第45話 沙織・ガブリエル 西暦2025年 July

 アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア

 Philadelphia, Pennsylvania, United States

 カーレル財団 地下格納庫 

 Carrel Foundation Underground hangar


「レオナルド。このバトルスーツを着てくれ」

 カーレルが武器庫のすみに設置してあるロッカーを開ける。


 ロッカーの中には、メタリックグレイの装甲スーツが掛けられていた。


「どうだ格好いいだろう!?」

 カーレルは隣にある自分専用のロッカーを開けて、そろいの装甲スーツを装着し始めた。


 武器庫の隅には大きなロッカーが三つ並べて置かれている。各々にプリンス・アーテリー、ナイト・バッジョ、ウィザード・セラヌリウスと扉にネームが貼られていた。


「レオナルド。儂の真似まねをして装着するのだ。誰もが簡単に着られるように造ったつもりだ」

 カーレルはウイザード・セラヌリウスと書かれたロッカーの前で着替えを続けている。


 刃物を通さない特殊な繊維で織り込まれたメタリックグレイのボディスーツ。肩、肘、前腕、胸部、腹部、背部、膝には、特殊な金属で造られた装甲が付けられていた。


「ほう、上手に着たな。それで良い!」

 カーレルはスーツを装着したレオナルドの姿を見て、嬉しそうに笑った。


「ああ、これは格好いいですね。まるでバトルサイボーグになった気分だ!」

 レオナルドは鏡に写し出された自身の姿を見詰め呟く。


「サイズもぴったりだ。バッジョの体型を想定し造らせたスーツなのだよ。騎士や王子のスーツには、背中に剣を装着出来るように細工がなされている。エクスカリバーは背中に仕舞うのだ。そう、そうだ。ブーツも履いておくれ。そう、それでいい。兎に角そのスーツを着ていれば、戦闘による肉体へのダメージは最小限で済む。色々な仕掛けは追々おいおい説明するとして、後はサングラスを付け急いで出かける事としよう」


「大きなサングラスですね。額まですっぽりと隠れてしまいそうです」

 レオナルドが両手で掴んだサングラスを見詰めている。


「危険地域では決してそのサングラスを外さぬ事。サングラスは視線の動きと連動し、必要な情報を表示してくれる。更にはボディスーツとも連動して、筋肉の動きに合わせ装甲を変化させ装着者の身を守ってくれる」

 カーレルがサングラスの説明を続ける。


「装着完了!」


「良し!!」

 カーレルはそう言うと。


「むん!!」

 気合いと共にレオナルドの腹部に鋭い回し蹴りを打ち込んだ。


 カーレルの不意打ちに反応したレオナルドは、自身の右肘と右膝を用い防御の姿勢をとる。その瞬間、レオナルドのボディスーツが形状を変化させる。右肘と右膝の装甲が厚く瞬時に形態を変化させたのだ。


 蹴りを放ったカーレルの脚にも変化は起こっていた。蹴り出した前脛まえすねの装甲がより厚く強固のものへと変化をしていたのである。


「凄い。貴方の蹴りの早さも流石ですが、スーツはまるで生き物のように自在に変化をする」

 既に筋肉の緊張が終わった今、装甲スーツの形状は以前の状態へと形を戻していた。


「顔面、頭部の攻撃については、サングラス自体が防御の形体変化をみせる。10発程の弾丸なら、例え連続して命中しても楽に食い止められよう。使いこなすコツは装甲を厚くしたい箇所には、意識を集中する事なのだが… 動いているうちに自然に慣れてくるし、プログラムも装着者のくせを学習するように出来ている」


「へえーっ!」

 レオナルドはしきりに感心をしている。


「よし、行くぞ!!」

 カーレルは、ロッカーの中から厚刃あつばの中剣を二本取り出し、身体の前で腕を交叉させ、剣を左右の腰へと装着する。


双対そうついの中剣ですか?」

 レオナルドが尋ねる。


「ああ、儂らはこれがいい。これも由緒ゆいしょあるわざもの。そのいわれれは何時か話そう…」

 レオナルドはカーレルの言葉に、双児そうじであるセラヌリウス兄弟の悲しい運命を思い出していた。


「カーレル様」

 作業服を着た財団職員が、扉が開いたままの武器庫に駆け込んで来た。


「カーレル様。合衆国大統領補佐官よりホットラインが入っています。急いで戦略指令室にまでお越しください」


 戦略指令室は地下格納庫G地区に造られている。二人は財団職員の運転するカートに乗り込み戦略指令室へと向かった。


 カーレルが大統領補佐官と話す間、レオナルドは指令室隣の応接室にてTVニュースを見ていた。


「レオナルド。大変な事になった」

 電話を終え指令室から出て来たカーレルの表情は、青ざめてさえ見えた。


「月面基地建設に携わる総ての宇宙建設士が、突然の高熱を出し重篤じゅうとく病態びょうたいおちいっているとの事だ!」


「国際宇宙ステーションから、スペースシャトル・ルシフェルにて月面に運ばれた宇宙建設士達の事を言っているのですか?」

 レオナルドが尋ねる。


「ああ、そうだ。第一次月面基地建設隊に参加している宇宙建設士と宇宙飛行士の総べてが、突然の高熱と意識の混濁こんだくで、立っていることさえ困難との連絡が入ったそうだ。ホワイトハウスではバイオセーフティーレベル、グループ3、グループ4に相当する対応が必要だと考えている」


