第18話

スミスの転移魔法で俺達は一気にドライガの待つ山へとやってきた。

彼の記憶に残る湖の畔に転移した俺達は、すぐ目の前に腕組みをしたドライガが立っているのを見て「うぉっ!?」「えっ!?」と焦って声を上げたが、ドライガはわかっていたように「くくく」と低く嗤った。

『よく来たな小僧。逃げ出さなかったこと、褒めてやるぞ』

奴はスミスを見て感心の声を上げたが、次いで俺を見て眉をピクリと動かす。

『だが、招待していない者を連れてくるとは』

そして聞いた通り真っ黒い鱗で覆われた手を俺目掛けて伸ばそうとしたが、

「こいつはただの見届け人だ。お前の相手は俺一人でやる」

スミスがすぐにそう答えたため、その手が俺に届くことはなかった。

『そうか。ならばさっさと退けるがいい』

ドライガは納得したのか、元のように腕を組むと俺に向かって顎をしゃくる。

部外者はさっさと引っ込め、ということだろう。

「スミス…」

俺はドライガを見て急に湧いてきた不安感からスミスの名を呼んだが、

「大丈夫だ。俺とキャトレットさんを信じろ」

スミスは渡したお守りを見せながら俺にニカッと笑った。

「……うん」

俺にはまだ不安が残っていたがそう言われては食い下がることはできない。

渋々、嫌々、鬱々と後ろ髪を引かれる思いで離れたところに一本だけ生えている木のもとへと移動した。

「…ん?」

よく見ればその木の幹には大きな凹みがある。

ああ、10年前にドライガに弾き飛ばされたというスミスがぶつかったのはこの木なのかと、なんとなくその凹みに手を当てた。

『さて、早速始めようか』

すると背後からはそんなドライガの声が聞こえてきたので、俺は慌てて凹んでいる幹に背を預けて二人の様子を見守った。

同時に胸元に装着された記録用魔道具の電源が入っているかも念のために確認する。

これは国からの命令で俺に「絶対に撮影を止めるな」と厳命されてつけられたものだ。

何があろうとこれでスミスとドライガの勝負の行方を収めろ、と。

スミスの仇討が見世物になるように思えて拒否をしたかったが、当然ながら俺に拒否権などなく、不測の事態で電源が落ちるということもなかったようなので、俺は仕方なくそれを対峙する彼らに向けた。

『遠慮はいらんぞ?』

「誰がするかよ!!」

腕組みを解いたドライガは見下した顔でニタリと嗤いながらスミスを煽る。

それを合図にスミスは迷わずにドライガに向けて駆け出した。

「光よ、我が敵を穿て!レイ!!」

そしてそのまま悪魔に有効とされる光魔法を発動する。

それは光線で敵を貫くだけの初級魔法だが、金級の魔術師であるスミスが発動すると、

『おぉっ!?』

夥しい量の光線が一斉に襲い掛かってくる上級レベルの魔法になる。

遠距離攻撃を基本とする魔術師が自分に向かって走ってきたこと、唱えられた魔法が初球魔法であったことなどから完全に油断していたのだろうドライガは規格外な魔法に目を見開いて、ガードの体勢を取った。

「天上の光よ、我が眼前の敵を刺し貫き、戒めとなれ!ホーリーランス!」

ドライガの動きを制することに成功したスミスは続けざまに中級魔法を放つ。

通常であれば一本の大きな光の槍が中空から敵を串刺しにせんと振ってくる魔法だが、スミスのそれは槍が六本で、遥か天から降ってきた。

「行け!」

スミスの力強い声に応えるように、順に降り注いだ六本の槍はドライガの腕や足に浅くはない傷を作っていく。

『ぐぅおっ』

その度にドライガは余裕のない声を上げ、ますます身を固くする。

そこだけ見ればいきなりスミスが押しまくりだが、そんな風に上手くいくならスミスはここまで努力をしなかった。

つまり俺もスミスも、見た目通りスミスが優勢だとは思っていなかった。

大きな傷は作れたが、決定的な傷を与えられていないのがその証左とも言える。

「至高の光、星の光よ、我が敵を滅さんと遙かなる天より遍く降り注ぎ、全ての穢れを流し清め給え!スターレイン!!」

だからこそ、ドライガ相手に大きな時間を作り出したスミスは上級魔法を練り上げ、一撃で地形が変わるほどの威力とされているそれを躊躇いもなくぶっ放した。

手加減などできるはずもない相手なので仕方のないこととはいえ、果たしてこんな長閑な場所で使っていい魔法だったのかという疑問は残るが、だからと言って彼の判断は間違っていないと断言できる。

彼の敵はそこまでしても倒せるかわからないほどの強敵なのだから。

『お、おおおおお!!!』

そしてその魔法に初めてドライガは焦りを見せた。

今までは敢えてガードしていたが、今回は転がるようにして直撃を避けたことからもこの威力ならばドライガにも有効なのだとわかる。

しかしその魔法は避けられてしまった。

手の内を知られてしまった後ではこんなチャンスは巡って来ないのに、千載一遇のチャンスを逃した。

スミスはそれに苦虫を噛み潰したように顔を顰め、杖を振り上げる。

「至高の地、神の領域、神聖なる天界を今ひと時この場所に顕現せし給え!サンクチュアリ!」

そうして唱えたのは攻撃魔法ではなく防御の魔法だった。

それはずっと攻撃をしていたスミスが見せた、初めての防御姿勢かと思ったが、

「えっ!?」

『…なにぃ!?』

その魔法はドライガに向けて放たれていた。

当のドライガも、横で見ていた俺も驚いて思わず声を出してしまう。

「……ようやく捕まえた」

ほどなくその身を光のドームに包まれたドライガを見て、スミスはニヤリと笑った。

そこで俺はスミスの苦い顔が演技だったのだと悟る。

彼は発動範囲の狭い防御魔法の中にドライガを閉じ込めるために近づきながら攻撃魔法を放っていたのだと。

その中でスミスはフェイントで仕掛けた攻撃魔法により上級魔法ならドライガにも有効だと突き止め、初級のバリアでも中級のホーリーサークルでもなく、上級のサンクチュアリでドライガを捕らえたのだ。

敵を欺くにはまず味方から、というわけではないだろうが、俺もすっかり騙されていた。

やっぱりスミスは凄い。

俺は光のドームの中にいるドライガと向き合うスミスの姿を拳を握って見つめた。

決着の時は近い。

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