あれこれ考えた末、ニンジン作戦で行こうと思った


 根本の根本の根本原因は、人間と悪鬼が百年も戦いを続けていた点にある。それによってお互いを忌み嫌うようになり、間に生まれたあいのこが、人間サイドからも悪鬼サイドからも踏んだり蹴ったりな目に遭わされるようになるのだ。

 ここはぜひとも、人間悪鬼ともども相手への認識を改めるべき。そして、大幅な人権意識アップデートを行うべき。

 でも、それって急に出来ることじゃない。

 大体戦争が終わってから、まだ一か月どころか、一週間もたってないんだし。

 悪鬼王たる僕が戦争終結を決定し、悪鬼軍を引き上げさせ、あまつさえあいのことその親の保護政策を推進していることは知れ渡っているだろうから、以前に比べればちょっとは悪鬼とあいのこに対する意識が変わっているかもしれないが……それでもこの段階であいのこですとカミングアウトしたら、無事では済まない。

(そもそもチマキさん、あいのこという属性がなかったとしても、すーごい難しい立ち位置にいるんだよな……破壊工作員として敵地に潜入しておきながら、そこの軍の長となって、自分を遣わした勢力と戦ってきたっていうんだから……)

 僕の偏見に基づく推測なんだけど、『はるがる』運営サイドはチマキさんを、『最初敵だったけど、わけあって改心し、いつのまにか仲間になりました』という、よくあるパターンのキャラにするつもりだったのではないだろうか? 

 でも、だとしたら、チマキさんには、『改心する』に至るまでのエピソードが足りなさすぎだ。

 作る暇がなかったのか、作っても公開出来ず終わったのか、作る気がなかったのか――どれだか知らないが、結果は一緒だ。読み手に共感されるキャラクターとなるために一番重要な部分がすっぽ抜けてる。

 このままでは悪鬼側からはもちろん、人間側からも信用されないキャラでしかない。

(そもそもぶっちゃけ、要塞都市防衛軍って、外敵と戦うより、壁内の不穏分子鎮圧をメインとする組織だからな……一般市民の受けよくないんだよ……)

 もちろん壁内に侵入してきた悪鬼とも戦ってたけど、対悪鬼抜刀部隊が撃ち漏らした小鬼を掃討するとか、同じく小鬼が仕掛けた爆弾を解除するとかいう、その程度の事後処理ばかり。

 悪鬼陣営と繋がりがありそうな人間を摘発したり逮捕したり連行したり、たまにその場で超法規的措置により射殺したりといったお仕事のほうがメイン。

 誤認逮捕された人やその関係者は、はっきり軍を恨んでるだろうし、その長であるチマキさんにも悪感情持ってるだろうし。

 仮に彼女があいのこだと知れたら、この機に仕返ししてやろうと思わないわけがない。

 悪鬼がいきなり攻め込んできたのも、下手したら彼女の手引きがあったんじゃないかって話にされてもおかしくないぞ。

 というか、そういう話を率先してばらまきそうなんだよ、アルフとかカイとか、嬉々として。どっちも虎視眈々と、ニコラス&チマキさん同盟の失脚を狙ってるわけだからー。

 そうなった場合どうなるか、僕は前日嫌というほど目撃したわけだけど、まさか彼らに説明するわけにもいかず。

 まあ要するに、チマキさんがあいのこだという情報がイバングに伝わった時点で、事態は完全に詰む……。

 …………。

 ……もう消すか?

 ……チマキさんがあいのこだっていう記憶、関係者から消しちゃうか?

 公安資料室にあっただろうそれ関係の資料は、チマキさん手ずから処分しちゃってるはず。

 だから、その内容を知ってる人間の記憶さえ消せば、メフィストのあれを見たところで、彼女を怪しむ人間はいなくなる――。

(この案、いけるのでは)

 そう思って僕は、当案件に該当する関係者のリストアップを始めた。

(まずカイ。カイの部下たち。そっから話を聞いてるだろうアニキ……五番隊も全員入れとくか。アニキはそういうことわざわざ部下に話さないだろうだけど、ハルキみたいに、盗み聞きして情報を仕入れている可能性あるし……それからガルム女史、ガルム女史から話聞いてそうなアルフ。アルフからそれとなく話を聞かされてるかもしれない二番隊、後テレビ生中継見ちゃってるカレンちゃん……ああそうだ、オンビキもヨギも、それからあいのこたち全員チマキさんがウマ娘なの見ちゃってるわ)

 う、んむむむむ。人数増えすぎて、短時間で決着つけるのはちょっと無理かも。

 ていうか無理だ。

 やめようこの、記憶をいじるという案。

 どだい全NPCが持ってる履歴を辿るなんて無理無理無理。僕神様じゃないし。夢オチで追いつかないくらい事態がこんがらがっちゃう可能性がある。

 そもそもよく考えてみれば、あいのこというチマキさんの属性をばらされたくないと思うからこそ、ニコラスは、僕がグニパへリル本社からいろいろ持ち出したのを不問に帰したのだ。度重なりすぎるアルフの不祥事にも目をつむり、二番隊隊長のままでいさせているのだ。

 チマキさんがあいのこだとばれることがない、という確証を得たが最後、多分あいつは、こちらと交わした約束全てを反故にしてくるだろう。

 それはそれでいかん。

 そもそも、どんなに周囲の人間の記憶を消したところで、チマキさんがあいのこだという事実は消えないしな。

 ……いや。

 待てよ。

 僕、悪鬼を人間にしたよな。

 じゃあ、もしかして、あいのこも人間に出来たりしないか?

 仮にそれが出来るとしたなら、ニコラスに対し、譲歩引き出せまくれるんじゃないか?

 今後僕に協力的な姿勢を取り続けてくれたら、チマキさんを人間にしてあげるって言えば、あいつ間違いなく、言うこと聞くよな。

 目の前にニンジンをぶら下げられた馬のごとく。






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る