オレの屍で肥えていけ

 何かがおかしい。

 高嶺の花の超絶美人と奇跡的にお近づきになって、うきうきドキドキの学園生活を送っているはずが、いま、俺が立たされているのは命の瀬戸際。


 怒号、猿叫、硝煙の臭い。激しい戦闘を避け、会長を庇いながら砂埃にまみれて安全地帯くるままで這い進む。

 志半ばで散って逝った戦友よ。せんゆう、と書いて、ともよ。弁慶のように立ったまま気絶していた鎌倉くんの雄姿を忘れない。

 横幅はだいぶ違うが俺に扮して囮になってくれた平安くんの犠牲を忘れない。

 廻る魂の終着点でいつか邂逅を果たすまでの束の間の別離……。



 ………なんてことは、全然なくて。

 俺も羅馬くんの日本語に毒されたか。これぞまさしくローマ語だな。


 放課後、帰り支度を始めた俺は、予定通り先に生徒会室を出ようとしていた会長と竪穴を横からボーッと見ていた。

 すると、その後ろにいた室町さんが、手首に装着した何かをいじったかと思うと、竪穴が糸の切れた操り人形のように床の上に崩れ落ちた。 

 驚いている俺を尻目に、鎌倉くんが黙々と彼女の小柄な体をたわらかつぎにして出ていく。


「え!?何したの?いま」

「ちょっと……眠っていただきました。この方が手っ取り早いし、やはり無駄な流血や器物損壊の事態は避けたいですからね」

「どうやって?」

「そこは企業秘密。とある筋から入手した小型麻酔銃を使用しました」

「大丈夫なの?危なくない?」


 先ほど彼女がいじっていた手首を見ると、そこには少しゴツめの腕時計がはまっている。一見何の変哲もない腕時計のようだが、それがその銃ってことなんだろうか。

 事件のにおいがする……。不安と焦燥を煽るテーマソングが一瞬脳裏をよぎるも、室町さんは澄ました顔で首を振る。


「大丈夫です。象でも眠らせる強力な麻酔ですが、竪穴先輩なら問題ありませんよ」


 そういうことじゃなくてぇ。とある筋って何よ?そんな物騒な機器持ってるなんて怪しい組織とつながりがある訳じゃないよね?

 結局プランC実行したっ……てこと……?……怖い。

 

「弥生っちも悪い子じゃないんだけど、私のことになると過保護だから……仕方ないわね」


 過保護とは……?

 白い頬に手をあてて、困ったように微笑む会長は今日も麗しいが、ものは言いようだな、と思う。

 今度褒めポイント探しに誘ってみたら、有意義な時間を過ごせるんじゃないだろうか。


「さあ、竪穴先輩が目を覚ます前に行きましょう」


 なかば強引に背中をぐいぐい押され、仕方なく歩き出すと、それまで黙っていた平安くんが、不満げに声を上げた。


「ねえ、僕を囮にしようとしたってほんと?」

「あら、了承していただけたではありませんか」

「いつ?してないよ、そんなの。僕が聞いたのは式神を扱う事態になるかもってだけだ」

「縄文時先輩の代わりに使役されるのですから、平安先輩自体が式神です」

「そんなの屁理屈だ!」


 普段のんびりしていて滅多に声を荒げることなどない平安くんが珍しく怒っている。

 そうだよな。俺が聞いても屁理屈だと思うよ。なんかごめんな。あと、式神ちょっと見たいとか思ってごめんな。


「裏切りと屁理屈は女の武器ですよ。どちらにせよ、斑鳩家の蔵を開けるにはあなたの力も必要な訳ですから、ここで捨てご……囮になってもらう訳にはいかないと思ったのです」


 捨て駒って言おうとしたね。ちょいちょい黒い部分が顔出すね、室町さん。

 でもなに?斑鳩家の蔵開けるのって陰陽師の力が必要なんだ。特殊すぎない?呪物でも納めてあんの?

 平安くんは嫌そうにマロ眉をひそめ、落ち着きなく体を揺する。 


「あ……ああー、そっちの方角は良くないな~。方違かたたがえして出直していい?」

「駄目に決まっています。ちなみにいつ頃になるご予定で?」

「……一年後……とか?」

「却下」

 

 室町さんはにべもなく平安くんの返事を叩き落とした。さすがブラック・アミーゴ、容赦ない。


 陰陽道には詳しくないので、平安くんに聞いてみたところ、方違えとは、目的地に特定の方位神がいた場合、一度別の方角に行って一定の期間を過ごし、そこから目的地に向かい、禁忌の方角を避ける方法だそうだ。