「しかし厳重に管理された宇宙飛行士達に、バイオセーフティーレベル、グループ3、グループ4に指定される細菌やウイルスの感染などあり得るでしょうか?」


「ああ、とてもあり得ぬ事じゃ」

 カーレルが項垂うなだれている。


「未知の宇宙ウイルスの可能性はどうです?」


「人為的に創られたウイルス兵器の可能性はどうじゃ?」


 二人の間に沈黙が流れた。


「国際宇宙機構きこうかかげる宇宙プロジェクトには、我がカーレル財団も大きく貢献こうけんをしている。資金や科学技術の提供だけではない、沢山の人材も派遣し協力をしているのだ。その中には、儂の孫娘も居る…」

 カーレル・B・サンダーは声を落とした。


「何と… 大切な身内が月面に居られるのですか?」

 目頭を押さえたカーレルの前で、レオナルドには掛ける言葉も見つからなかった。


「何か対策はないのですか?」


「無くはない。マリーンが生きていれば… あるいは被害は最小限に押さえる事が出来るかもしれぬ」


「マリーン。お孫さんの名前ですか?」


「そうだ。儂の可愛い孫娘だ。22歳になる美しい娘。マリーンは医療技術者として月面のプロジェクトに参加をしている。ずば抜けた頭脳で飛び級しておるからのう。若いが医療と宇宙開発には精通しておる。行かせなければ良かったか…」

 カーレルは再び俯いてしまう。


「カーレル。お孫さんは必ず生きていますよ!」

 レオナルドが励ましの言葉を告げる。


「そうだな。マリーンなら必ず生き残っているであろう。それに、最悪の事態に備えての準備は、儂がマリーンに授けておいたのだから…」


「最悪の事態への備え?」


「そうだ。月面で生命維持が困難な状況におちいった際には、生体の反応を死に近い状態に保ち延命えんめいを図れるよう、マリーンには人工冬眠の救命装置を持ち込ませておる。その中ではウイルスも活動を止める筈だ。救命装置をそのまま地球に持ち帰る事が出来れば、後は財団の科学技術で何とか助ける事は可能であろう。それもマリーンが無事であればの話だが…」


「着陸船を離昇させる宇宙飛行士は健在なのですか?」


「いいや。着陸船を操縦する宇宙飛行士までもが倒れているようだ。着陸船を離昇させる人員は既に月面にはおらぬとのことだ」


「ふうっ」

 若いレオナルドが溜息をついた。


「スペースシップ・ルシフェルは、国際宇宙ステーションの連結器に戻り地球周回軌道上で待機している。だから、着陸船が自力で月周回軌道にまで昇って来てくれれば、迎えに行く事は十分可能なのに… それが出来ぬのだ!!」

 カーレルが右のこぶしを握り締める。


「宇宙建設士でも誰でも、月面に誰か健在な人員は居ないのですか?」


「残念だが、既に月面との通信も途絶えたと、大統領補佐官は申しておった」


「そんな惨事が起きていただなんて…」

 レオナルドも、こぶしを握り締める。


「今、ホワイトハウスでは隊員の救出作戦のプランが練られている。地球から月着陸船を乗せたロケットを打ち上げ、それを再度、宇宙ステーションの連結器に待機するスペースシップ・ルシフェルにより月まで運ばせるプランだ。大統領は、その時に感染症の専門家チームを同行させたいと言うのだ」


「感染症の専門家チーム?」

「そうだ。それも宇宙飛行士の訓練を済ませた人材が求められている」


「ホワイトハウスには、何と答えたのですか? カーレル」

 レオナルドが尋ねる。


「財団には医学博士の称号しょうごうを持ち、しかも宇宙飛行士の訓練を終了した人材が既に複数名いる。その者達に感染症の知識を修得させるのが最も早かろう。いずれにしても派遣は可能だが、3週間の猶予ゆうよは必要だと答えた」


「短い時間での派遣は難しいのですね」


「ああ。訓練を終えたと言っても、実際に宇宙に出る前にはそれ相応の準備がいる。財団の科学力を最大に使っても、3週間の時間で総ての準備が出来るのかどうか… 宇宙を甘くはみれまい」


「それで、財団に任務は任されたのですか?」


「欧州や日本の宇宙開発機構にも相談を持ち掛けてみるそうだ。宇宙飛行が可能な感染症のスペシャリストチーム。全世界を探してもそのような特殊な条件を満たすチームは存在しまい。それを如何いかに早く創り上げるか。それは我が財団の仕事であろう」

