第14話 メンヘラちゃんは謝ってくる
【中性的な女
私は怪我の増えたアミを連れて、自分の家に戻ってきた。
道中、アミもいろいろ気まずいのか口を開くことはなかった。ただ、私の服の裾を掴んで黙ってついてきていた。
服が伸びてしまう。そんなことを考えるのはこれで2回目だ。
時間はもう夜だった。
そういえばゴタゴタしていて食事もしていなかったな。
「ユウ様…………あの…………」
やっと口を開いたアミが、うつむき気味で視線を泳がせながら何か言いたげにしている。
「なに?」
「………………本当に、ごめんなさい」
アミはそう言って抱きついてきた。胸のあたりに物理的な衝撃が走る。
「…………いいよ、こっちこそごめん」
私は抱き返したりしなかったが、アミの方は私を抱きしめる手にわずかに力が入る。
「別に、手首切ったことも、自殺未遂したことも気にしてない……って言ったら逆におかしく聞こえるかもしれないけど、気にしてないよ」
前にもこんなこと、あった。
その記憶を、私は必死に振り払おうをしているのに、嫌でもそのときを思い出してしまう。
「なんていうか、死にたいって気持ちも解らなくはないし」
何のために生きているのか。
目的があって生きているわけじゃない。
死ぬ理由がないから生きているだけだと思うこともある。
何かなすために生まれてきたわけじゃない。性交渉を行った結果、生まれてきただけで、大層な意味も、目的も、後に残る偉業なんて誰もなしえない。
そんな生き方に疲れてしまったこともあった。
「アミの気持ちも全く解らないわけじゃない。私も、理解しようと頑張ったこともあったよ…………結局、理解はできなかったし、永遠にできないと思うけど」
理解しようとしても、理解できない事は沢山ある。
「まぁ、いいから。ご飯食べてお風呂入って寝ようか。明日も仕事だしさ」
こんな話、なんでしてしまったんだろう。
私はガリガリと頭を掻いて、1番優先されるべき事項である血まみれの風呂の掃除をする覚悟をまとったのだった。
***
【数日後】
あぁー……今日も仕事そこそこ頑張ったな。帰ろう。
と、私がビルから出て駅の方へ歩いていたところを
「おい、そこの女」
と、呼び止める者がいるのだった。
きっと私のことじゃない。きっと私のことじゃないはずだ。周りに女の人は……いないけど、きっと私のことじゃないはずだ。
歩調を速めて逃げ切ろうと思ったが、後ろから足音がカツンカツンと足早についてきているのを感じた。物凄く嫌な予感がする。
「おい、お前だ。止まれ」
――はぁ……今度はなんなんだ
と、観念して振り返ったら、以前不良2人組に絡まれていたアイスクリームひょろメガネ男が立っていた。
「…………なんでしょうか……」
「お前、この前私のことを助けさせてやっただろう?」
――助けさせてやった!?
驚愕すぎて怒りすらわかなかった。上から目線が極まりすぎている。
どうする、忘れたふりをするか? でもこの流れだと忘れたふりをしても強引に何かを言づけられそうだと肌で感じた。ここは適当な返事をして茶を濁しておこうじゃないか。
「…………そんなこともありましたね」
ひょろメガネは眼鏡の位置を調節する。そんなズレる眼鏡、買い替えてしまえばいいのにと私はぼんやりと考える。
「私を助けるのは当たり前のことだが、私としても食事の一つも誘わないほどの無礼者ではない。今から食事を馳走してやるから一緒に来い」
言葉遣いから無礼なのだが、それは無礼のうちには入らないのか?
