第24話 中央ストア前バス停留所 西暦2025年 July 7 a.m.8:00

 ニューヨーク ウエストチェスター 

 New York Westchester

 アメリカン交通 バス車内 

 American Transportation In The Bus


 二つの出来事が、何時も以上にテラスでの会話を長引かせ、時間をついやしてしまった。


(何時ものバスに乗り遅れる!)

 慌てて庭を飛び出たカレンとレオナルドは、息を切らしてバス停へと走り続ける。


 レオナルド邸前バス停留所には、ドア開閉合図のブザーを鳴らす発車寸前のバスが停車していた。


「乗ります。お願い!!」

 カレンの声に反応した運転手が、乗り込む二人の為にバス中央扉の閉扉へいひ猶予ゆうよする。


「もう、何時もぎりぎりなんだから…」

 カレンはレオナルドのシャツのそでを、痕が付く程強く握り締めながら、何時もの座席へと進んで行く。


 車両中央左窓側の座席が、カレンのお気に入りだ。二人は毎朝そろって、同じシートに腰掛けていた。


「ふうーん!? どうしたのかしら?」

 バスに乗り込み、車内の様子を確認したカレンが小さな声を上げた。


「おかしいわね!? 何時もはいていて、乗ってる人などほとんど居ないのに?」

 座席に腰掛けたカレンが、穏やかな表情をしたレオナルドに話し掛ける。


「ねえ、レオナルド。乗っている人達の視線を感じない!?」


「カレン。発車ぎりぎりでバスに飛び込んで来た僕らに、皆が視線を移しただけだよ。誰も悪気は無いと思うよ」

 レオナルドはのんきな口調で答える。


「そうだといいけど。やはり何かおかしいわね!?」

 カレンが首を捻り、思案顔をみせた。


 走り続けるバスの車窓から眺める風景。何時もと変わらぬ景色が、二人を次のバス停留所へと運んで行く。


「いつもアメリカン交通社を御利用いただき誠にありがとうございます。次は中央ストア前バス停留所」

 車内に次の停留所を伝えるアナウンスが響き渡る。


「8時。大丈夫。遅刻はしないわね」

 腕時計で時刻を確認したカレンが呟く。


「ええっ。何だろうこの感覚?」

 ひたいに薄らと汗を浮べたレオナルドが声を上げる。


「何? レオナルド。どうかしたの?」

 カレンがレオナルドを気遣う。


「気分が悪いの?」


「いや、そうじゃない。何だか今朝の出来事の全てが、以前にも体験した事のように感じてしまうんだ!?」

 レオナルドはシャツの左袖を使用して額に浮かんだ汗を覆うと、カレンに説明をする。


Déjà-vuデジャヴュ?」


「うん。デジャヴュ。まさにそんな感じだ。いまシートに腰掛け二人で話している事さえも、僕達が過去に行った事象の繰り返しだと、何故か思ってしまうんだ… カレン。僕、おかしいよね!?」


「いいわ。レオナルド。私は貴方の言う事を信じる。だって霊感だけは、貴方誰にも負けないもの!」

 カレンがレオナルドに、ボリューミーな瞳を向け応える。


「カレン。信じてくれるの!? でも、僕は、いったいどうしちゃったんだろう?」


「良いのよ、レオナルド。いいの。それで、仮に貴方の感覚がデジャヴュであるのなら… 次には、どのような事が起るの? いいから話してみて」


「それは…」

 レオナルドが髪を掻き上げ頭を抱える。


「良いのよ。ゆっくりでいいの。思い出して。確かに今日は何時もとは違う。私達が座るお決まりのシートを残して、バスの座席は何故か満席。上空にはヘリが飛び交い、次のバス停にはバイクや高級車が数珠つなぎで待機をしている。こんな事は異常なのよ!!」

 カレンはレオナルド家のテラスで展開した、今朝の主張を繰り返す。


「ああ、見えるよ。次に起る出来事が…」

 両手で頭を抱えていたレオナルドが、カレンの座るシートに向き直ると、再び口を開いた。


「言って、レオナルド。私、信じるから… 貴方は昔から、霊感だけは誰にも負けないもの!」

 カレンは、汗でしっとりと濡れたレオナルドの手を強く握り締める。


「次の停留所で、黒装束くろしょうぞくの悪魔が手下を従え乗り込んで来る」

「ちょっと!? 悪魔が来るだなんて、いくら何でもあり得ないんじゃない?」


「ええーっ。カレン。今、僕のことを信じるって言ってくれたじゃない!?」

「レオナルド。もっと現実的な事を言って!!」


「嘘じゃない。黒装束の悪魔と手下は、バスに乗り込むと直ぐに襲い掛ってくる。そして奴等に吹き飛ばされた僕は、息も出来ない程に強く、床に背中を打ち付けてしまうんだ」


「そんなのあり得ない…」

 レオナルドの真剣な表情を見て、カレンは少し不安になる。


「いや、何だろう?」

「何よ!?」


「背中を打ち付けるのは僕じゃない!」

「ええっ。じゃあ誰が背中を打ち付けるのよ?」


「君がだ!!」

「私が!?」

 カレンは驚いて、バス車内のシートから立ち上がった。


「カレン。バスを降りよう。前の降車口から逃げ出すんだ!」

 レオナルドはカレンの手を握り締め、座席から立ち上がる。


 折りにも二人が立ち上がった時と時刻を同じくして、バスは中央ストアー前バス停留所に停車をする。ドア開閉合図の大きなブザー音とともに、アメリカン交通社バス車両中央の扉が開かれた。


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