか?いや、さすがに野営はさせられないからもう少し浅い場所がいいだろうな)
と考えながら、まずはコハクとエリスに水をやり、私たちもさっそく飯にする。
さて、今日の昼飯は何だろうか?
と思って、2つ渡された弁当の包のうち、まず1つ目を開けると、卵焼きとローストしたクックの肉が入っていた。
(こっちは2人の分だな)
そう思って、2つ目の包を開ける。
その中に入っていたのは、意外にも普通の白い握り飯と浅漬けだけだった。
(さすがのドーラさんも忙しかったのだろうか?)
そう思って、とりあえずじゃれ合っている2人を呼び、飯にする。
「おーい。飯にしよう」
私がそう言うと、2人はまっしぐらに駆け寄ってきた。
途中、サファイアが後ろを振り返りながら自分よりも足の遅いルビーを気遣っている光景に微笑む。
「さて、食うか」
と言って、2人の分をそれぞれ皿に取り分けてやると、私も握り飯を頬張った。
(…っ!)
驚く。
握り飯の中身はコッコのほぐし身をマヨネーズで和えたものだった。
ツナマヨではないが、
(まさかこの世界でこの組み合わせを思いつくとは…)
とドーラさんの魔法のすごさを改めて思い知る。
感動しながらも次の握り飯に手を伸ばすと、今度は牛肉ならぬボーフのしぐれ煮。
絶妙な甘じょっぱさが絶妙に米に合う。
(これは美味い!)
心の中で思わずそう叫んでしまった。
やや濃い味のしぐれ煮がキューカの浅漬けのさっぱりとした塩気とよく合う。
(ドーラさんの手にかかればシンプルな握り飯さえこんなにも美味くなるのか…)
そう思って、また感心しながら頬張った。
次の具はソルのほぐし身。
シンプルだが、絶妙な塩気と魚のうま味がたまらない。
日本の記憶的には握り飯の定番だ。
また漬物で少し口の中をさっぱりさせて次の握り飯に手を伸ばす。
最後、4つ目の握り飯は、からし菜の浅漬けだった。
(まさか、全部の具を変えてくるとは…)
芸が細かい。
そんな握り飯に感心しつつ笑顔で食べた。
しかし、そこで私は肝心なことを忘れていたことに気が付く。
(…っ!みそ汁を忘れていた!)
そう思ったがもう遅い。
4つあった握り飯はすでに腹の中だ。
(なぜ、私という人間はこう、いざという時にそそっかしいのだろうか…)
冒険者最大の敵は油断。
いついかなる時も油断だけはしてはいけない。
リーファ先生とマリーのために薬草を採りに行ったあの時、サルバンの特殊個体にでくわしてそう心に刻んでいたはずなのに、この肝心な時に油断してしまうとは。
(修業が足りない…)
改めて自分の愚かさを思い知った瞬間だった。
そんな私を見て、一瞬きょとんとしながらも肉と卵焼きを美味そうに食べるルビーとサファイア。
そして、少し離れたところで美味そうに草を食むコハクとエリス。
4人の幸せそうな姿を少しだけ羨ましく思いながら水筒の茶を飲む。
きっとドーラさんが握り飯に合わせて淹れてくれたのであろう緑茶の味がほろにがく感じられた。
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