閑話 冒険者バン01 22歳

第10話 冒険者バン 22歳

「よう!久しぶりだな、バン」

 ギルドに入るなりそう声をかけられた。

振り返ってみると、そこにはギルマスのドリトンが暇そうに酒を飲んでいる。

「よう、ギルマス。昼間から酒か?良いご身分だな」

私が少しからかうような笑顔を浮かべてそう言うと、

「へっ!ガキのくせしていっちょ前にイヤミ言いやがって。いいんだよ。こちとらやっと書類仕事から解放されたんだ、酒の一杯くらい飲ませろって話さ」

「ふーん。大変なんだな、ギルマスってのも。でもあんまり飲み過ぎるなよ。またリーサちゃんにどやされるぜ『お仕事中にお酒なんて、なに考えてるんですか!』ってな」

私がそのリーサちゃんの口真似をしつつ、またからかうと、

「…そいつを言ってくれるなよ、バン。せっかくの酒がまずくなっちまう…。お前はよく知らないだろうが、あいつを怒らせると怖いんだ。平気で3日は口をきいてくれなくなるし、書類の量がやたらと多くなる…」

ドリトンはそう言うとげんなりとした感じで、心底いやそうな顔をした。


「ふっ。まぁいいさ。ほどほどにな。…で、そのリーサちゃんはどこに?」

と私が聞くと、ドリトンは、

「ん?ああ、アイザックと一緒にオルゼーの町まで素材を卸しに行かせたから…戻りは明日か明後日だろうよ。で、そんなリーサになんか用事か?それともお前もリーサにほの字の口だったか?」

と言って、先ほどの仕返しのつもりでからかってきた。

「バカ言うな。ただの依頼確認だ。たしか、ちょっと前に薬師ギルドがナーズ草の依頼出してただろ?帰り道にたまたま見つけたんだ。で、まだ必要だったら売ってやろうと思って確認に来た。あと、リーサちゃんはお宅のアイザックを尻に敷いて他には動けないそうだ」

と言って私が、

「はっはっは!」

さも愉快そうに笑うと、

「たしかに、そりゃ違いねーや!あいつもこれから苦労するんだろうな。あっはっは!」

と、つられてドリトンも笑う。

ひとしきり笑うと、

「よっこらせ…。どうせ暇なんだ。ちょっと確認してきてやるよ。…えっと、ナーズ草だったな。ちょっと待ってろ」

そういって、ドリトンは酒場の椅子から重たげに腰を上げると受付カウンターの奥に入っていった。


今はちょうど昼を少し過ぎたころ。

この時間ギルドは暇だ。

受付に一人査定係の女性が座っているが、こちらはただの留守番で退屈なのだろう、なにかしらの本を読みながら時々あくびをしている。

ちょうどいい。

私はふとそう思って、その査定窓口へと近づいていった。


「ちょっと鑑定をいいか?」

そういうと、彼女は少しびっくりしたようだが、すぐに平静を装って仕事モードに切り替え、

「はいなんでしょう?」

とすましてそう言った。

その様子は少しおかしかったが、あえてつっこむこともなく、背嚢を下ろして中から布袋を一つ取り出すと、カウンターの上に置き、中から、深い青色の角ばった、鉱石のようなものを2つと、濃い緑色の、楕円形の宝石のようなものを1つ出して、

「換金してもらえるか?エイクが2つ…あと、ディーラが1つだ」

と言った。


「え?あ、はい。えっと、登録証を見せていただけますか?」

そう言われたので、私は銀色の金属でできた冒険者の登録証を彼女の前に差し出した。

「あの、えっと、個人のものではなく、パーティーのものを…」

冒険者の登録証には、個人用のカードとパーティー用のカードの2種類がある。

ちなみに、パーティー用カードは黒い。

「いや、ソロだ。それしかない」

私は正直に事実を告げる。

「え?では、こちらはどちらで…?」

職員が一瞬で怪訝そうな顔になった。

「…あー、そういえばあんたとは初めましてだったか…うーん…」

私がそう言って、考え込んでいると、ますます査定係の顔が険しくなった。


普通の冒険者であれば、熊型のエイクや鹿型のディーラをソロで狩るなんてありえないらしい。

どちらも、森の奥にいるし、4メートルを超える大物もいる。

普通はとても一人で立ち向かう相手じゃないとみんな思っているそうだ。

私にすればよくわからない理屈だ。

なにせ、コツさえつかめば誰でも相手にできる。

きっと普通の冒険者っていうのは最初から複数で戦うことに慣れきってしまっているんだ。

だから、そういうコツをつかむ努力をせずにそういう事を言っているんだろう。


そんな理由で「普通の冒険者」っていう連中が努力をしないせいでこんな状況が生まれてしまって、私が毎回説明に苦心するはめになっている。

おそくら、この査定係のお姉さんも私がこの魔石をどこかで盗んできたか、もしくは格安で手に入れたものを転売しようとしているとでも思っているんだろう。

(全く、なんでいつもそういう勘違いをされるのか…)

私はつい心の中で嘆息してしまう。


私も最初のうちは、正論を説いてカウンター越しに喧々諤々のやり取りをしていたが、最近は段々それが面倒になってきた。

だから、わざわざ知り合いのいる辺境伯領北部、ルッツの町のこのギルドに持ち込んだのだが…。


「…えっと…。あ!ギルマスさん!ちょうどよかった。すまんがこの人に説明してやってくれないか?」

私がやや辟易としたような、どうしたものかと困ったような顔で思案していると、都合よくドリトンが依頼書らしきものを持ってこちらに来たので私はそう言って説明係を頼んだ。


