カレンちゃん、ヨシノ兄妹との同行を承知してくれた(破れかぶれ感はあるけど)!






 ガルム女史はカレンちゃんに向け、ひゅうっと口笛を吹いた。

「カレン、あなた、愛されてますねえ。こんなに愛されてるなら、無理して体の関係作らなくてもいいんじゃないですか? 試しに何かおねだりしてみなさいよ、ほら。叶えてくれますよ、多分ね」

 皮肉と受け取ったんだろう、カレンちゃんが奥歯を噛んだ。それから僕に向き直り、呻くが如き声を出した。

「……お前私のこと愛してますの?」

「うんもちろんもちろん!」

「じゃあ何か極秘情報を漏らしなさいよ! イバングに持ち帰れるような! そうでない限りお前の言うことなんか聞きませんから!」

 ん、んんー? 

 カレンちゃん、サクラちゃんたちと行く気になってる……んじゃないか? この台詞からすると。

「お前がどんなに頼んでも、イバングに戻ってやりませんから!」

 おおなってる、確実になってる。意図せずしていい感じの風が起きている。ようし、この機を逃すまい。

 でも極秘情報って、何があるかな。人類側が脅威を抱く類のものは漏らせないし……こんなのどうだろう。

「え、えっと、悪鬼ランドで僕の即位パレードが近々開かれる……ていうのはどうかな?」

「他には?」

 むう。やはりこれではインパクトが弱かったか。では、まだ僕の胸にだけとどめているプロジェクト工程表の一端を明かしてみよう。

「あーと、『悪鬼の都を月へ移そうプロジェクト』は来年早々に始める予定なんだ。第一段階として、この山脈地帯の南にある平原にそのための基地を作ろうかと思って……」

「――え? 平原? 山脈の外に平原なんてあるんですの?」

「う、うん、あるよ。カレンちゃん、知らなかったの?」

「知るわけないじゃありませんの。イバングの外のことなんて。要塞都市から出られないんだから」

 ああそうだなとつかの間納得しかけたが、いや待てよと考え直す。

 そりゃあ確かに人類は、ここ百年要塞都市に閉じ込められて、ろくに外へ出られなかった。でも、こうも悪鬼がはびこるまでは、世界中に生息していたはず。都市も町も村も至る所、無数にあったはず。その際の記録とか伝わってないもんだろうか?

「えーと……昔作られた地図とか残ってないの?」

 質問を受けたカレンちゃんは、体の両脇に垂らした手を握りしめた。苛立ちを込めた眼差しを僕に向けた。

「……伝わってますわよ。でも、そんなものなんの当てにもなりゃしませんわ。お前たちの攻撃によって、世界中の地形が大幅に改変させられてしまったんですから」

 え、そ、そうだったの?

 知らなかった。

 でも、あり得る話ではあるな。二王は肉団子にされてさえ、嫌というほどの最強ぶりを見せつけていた。健在だった時となれば、想像するだに恐ろしいパワーを有していたはず。山河の形を変えるくらい屁の河童だろう。消滅する時さえ破格の大洪水を引き起こしていたんだもの。

「知ってるんでしょう? そのことは。お前だって悪鬼の一員なんだから」

 カレンちゃんの声、若干震え気味。募る憤懣をどうにか押さえ込んでいるようだ。

 人類の傷口に触れてすいません。話題を変えます。怒らないでください。

「あー、後ね、ニューイバングにいるあいのこのために、学校を作ろうかなと思ってるんだ。あの子たちこれまでずっと放置状態で育ってきてるから、教育を受けさせることが必要だと思うんだよ。そうしたら、ゆくゆく仕事とかにもつきやすくなるだろうし」

 突如ガルム女史が僕の腕を掴んだ。何事かと顔を向ければ、実に真剣な眼差し。

「……ボン。その学校、うちのヨギも入れるんでしょうね?」

「はいもちろん」

「そう。よかった……」

 呟く声に安堵が滲んでいる。母として子供の将来を、密かに案じていたのだろう。現在のところあいのこたちは、正式な社会の一員として認められてないままなんだし。人間、悪鬼の双方から。

