04 月夜の訪問者
次の瞬間、カチャっと無機質な音が部屋に響いた。
「それ以上近づかないで! もし1歩でも来たら撃つわ!」
少女は両手で持つ銀色の銃口をルルカへと向けている。
小刻みに震える手を見ると、恐らく人に向けたのは初めてなのだろう。だが彼女の瞳からは間違いなく強い意志を感じられた。
「こら、止めなさい。一体どこでそんな物を手に入れたんじゃ」
強めの口調でいった神父は彼女の銃をグッと掴んで取り上げる。そして、この場を収めたいと言わんばかりの提案をルルカに差し出してきた。
「若き少年よ。物の怪のワシが何を言っても信用出来ぬと思うが、ワシは君と争う理由が1つもない。物の怪の中にも大人しい者もいるのじゃ。
それに、君が探しているマルコも始祖の物の怪もここにはいない。彼らの居場所も当然ワシは知らん」
始めから一貫して神父の言葉に嘘は感じない。彼が物の怪である事は確かだったが、どうやら探していた終焉のマルコではないらしい。
言葉だけでは説得力に欠けると思ったのか、徐にポケットから何かを取り出した神父はそれをルルカへと投げ渡した。透明な袋に入れられた“それ”を横目で確認するルルカは次の瞬間、顔色を変えた。
「これは……!」
「やはりワシの言葉よりそれの方が効き目があったのぉ」
「どうしてお前がこんな物を?」
「たまたま拾ったんじゃよ。噴水広場でな」
思いがけない連続に、ルルカは言葉を詰まらせる。
彼の脳内には一気に様々な“憶測”が流れ込んだ。
「ワシには必要のない物じゃ。それは君にあげよう。その代わり、もう2度とこの子に銃を持たせるような事態は避けてくれるかのぉ――」
神父の言葉に対し、ルルカがそれ以上口を開く事は無かった。受け取った透明の袋を雑に胸にポケットにしまうと、ルルカは金色の髪を掻き上げて面倒くさそうに小さな溜息を吐いた。
そして、そのまま踵を返した彼は教会を後にするのだった。
**
「それで? 幾ら0級だからって、上司の私の言う事を無視してマルコと接触するとは何事だルルカ・ジャックヴァンッ!」
車という閉鎖された空間のせいか、表情や声色からも凄まじい怒気を感じるルルカ。一応申し訳なさそうな顔しながらも、彼はギルゼンの大き過ぎる声量に耳を塞いでいた。
「だからさっきから謝っているじゃないですか」
火に油を注ぐ態度で返すルルカ。彼は教会から出て来た瞬間凄まじい勢いでギルゼンに拉致され叱られている真っ最中だ。
「謝ればいいってもんじゃない! 何かあったらどうするつもりだ!」
「大丈夫ですよ。それに元々1人で動くつもりでしたし」
「ほお。つまり同行している私が邪魔だと。ふざけるな!」
基本的に魔操技士の行動や活動に縛りはない。だがそれは新米として1人で任務を受けて初めて単独での行動が許される。
ルルカの言い分も間違ってはいないが、上司のギルゼンが怒るのも無理はない。対象がブラックリストに載る物の怪とならば尚更だろう。
「中で何があった? マルコはいたのか?」
「……何もありませんよ。マルコもいませんでした」
特別伝えるような内容はない。
勿論あの神父の事を信用した訳ではないが、ルルカの中の天秤はまだどちらにも傾いていなかった。
「そんな嘘が通ると思っているのか? お前のせいで確実に奴には警戒された。残念だが、今の件はバーンズ局長にも報告させてもらう。N.M.E.B全体に関わる事だからな」
ギルゼンも実力ある魔操技士。ルルカが何かしらの“嘘”を付いている事はすぐに分かっていた。
「別にいいですよ。どの道10日以内にマルコを執行しなければ終わりですから」
そう言ったマルコはポケットから小さな紙袋を取り出してギルゼンへと渡すと、その場で車を止めるようお願いをする。
「局長の所に行くのならついでにこれもお願いします。連続殺人の“犯人”が忘れた遺留品らしいので、鑑識に回せば手掛かりになると思いますよ。
申し訳ないですが、俺はちょっと調べたい事があるのでこのまま1人で帰りますね」
自分の言い分を伝え終わったルルカはそそくさと車から降りた。
「おい……! ちょっと待て、どこに行くつもりだ!」
ギルゼンの訴えも虚しく、ルルカの背中はあっという間に人影に紛れて見えなくなってしまった。