「ん?なんだ?ああ…。すまんな、バン。こいつは最近別の支部から移ってきたばっかりでな…」

そう言って、ドリトンはすぐ私に軽くあやまると、今度はその査定係に向かって、

「エリーすまんな。うちには時々ふらっとこういう変わり者が来るんだ。先に教えておけばよかった…。こいつの名前はバンだ。ずっとソロで活動してる変わり者でな…。あー…見たところ、エイクと…ディーラか?ああ、それならこいつが一人で狩ってきたのに間違いはない。あとで説明してやるから、今はとりあえず換金してやってくれ」

と、いかにも面倒そうに適当な説明をして、査定係…エリーさんと言ったか…に換金を促した。

彼女はまだ怪訝そうな表情を崩していない。


「あと、あったぞ、依頼書。ナーズ草1株で銀貨5枚だ。どのくらいある?」

と言ってドリトンはエリーにろくな説明もせず私に話を振ってきた。

私は苦笑いしながら、

「そっちに卸せるのは10株だな」

と言って、余りそうな分を申告する。

するとドリトンは、

「わかった。おい、エリー。そいつも一緒に頼む」

と言って、いかにも適当な感じでエリーさんに話を投げた。

そんなやり取りのあと、私はなんとか無事にナーズ草と魔石の代金、金貨20枚と銀貨50枚を受け取ってギルドを後にした。


ちなみに、内訳はエイクの魔石が金貨6枚×2個、ディーラの魔石が金貨8枚、ナーズ草が銀貨50枚だ。

日本円で考えるとおよそ205万円くらいか。

この世界の生活水準でいけば、王都の庶民が切り詰めれば1年暮らせるほど金額になる。


そんな金を手にして懐が温かくなった私は、

(…今日は野菜の気分だな。最近肉続きだったから体が野菜を求めてる…。よし、たしかこの近くにやたらと美味いトマト煮を出す店があったはずだ?あれはロールキャベツみたいな感じだが、肉よりも野菜が多めであっさりしていた…。よし、今日はあの店にしよう!)

と、今日の昼飯のことを考えながらルッツの町の大通りをやや速足で目的の店まで歩いていった。


一方、そんな私が去ったあとのギルドでは…

「で、ギルドマスター。いったいどういうことなのでしょうか?」

と言って、査定係のエリーがまだカウンターの中にいるドリトンにそう聞いた。

「ん?ああ…。まずあいつの本名はバンドール・エデルっつって、この町の北にあるエデル子爵様の4男坊だ」

とドリトンがバンの本名を言うと、

「えっ!?貴族様だったんですか?」

と言って、エリーがまったく信じられないという顔で驚く。

「いやいや、もう貴族籍は抜けてるって話だから俺たちと同じ平民だ。それにさっきも言った通り、ちょっと変わったやつでな。れっきとしたお貴族様の家に生まれて、王都の学院まで出たのに、冒険者になったバカだ。学校では秀才君だったらしいが、世間ではああいうのをバカというって例の典型みたいなやつだ」

ドリトンがそう言うと、エリーはまた幾分怪訝な顔で、

「では貴族家のご出身だから信用してもよいと?」

と聞いた。


そんなエリーに対してドリトンは、

「いや、あいつは15歳のころから冒険者をしてる。本人は否定するが、剣の腕前はおそらく一流だ。あの細っこい剣…なんていったかな…あいつは別の呼び方をしていたが…まぁいいや、とにかくその細っこい剣でたいていの魔獣はスパっと斬りやがる。たまたま目撃した狩人や村人が唖然とするほどの腕前だったそうだ…。俺も何度か切り口を見たが恐ろしいほどきれいに斬れてたよ」

と呆れたような表情を浮かべてそう言った。

「…では相当な実力者ということなんですか?」

と言って、エリーは信じられないという顔をする。

「ああ、そうだ。やつにかかればエイクやディーラなんて訳ないだろうよ」

と言ってドリトンは苦笑するが、

「し、しかし、ではなぜ素材を一緒に持ってこなかったのでしょうか?エイクやディーラならそれこそ魔石と同じくらいの値段で素材が売れます」

と言って、エリーは査定係らしいポイントで疑問を呈した。

すると、ドリトンは、

「はっはっは。そりゃあいつがソロだからさ。なんでも面倒くさいのが嫌いらしいぞ?多分、角や皮なんかは…よくて、近くの村に捨て値で売ってるか、知り合いの職人に頼まれでもしてたら面倒くさがりながも持って帰って安く卸してるかもしれんが…。まあ、やつ曰く、荷物が重たくなって移動が面倒になるらしいから、一塊の肉だけ取ってあとは適当に森に放置してるんだろうよ」

と言って「はっはっは」と笑った。


エリーは唖然として言葉を出せずにいる。

そんな様子を見てドリトンは、

「それにあいつは自分の専門は薬草採りだと言ってる。なんでも学院の…なんていったかな?お偉い先生から頼まれてよく薬草を採りに行ってるらしい。だから、魔獣はあくまでもそのついでだとでも思っていやがるんじゃねぇか?」

と言って「ふんっ」と鼻で笑った。

「で、ではなぜ、魔石だけは…?」

一応、エリーは最後まで疑問を持とうとした。

…なんとなく答えは想像がついたが。

「ん?そりゃぁ荷物にならないし、高く売れるからさ。まぁ、そういうことだから気にするな」

と言って、ドリトンは、また、

「あっはっは!」

と笑って後ろ手に手を振りながら、酒場の席に戻っていく。

そして、カウンターの中にはまだ唖然とした表情のエリーがひとり残された。

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