「……今の情報、イバングへ戻ったらチューダー隊長にお伝えしますわよ。構わないですわよね?」

「うん、いいよ」

 とにかくカレンちゃんはイバングへ行く気になってくれている。それだけでも満点だ。こちらはぐいぐい後押しをするだけ。

「サクラちゃんたちと一緒に行ってくれるんだよね?」

「ええ。不本意ですけど。お前はそうしてもらいたいのでしょう?」

「うん。その方が君にとって安全だと思うから」

「まあご親切にどうも。痛み入りますわ悪鬼王様」

 自嘲交じりのせせら笑いを浮かべるカレンちゃん。

 やさぐれ気味な横顔に、僕はますますキュンと来る。

 ああ、ただただ見つめていたい。

 でもその前に、これだけは明言しておかなくては。

「でね、カレンちゃん。サクラちゃんはカレンちゃんが一緒に行くことについて丸々オッケーな姿勢なんだけど、ハルキはそうじゃないんだ。カレンちゃんがサクラちゃんをいじめたと思ってて、それを根に持ってるんだ。カレンちゃんが自分から一緒に行きたいって言ってこない限り、絶対同行させないって言い張ってて」

 さあどうだ。どう出るカレンちゃん。

「ハァ!? 冗談じゃないですわよ! なんっで私があのバカどもに頭を下げなきゃいけないんですの!」

 うーんやっぱり怒っちゃうか。だよねだよねそうだよね君の性格ならそうくるのが自然だよね。

「大体いつ私がカレンをいじめたっていうんですの! いつもあの大馬鹿の方から私に突っかかってきてるんじゃありませんの!」

「それは、あなたが無闇に煽るからじゃないですか?」

 ナイス突っ込みガルム女史。

 でもそこを僕が認めちゃうと、カレンちゃんまたへそを曲げちゃうから、聞かなかったことにしてスルーしよう。

「とにかくその、ハルキに一言『一緒に行きたい』って言ってあげてくれないかなあ。そうしたら彼も納得して全て丸く収まるんだけど……」

「嫌ですわ」

 おう、こちらを見てもくれないぞ。取り付く島もないってこういうことか。こうなったらもう平身低頭だ。

「そんなこと言わずに。お願いだよカレンちゃん」

 手を合わせへこへこする僕の顔に、カレンちゃんが人差し指を突きつける――あんまり勢いがついてたので、あやうく鼻の穴に入るところだった。

「嫌って言ってるでしょう! 大体ね、そんなものお前が『カレンを同行させろ』とハルキに命じたらすむ話じゃありませんの! 馬鹿馬鹿しい!」

「そ、そんなこと出来ないよ」

「どうして出来ないんですの! お前は悪鬼王でしょう! その強大な力を使えば、なんでも好き勝手やれるでしょう!」

「え、いやいやいや、そんなことないよ?」

「嘘おっしゃい! これまでずっと悪鬼は人間に対してそうしてきたじゃありませんの!」

「あーうーえーまあこれまでに悪鬼がやってきたあれやこれやは否定できないけど、でも、これからは違うよ。僕はもう、そういうやり方やめようと思ってるんだ」

「なんで!」

「だってせっかく戦争が終わったのにさ、そういうことしたらさ、嫌な空気蒸し返しちゃうじゃない。元の木阿弥になっちゃうじゃない。僕は悪鬼の王であって人間の王じゃないんだ。人間のことは極力人間同士で話し合って決めて欲しいんだ……」

 カレンちゃんが僕の言葉を信じてくれたかどうかは分からない。でも、それ以上の反論はしてこなかった。

 ガルム女史が司会役として、場を締めくくってくれる。

「……話がまとまったみたいですね。じゃあボン、私戻りますから。親書の続きを書かないといけませんから」




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