 カーレルは溜息を吐いた。


 その時、応接室のドアが開き財団職員が大統領補佐官からの連絡を知らせた。カーレルは再び指令室に戻り受話器を握りしめる。


「はい。お待たせいたしました。はい。なんと、無事でおりましたか。はい。ありがとうございます。ええ。ええ。解りました。最善を尽し、何とか準備期間の日数を縮めてみましょう。はい。ええ、それはこちらで行います。はい。そうですか。解りました。ああ、補佐官。それと、これよりマンハッタン市五番街、セントラルスターホテルにて武装組織殲滅せんめつの作戦行動を行います。はい。はい。FBI長官には話を通してありますが。はい。ええ大丈夫です。当財団の私設部隊を使用いたします。はい。はい。被害は最小限に、勿論総ての補償は我が財団が責任を持って。はい。大統領によろしくお伝え下さい」

 連邦政府大統領補佐官とカーレルとの通話は終了した。


「レオナルド。すまぬがこちらに来てくれ」

 カーレルは応接室に居たレオナルドを戦略指令室に手招いた。


 そこには長くほっそりとした首元を立体的なクロスモチーフで飾る大人の女性が待ち受けていた。女性は胸元が大きくV字に開いた艶やかなプリント柄のワンピースを着ていた。すらりとした素足が、若いレオナルドにはとても眩しかった。


「紹介しよう。彼女が戦略指令室長官を務める沙織・ガブリエルSaori Gabrielだ。沙織。彼が騎士バッジョの化身、レオナルド君だ」

 カーレルはそれぞれに二人を紹介した。


「初代。はじめてお目にかかります。沙織・ガブリエルです」

 沙織はレオナルドに対して最高の礼儀を尽した態度で挨拶をする。


「レオナルド・B・デュナメスと申します。どうかお見知りおきください」

 レオナルドは美しい大人の女性を前に、右膝を着き中世の騎士の振る舞いで応えた。


「今のは騎士バッジョの振舞いよのう」

 レオナルドの古めかしい所作しょさを見て、カーレルの表情に微笑みが戻った。


 レオナルドは照れて頬を赤く染めている。


「レオナルド。彼女もまた、サンダー家に力を貸してくれている名門の家系じゃ。彼女はここにいて戦闘作戦行動の指揮しきる」


「レオナルド様。よろしくお願い致します」

 沙織・ガブリエルはレオナルドに美しい指を差し伸べた。


「僕の方こそ」

 レオナルドは着ていたバトルスーツの繊維で手のひらを拭い、沙織の指に自らの手を重ねた。


「テレビニュースでも月面基地の惨状さんじょうが伝えられ始めたようだ。二人とも応接室のソファーにて話の続きをしよう」

 カーレルは二人を隣の部屋のソファーにうながす。


『速報が入りました。重大なニュースです。国際宇宙機構が中心となり建設を進める月面基地において、高熱と意識症状を呈する集団感染症が発生。月面にて作業を進める宇宙建設士や宇宙飛行士が相次いで発病し、重篤な状況に陥っているとの一報が入りました。尚、この報告を受け国際宇宙機構では…』

 テレビからは速報を伝えるアナウンサーの声が流れていた。


「レオナルド。そして沙織も聞いておくれ」

 カーレルは二人の瞳を交互に見詰め、話を始めた。


「マリーンは生きている」

「ああっ、良かった」

 レオナルドが安堵あんどの声を上げる。


「大統領補佐官より聞いたところでは、輸送船で運ばれた宇宙建設士が最も早くに発病したとの事だ。発症は突然、症状は急速に悪化し次々と人間が倒れていった。急変後の月面で、活動が出来たのはマリーンと1人の医療スタッフのみ。マリーンは自身に点滴を繋いだまま救命活動を続けたようだ。皆を人工冬眠の救命装置に入れ、自身も最後に装置に入ったようだ。我が孫ながら良くやる…」


「必ずマリーン様を助け出します」

 沙織・ガブリエルの強い意志の言葉である。


「そうだ。マリーンだけではないが、第一次月面基地建設隊隊員救出作戦への協力を大統領からじかに頼まれた。沙織。その仕事のリーダーを、君に任命する」

 カーレルは沙織に、カーレル財団の代表として、連邦の救出プロジェクトに参画する事を要請したのだ。


「もしも、もしもだ。若しも我らが今日帰還きかん出来なくても沙織、君は月面隊員の救出を必ずやげておくれ」


「カーレル様。縁起えんぎでもない」

 沙織はカーレルの言葉をいさめる。


「いいや。月面で起こった惨事の裏には、必ずや魔王セラヌの企みがあるのであろう。既に戦いは始まっている。我等が1500年の時間でつちかった総ての力と、この身を掛けての戦いが既に始まっているのだ。奴と刺し違える事が出来ればこの命、何時でも天に返す。その覚悟よ!」


「カーレル様」

 沙織が、ソファーから立ち上がったカーレルを呼び止める。


「沙織。後を頼む」

 その言葉を最後に、カーレルは戦略指令室を後にする。


「レオナルド。儂らは儂らの戦いに出掛けよう。ジェームスも不安の中で我らを待ち詫びておろう」

 カーレルは連れ立って歩むレオナルドの隣で、暫く会わないでいるジェームスの横顔を思い出していた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る