「……ったく、何だあの少年は。若くして才能があるというのも些か困ったものだな」
独り愚痴を呟きながら、ギルゼンはルルカから渡された紙袋に視線を落とす。そして再び車を走らせた彼は執行局へと戻って行くのだった。
**
「さてと。今日はこのぐらいにしておくか」
すっかり夜も更けた頃、過去の殺人現場の確認をし終えたルルカはふと夜空を見上げた。
声を掛けられたのはほぼ同時。
「こんな時間まで働くとは偉いですねぇ――」
「……!?」
反射的に振り返った先。そこには数時間前に教会で会った神父の姿があった。
この時間帯にこんな場所で。ルルカは自分の迂闊さに一瞬苛立ちを感じる。
「何故こんな所に?」
距離は3m程。
万が一の場合でもギリギリ対応出来る間合い。
平静を装いつつも、ルルカは無意識に生唾を飲み込んだ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫じゃ。昼間に約束を交わしたばかりじゃろうて」
「約束なんてした覚えはない。物の怪の事など信用出来んからな。何を企んでいるんだ」
物の怪は狡猾。人に化けるのが上手ければ上手い程。
「ワシは平穏を望んでいるだけ。それも企みに入るのかのぉ?」
「ふざけるのもいい加減しやがれ!」
静かな夜の街にルルカの怒声が響いた。
魔操技士と物の怪。
水と油の存在である両者が話し合ったとて、2つが交わる事はない――。
「若き魔操技士さん。そういえば君は終焉のマルコを探しておったねぇ」
神父の声が僅かに低くなった。それが意味した危険を、ルルカは本能で感じ取る。今すぐにでも“魔法”を放ちたい。思わず先行する衝動をなんとか抑えるルルカ。
こんな時、ギルゼンはならば躊躇する事なく行動に移すだろう。
しかし目の前の物の怪が霊力係数――敵意をこちらに見せない限り、彼は力を使う事は出来ない。
「知りたいか? マルコの居場所」
「……ほらみろ。これだから信用ならないって言ってるんだよ」
「ワシが渡した物。あれの“答え”は見つかったかのぉ? それとも、君の力量ではやはり無理じゃったか」
神父は皮肉を交えて口角を上げる。
「ふん。お前の挑発になんて乗るものか」
「ワシは昔から駆け引きが嫌いなんじゃ。無駄だと思わんかね? 時間には限りがあるというのに。君も考え過ぎじゃ。若者ならば、先ずは勢い勝負の一択じゃろ――」
刹那、神父の瞳が淡い輝きを発した。
ビー! ビ―!
ルルカの手首に付けられている腕輪から警報音が流れる。
これは魔操技士が全員身に付けている物であり、その警報音が流れるのは“基準値以上の霊力係数を感知”した時。
(遂に本性を現したか――!)
眼前に迫った脅威。瞬時に反応を示したルルカもモーションに入る。
だが。
「ッ……!?」
先手が届いたのは神父。魔法が間に合わない。真っ直ぐ向けられた掌がルルカの胸倉を掴んだと同時、書類で見た被害者達の無残な姿が彼の脳にフラッシュバックした。
(やべッ、抉られる……!)
そう思った次の瞬間、ルルカの体は案の定大きな刃物のような攻撃で斬られた。
と、なる筈だったが……。
ルルカを掴んだ神父はそれ以上何もしなかった。
それどころか、突っ込んできた勢いをそのままに、ルルカは神父に押されるようにして2人仲良く地面に倒れ込む。
――ズパァン。
何かが勢いよく地面の石畳を抉った。
背中を地面に強打したルルカは一瞬呼吸が止まったが、その一瞬で“全て”の状況を把握した。
殺そうとした訳ではない。ルルカは守られたのだ。たった今“上から”飛んできた何かから。
「これは……魔法――」
そう確信したルルカが月夜に照らされる建物の上を見る。
直後、間を置かずして再び魔法が飛ばされたが、今度はルルカがその魔法を振り払った。
ルルカの視線の先には誰かの人影。夜と逆光が合わさっているせいもあり、人影の顔を確認するのは不可。だがしかし、「やっぱりな」と面倒くさそうに呟きながら金色の髪を掻き上げたルルカは、その人影に断定を言い放った。
「もうアンタが8人目の被害者を出す事はない。ここで俺が終わらせてやるよ。なぁ……“ギルゼン”――」
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