第28話 サラサラ 西暦525年

 ヒベルニア島 Hibernia Island


 ヒべルニア島東南に位置するストーンヘンジは、鬱蒼うっそうとした森に隠れるように存在する。


 深い森を進み、奥へ奥へと脚を進める。天高く伸びゆく針葉樹しんようじゅにより、日の光を遮られた森の中には、野鳥のさえずりや四つ足動物の鳴き声が響き渡っていた。森を更に進むと、突然、樹木の群れが途絶える場所に出る。急に森が途切れ、青草の草原が広がるのだ。


 ヒベルニアのストーンヘンジは、周回を森に囲まれた草原の中央に、太古より存在して来た。

 

 円形に並び立つ石板の中央には、石の台座が造り置かれていた。月光の下、今宵、石の台座には二人の男が仰向けとなり眠りに就いている。


 天上より照らす月光がサークルの石板に反射し、ヒベルニアのストーンヘンジをより神秘的なものへと造り変えていた。


 ストーンヘンジが建つ草原と森の境には、巨大な針葉樹が立ち並んでいる。背の高い針葉樹の幹に登り、石の台座で眠る二人を静かに見詰める女がいる。女は、石台に寝かされ何時しか深い眠りに就いたバッジョと、自ら石台の上に仰向けとなり眠りに就いたセラヌリウスの姿を静かに見守っていた。


(ヒベルニアのストーンヘンジに来る者など、今や数える程しか居ない…)

 深い森に隠された、神秘の造形物ぞうけいぶつに囲まれて眠る者など、最近は見る事もなかった。


 唯、女も幼少の頃父に連れられ、石の台座で眠った。環状の列石に囲まれた台座の上で眠り、人間の内面に隠されている通路を通り、霊や魂の世界を訪れ数々の知恵を学んだのだ。


「よいか、サラサラ。もしも眠りに就く我等の肉体をおびやかす危険が生じた場合には、サークルに向かって鏑矢かぶらやを放ち、台座に眠る我等の耳に迫り来る脅威きょういを知らせておくれ」

 女は父セラヌリウスに、そのように言われていた。


 4日前、父が洞窟に運び入れた男を、サラサラもみてて来た。ただし、サラサラは、眼を覚ました男を見てはいない。


今宵こよい秘儀ひぎが終われば、岩盤の洞窟ではなく、父は我が家に男を連れて来るのだろう。そして父はきっと私に男を紹介する…)

 サラサラはそう予感していた。


(血に刻まれた宿命は総て、父に教えられている。それでも二十年もの間、何事もなく平和に暮らして来たのだ。もしもの事態などは起らぬ方が好い)

 サラサラは、変わらぬ日々がいつまでも続く事を願っていた。


(父がこんなにも嬉しそうに日々を過ごすのを見るのは、久しぶりのことだ)

 父セラヌリウスの嬉しそうな姿を見て、サラサラも又、楽しい気分を味わっていたのである。


(見て来たのは唯ひたすらに眠る男の姿。しかし何故か男には好意を感じていた。父が『正義を貫き通す男だ』と言ったからであろうか?)


(髭をった男と三人で食事をしながら、楽しく語り合いたい)

 サラサラはそのように感じていた。


(美しい月夜。とても穏やかな良い夜だ。災いなど起こりはしない)

 サラサラは信じていた。


「タタタタタタッ。タタッ。タタタタタタッ」


 羽虫はむしかなでる音色が鳴り響く草原に、掛け来る足音が聴こえる。


(何、このリズム!? まさか二足歩行の足音か?)

 高い樹の幹に登るサラサラの耳に、僅かではあるが確かに何かが走り来る足音が聴こえていた。


(森の中から聴こえてくるのか? 速い!! だが速さだけではない。足音は忍ばせている)


 掛け来る足音の持ち主は、周囲に足音を聞かせぬように、つま先で土を蹴る走行を続けていたのだ。


(猫族の獣か? いや違う!? 人間か… しかも一人ではない!?)

 サラサラは巨木の幹に耳を近付け、足音を追跡する。


(そうか!! 二つの人間の足が同時に着地をして、一人の足音に見せかけているのだ)

 サラサラの薄い胸郭に、心臓の鼓動が高鳴る。

 

(父が危惧きぐした事態!? バッジョ殿に差し向けられた追手おいて

 サラサラは、緊張に震える心を懸命にこらえていた。

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