第43話 地下格納庫 西暦2025年 July 7

 アメリカ合衆国ペンシルベニア州フィラデルフィア

 Philadelphia, Pennsylvania, United States

 カー レル・B・サンダー邸 

 Carrel B. Sander House

 地下格納庫 

 Underground hangar


 ジェームス・モートンが失踪しっそうしてより、財団は総力を挙げてジェームスの捜索を続けていた。捜査に伸展があったのがほんの半日前、今朝の事であったのだ。北アメリカ東海岸ひがしかいがん上空を飛行中の財団所有人工衛星が、財団筆頭執事であるジェームス・モートンの位置情報をキャッチする。人工衛星に搭載とうさいされた望遠カメラから送られて来るデジタル映像には、ジェームスを拉致し走り去る高級車の後ろ姿が映されていた。人工衛星はジェームスが乗せられたを追尾ついびする。財団は無人偵察ていさつ機を飛ばし、上空6,000メートルの高層から高級車不審車両の追跡を続けたのである。


 ジェームスを拉致した黒塗りの高級車に対して、財団が陸・海・空、最速の手段で財団特殊職員を駆け付けさせなかったのには理由がある。現場に武装ヘリコプターを緊急派遣はけんしなかったのにも理由がある。


 これは、ジェームスが送信したメールの内容から、悪魔の所業しょぎょうを疑ったカーレルが、敵にこちらの動きを悟らせぬ為にと下した判断であった。


「ジェームスはおっちょこちょいな奴だが、勘は鋭い。もしかすると、セラヌの尻尾しっぽを掴んだやもしれぬ!? 但し悪魔の力は計り知れぬ。十分に情報を集め、万全の備えを固めてから踏み込むのだ」

 カーレルが食堂のテーブルを挟んでレオナルドに語りかける。


「ジェームスさんから財団本部に送信された悪魔の話、真実にせまるものがあります」

 飲みかけたグレープジュースのコップをテーブルに戻したレオナルドが応える。


「レオナルド。君もそう思うか?」

「はい」


「儂はジェームスとは長い付き合いだが、彼奴あいつの目は確かだ。誰に脅かされても嘘を言わされる人間でも無い。更に天涯孤独てんがいこどく彼奴あいつには、身内を人質に取り脅す事も不可能だからのう」


「張られた罠でも無いと!?」


「そうだ。さあ、ゆっくりとはしていられぬ。レオナルド。儂について来てくれ。メットと武器を取に行こう」

 カーレルはレオナルドに指で合図をし食堂を出て行った。レオナルドはテーブルに置かれたグレープジュースを急いで飲干しカーレルの後に続いた。


 二人は屋敷の前に止めてある車に乗り込むと、敷地内にある滑走路かっそうろへと車を走らせる。四つ輪、12気筒のエンジン音が鳴り響く。


「レオナルド。君は何か輸送用機器の操縦そうじゅう経験はあるのか?」

 カーレルが助手席に座るレオナルドに尋ねる。


「いいえ操縦だなんて。マウンテンバイクに乗るくらいしか…」

 レオナルドは照れながら答える。


「だったら今日、戦闘機の操縦をしてみたらいい。若いから直に上手くなる筈だよ!」


「ええ、そんなの無理ですよ。冗談は止めて下さい!」

 顔を赤らめ答えるレオナルドの表情を、カーレルは嬉しそうに見詰めた。


「カ-レル。わき見運転です!!」

「ああ、すまん。さあ、この地点だ。よく覚えていてくれよ」

 カーレルはサイドブレーキボタンの脇にあるケースを開け、青色のスイッチをタッチする。


「前方の道路が沈んで行く!?」

 目の前の道路が緩やかな傾斜で下降して行く様子を見て、レオナルドが感嘆かんたんの声を上げた。


 走行する車を地下格納庫かくのうこへと導く大掛かりな仕掛けである。


「我が家の敷地内では、大切なものは全て地下に隠してある。地上にも自家用ジェット機の滑走路はあるが、それは表向きだ。戦闘用の航空機は全て、ミサイルも貫通かんつうしない地下の耐爆格納庫に収納しているのさ」


「耐爆格納庫?」

 レオナルドは驚いた顔で尋ねる。


「ああ。君の前身、初代バッジョ・K・サンダーより1500年も続く財団だ。ここには何でもあるわい」


「何でもですか?」


「ああ、そうだとも。君が始めた武器事業の延長だ。軍用機を造る会社も財団の傘下企業だからのう。最近は宇宙開発事業部が盛んに人工衛星を打ち上げている。ロケット技術も軍事用ミサイルの応用だよ」


「本当に何でもあるのですね」

(カーレル財団のスケールの大きさには心底驚かされる)

 レオナルドは後ろを振り向き、車を地下へと導いた地上の口が、再び閉じられて行く様子を眺めていた。


「本当にジェット戦闘機に乗って行くのですか?」

 レオナルドがカーレルに尋ねる。


「急いで行かねばなるまい。ジェームスの命の為にも」

 青白い光を放つ照明装置に照らされた四車線の地下道路を、時速140キロメートルのスピードで走らせながら、カーレルは返答する。


「通常離着陸ジェット戦闘機では、マンハッタン五番街中央に建つホテルの前には降りられない。まさか、離陸垂直着陸ジェット戦闘機まで持っているなんて言いませんよね?」

 レオナルドはいくらカーレル財団でも、短距離離陸垂直着陸機、F-35 ライトニング IIやAV-8B ハリアー IIまでは持っていないだろうと思い話したのだ。


「財団にはさる高貴な方からいただいたハリアーGR・7がある」

 レオナルドの心を知るかのように、にやりと笑い、カ-レルは答えた。


「あるんですか!?」

「あるともさ。既に全世界では退役している機体だが、何とかスペアパーツを揃え整備を続けている。しかしあれはとんだじゃじゃ馬じゃ。あれが垂直着陸する時に出す轟音ごうおんの凄さといったら、とてもとても都会の中央には向かえぬ凄まじさだよ。道路に降下すれば店先のショーウインドーガラスも全て吹っ飛ぶだろうのう」


「そんなに凄いのですか?」

「ああ、今に解る。さあ到着だよ」

 カーレルの言う通り、長く続いていた地下道路の先に検問所が見えて来た。


「総統。F地区にお進み下さい。ハリアーGR・7の出撃準備が出来ております」

 銃装備姿の検問所職員が、停車し運転席の窓を開けたカーレルの側に走り寄り告げる。


「御苦労」

 カーレルは検問所職員にねぎらいの言葉を掛けると、開いたゲートを通り再び車を走らせた。

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