 方位神によって設ける期間も違うそうで、数日から数か月、数年の場合もある。


 そんなこと言ったら、学校に来るとき困ったりしないのかな。確か平安くんは皆勤賞だったと思うけど、特殊な結界でも張って登校してるんだろうか。



 現実に車の中でイチャイチャするどころではなく、ぐずる平安くんを引きずるようにして、やってきた斑鳩邸。


でかい。


 延々と続く塀、会長いわく、築地塀ついじべいという屋根付きの立派な塀がやっと途切れると、巨大な門が現れた。あれだ、時代劇とかで見るようなやつ。

 門柱には斑鳩家を表す白い鳩をかたどった家紋。

 自動で開いたから、そこは近代化してるんだ。よく見れば監視カメラの数も半端ない。


 門構えから想像した通り、中も広くて豪奢な日本庭園に日本家屋。門から家まで遠い。歩いたらちょっとしたハイキングが出来そうだよね。

 ご両親はまだ帰宅してないとのことで、緊張も少し弛んだが、たくさんの使用人に出迎えられて居心地悪いことこの上ない。

 

「どうしたの?早く行きましょう。サトルン♪」


 いつの間にかサトルン呼びされてる。構文が現実を侵食してきたな。俺もアスルンて呼ばないと怒られるだろうか。


 遠足気分でキョロキョロしていると、会長にそっと手を取られる。

 たまに不意打ちで手を握ってきたりするけど、会長の手ってほんとに柔らかくてすべすべだ。


 ほわぁぁぁ。すべすべすべすべすべすべまんじゅうがに。


 動揺のあまりつまらない駄洒落を考えてしまった俺の手を引いて、板張りの長い廊下を歩いて行く。

 その後ろに続く平安くん。彼が逃げないように見張っているのか、室町さんもついてくる。



 家から続く出入口から、大きな白壁土蔵の前に到着すると、室町さんに押し出されるように平安くんが前に出た。


「ほんとにやるの?」


 彼は心底嫌そうだ。セキュリティの為だけなら斑鳩家の財力で最高のものを装備できそうだけど、やっぱりなんかあるんだね。


 固唾を呑んで見守るも、平安くんは扉に設置された開閉用のパネルに何かを文字と数字を打ち込んで、普通に、本当にふつうううううに鍵を開けた。

 なんだそれ!?


 ギィィィィィィ。


 軋みながら大きな観音扉が開き、中から少し黴臭いような空気が漂ってくる。きっと次だ。次には何か陰陽師の出番があるような呪物が飛び出してくるに違いない。


『ぽーーーーーーー!!』


 身構える俺の目の端に、何か白くて大きなものが映る。


「ぎゃーーーー!!!」


 平安くんが聞いたこともないような悲鳴を上げて倒れると、その大きな白いものは、彼の上で踊るように跳ねた。

 俺は思わず目を疑った。まるまると肥え太ったそれ……白い鳩……のような生き物が、平安くんの上で嬉しそうにモフモフグリグリしているからだ。

 あ、頭つつかれてる。


 のようなものじゃなくて、鳩だよな。半分透けてる感じだけど、間違いなく鳩、だよな?


「か、会長……あれなんですか?」

「ああ、鳩よ」

「鳩!?2メートルくらいありますよね!?」

「うちの神獣?って言ってたかしら。名前はぽーちゃん。昔からうちの蔵に住み着いてるの。なぜか安ミンのこと大好きで。他の人が近づくと邪魔してくるから、蔵に入る時はいつも安ミンに来てもらってるのよ」


 神獣!まさかの!まさかのファンタジーですか!会長!式神使うかもしれない事態もファンタジーだけど、これは想定外すぎる。あとネーミング!

 そしてやっぱり平安くんは囮ですか!陰陽師関係ないね!?なかったね!これで全部ツッコんだかな!?


『ぽーーーーー♪』

「こ……ここはオレが食い止める……い……今のうちに、行け」


 白いモフモフ鳩の下敷きになって息も絶え絶えな平安くんが、震える指で蔵の奥を指す。

 なんか一人称「僕」から「オレ」に変わってる。大丈夫なのかな。食べられたりしないのかな。ちょっとかっこいいけど。

 ごめん、嘘ついた。白い半透明の鳩に愛でられてる姿は少しまぬけだ。


 室町さんは扉にもたれかかって口を押え、肩を揺らしている。無表情で我慢してるみたいだけど、あれ、絶対笑ってるよね。

 

 あまりにも現実離れした事態に、逆に冷静になった俺は、会長に促されるまま蔵の奥に足を踏み入れたのだった。



◇◇◇◇◇



アッ……今回、構文が出てきませんでした。


全国の、構文・死語ファンの方、ゴメンナサイ❗❗❗🙇💦😭💔😰💔😢ゆるしてチョンマゲ😅💖😘💓🌞😉💛

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