第27話
「いやー、まさか窓枠にスカートが引っ掛かって動けなくなるとは…」
「笑い事じゃないわ、気をつけろ」
「ごめんて」
俺が気づいた声は玖韻のものだった。
彼女はスミスの声が聞こえたので中庭に来ようとしたらしいのだが、ドアがなかったため窓を乗り越えようとしたら服がひっかかって宙吊りになってしまって助けを求めたらしい。
もうその行動だけで彼女の人となりが見えるようだ。
「助けてくれてありがとね。えーと…」
玖韻は照れ笑いを浮かべながら俺を見る。
「あ、俺、は…」
その間が彼女が俺に名前を尋ねようとして開けた間だということはわかっている。
だが俺の名前は彼女の息子とほぼ同じもの。
諸々の説明をすっ飛ばしていきなり伝えてもいいのかわからなくて躊躇ってしまった。
そもそもそれを言ってもいいのかもわからない。
今出会ったばっかりの見ず知らずの22歳の男が生後二ヶ月の貴女の息子の来世ですと言われて、気持ち悪く思われたりはしないだろうか。
「こいつはレィヴァン。俺が零万の名前を付ける時にあやかった奴だよ」
俺の葛藤を見抜いたのであろうスミスが俺の肩にポンと手を置きながら代わりに説明をしてくれる。
その気遣いが今はとても有難い。
それを聞いた玖韻はぱあっと顔を輝かせ、「ああ、貴方が!!」と顔の前でポンと軽く両手の指先を合わせた。
「スミスの親友だって聞いてたからもっとやんちゃな人かと思ってたけど、凄く真面目そうで誠実そうな人ね!私の旦那様にそっくりだわ!!」
玖韻は俺の顔を見ながらにっこりと笑う。
大好きな人を見るかのように。
「おい、それ一応俺」
「あ、じゃあ本当の旦那様にそっくりね!!」
「こいつ…」
「スミスに聞いたかもしれないけど、私は玖韻って言うの。スミスには息子のために結婚してもらったけど、本当は怜央さんっていう人の奥さん…になる予定だったのよ」
ふふふ、と少女のように笑いながら、彼女は大切な人の名前と関係性を教えてくれた。
それはスミスの親友ということで、少しは俺を信用してくれたからだと思っていいだろうか。
「れお…」
そして今初めて聞いたそれが、俺の本当の父親の名前。
記憶も思い出も何もないのに、不思議とその音だけで胸に熱いものが込み上げてくる。
俺の前世の両親は玖韻と怜央だったんだ!
「ところでレィヴァンさんはもう私の息子を見た?父親に似ていてとっても可愛いのよ!ここにはいないみたいだけど、どこかで寝ているのかしら?」
「…っ!」
けれど父親の名前を噛み締めていた俺の耳に無邪気な玖韻の声が聞こえてきて、反射的に肩が揺れてしまった。
先ほど目覚めたばかりの彼女はここに息子がいないことをまだ知らない。
でも隠せることではないから、本当はすぐにでも教えなければならないとは思っていた。
「あ、あの!」
だから、きっと彼女は傷つくだろうけれど、俺は意を決して目の前に立つ彼女に告げる。
「はい?」
「あの、貴女の息子の、零万は今、ここにはいません…」
ゆっくりと紡いだその言葉に彼女は目をまん丸にして俺を見た。
一体何を言っているの?と、その目が雄弁に語っている。
「落ち着いて聞いてくださいね?ここは、日本じゃないんです」
「というか地球ですらねぇけど」
スミスも俺の説明を補足するために口を出してくれる。
玖韻に落ち着いてと言ったが、実のところ一番落ち着いていないのは俺だから、フォローしてくれるなら凄く助かる。
「で、でも二人とも日本語じゃない?」
だが言われた方の玖韻は当然ながら信じられない、というより理解が及ばないといった様子で首を傾げた。
しかも目の前の二人が日本語を話しているせいで、地球でも日本でもないと言われても余計にピンと来ないようだ。
「言ってなかったけど、俺は日本語なんて言葉は知らない。これは『万能言語』っていう魔法だ」
「魔法!?」
「そう。試しに適当な言葉で話しかけて見ろよ」
「え、ええ?突然そう言われても…」
するとスミスが玖韻にそんなことを言う。
俺もスミスの日本語がやたら上手いことを疑問に思っていたから、それが魔法によるものだったと聞いて驚いた。
というか、あっちでも日常的に魔法を使ってたんだな。
「あ、じゃあ、『Where are you from?』とかどう?」
「『I came from Japan』…って、俺日本から来たわけじゃねぇけど。なんて言えばいいんだ?」
「異世界じゃないか?」
「異世界…『different world』か」
スミスが英語を喋ったことに驚きつつ俺がそう言えば、スミスは該当する単語を口にした。
「へぇ、異世界ってそう言うんだ。『another world』とかだと思ってた」
「あ~…ニュアンスの違いってだけで同じっぽいような…?でもわかんね」
スミスの言葉に俺が感心していると、
「……でも日本人じゃないスミスが英語を話せるのって普通よね…?」
玖韻が今更そう言ったので、全く意味のない会話に終わった。
「かと言って私は中国語もポルトガル語もスペイン語もわからないし…」
「エスペラント語ってあったよな」
「何故、よりマイナーへ…?」
「マイナーだけど、あれ一応世界共通言語を目指したものだぞ?」
しかも他に詳しく知っている言語もなく結局解決策は見つからないという体たらく。
ならば。
「もうあれじゃないか?あっちにない魔法を見せて納得してもらうってことで」
「そうだな、それが手っ取り早いか」
ホントはこっちに来るとき使ってるんだけど、こいつ意識なかったしな、とぼやいているスミスの言う通り、手っ取り早い手段として俺は魔法を披露することを提案し、実行をスミスに任せる。
今いるのが丁度良く広さのある庭なので、念のため「ちょっと下がってくださいね」と玖韻に言ってからスミスに手で丸を作って合図を送った。
「んじゃあ被害がないものを…、これかな、『ライト』」
何の魔法を見せるべきかと少し悩んでスミスが実行したのは明かりの魔法。
建物や周囲に被害がなく、でもわかりやすいものをということだろうが、
「眩しっ!」
「め、目があぁぁ!!」
金級の魔術師の出した明かりは、さながらナイター照明のような明るさで俺と玖韻の目を焼いた。
距離を取った意味ないじゃないか、馬鹿スミス!!
久々のその言葉に懐かしさを感じさせる空気が欲しい。
あまりにもいつもらし過ぎて、俺は贅沢にもそう思ってしまった。
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