仕事やここ最近のドタバタなどで、そんな嫌味を言う元気も私はなかった。
「いえ、結構です。お気持ちだけで」
私は面倒なことになりそうな予感をひしひしと感じていたので、関わらない方がいいと考え、普通に断った。社会人的な節度をもった断り方で。
「おい、私が誘っているのに断るなんてありえない」
「あーあーああー、キコエナイーアーアーアー」
手をバタバタと耳に当てて聞こえないふりをする。
……私は子供か。
「なぜ断る? 私との食事よりも大事なことなんてこの世に存在しないだろ」
たくさんあるだろ。
ゲームしたりとか。ゲームしたりとか。あとは、ゲームしたりとか。
「ですから、ご厚意だけは受け取っておきますから……」
「なんだ、照れているのか? それとも遠慮か? まぁ、私からの誘いなのだからそうなっても仕方あるまい。しかし謙虚な姿勢というのも奥ゆかしさがありいいものだな」
駄目だ、わけの解らないポジティブ人間だった。
こっちは嫌がってんだよひょろメガネボケカスと思ったが、さすがにそれは口に出しては言えない。社会人として。
このひょろメガネは社会人だろうが、その社会人らしさのようなものが欠落しているようだ。
この押し問答をしばらく続けることになるか、それとも観念してことを済ませたほうが早く済むのか私は天秤にかけ始めた。
「いえ、その、本当に結構ですので…………」
私の声に苛立ちすら混じり始めた。
しかし相手はそれを気づかない。
「もうレストランの予約もしてあるし、遠慮することはない。存分に感謝し、そして食事するがいい」
こいつ、全く空気とかそういうものを読む力がない。
しかもレストランの予約って、私がこの時間にここを通ることを知っていたかのような口ぶりだった。
「私のこと、つけていたんですか?」
「そんな卑賤なことを私がするわけがないだろう。しかもそんなに暇ではない」
「じゃあなんで私がここをこの時間に通ると?」
「この前助けさせてやった状況を鑑みても、駅からの仕事帰りであることは容易に想像できる。少し情報収集をすればお前がこの時間にここを通ることなどすぐに解る」
反論の余地のないように見えて、その理屈は穴だらけだ。しかしそれを指摘する気にもならない。
「私も多忙なところを割いてわざわざ食事に誘っているのだぞ。ありがたいと思え」
なんてむかつく野郎なんだこいつは。
こんなのにつきあっていたら血管がブチ切れるわ。
最近こんなのとばっかり話をしているせいか、少しは慣れてはきたけれど、やはりこういう訳の分からない手合いには私の心の安寧が脅かされる。
「………………今回だけですよ……」
これ以上こいつを説得しようとしても、無理だと悟った私は、早く食事を済ませて帰るという方向に考えをシフトした。
「レストランはここから少し距離がある。タクシーを使うぞ。もうそこに手配させてある」
指差した先にはもうタクシーが止まっていた。どこまでも用意周到な男だと思った。っていうか、気持ち悪い。私がその提案を受け入れる前提で動いているのが気に入らない。
私は心底落ち着かない気持ちでいっぱいだ。そもそもこの得体のしれない男にホイホイとついてきて大丈夫なのだろうか。
――そうだ、アミに帰りが遅くなることを伝えておかないと……
アミもあのクソ性格ドブス女がいなくなれば帰ってくれるのだろうか。一人の部屋が恋しい。私はもう暗くなっているそとの景色をぼんやりと眺めた。
車のヘッドライトがまぶしく照らし、町の照明が鮮やかに闇夜を切り裂いていた。
こんな上から目線のひょろメガネと食事なんてしたくないのに、ここはさっさと済ませて帰るのが吉だと考える。
「そういえば、名前をまだ聞いていなかったな。なんというんだ?」
「……悠」
「ユウ? 男みたいな名前だな。私の名は
一体どうしたらこんな人間が出来上がるんだ? それともキャラづくりか? もしかしてアニメとかゲームの見すぎ、やりすぎか? 自己愛の塊か?
これは生きるのに難儀すぎるだろう。現実世界でさぞや生きづらいと感じているに決まっている。
ここは現実であり、ファンタジー世界じゃない。
――まぁ、コイツがどうであれ、私には関係がないが
「そろそろつくぞ」
色々考える中、間もなくしてレストラン前についた。
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