第3章 傲慢と色欲と嫉妬

第11話 メンヘラちゃんの家族に遭遇




【ひょろメガネ】


 まったく、なんて日だ。

 仕事が早く片付いて久しぶりに家に帰れると思い、ソフトクリームを買って歩いていたら、訳の解らない男2人組がこともあろうか私にぶつかってきた。

 それだけならまだしも、クリーニング代を請求してくる上に、暴行を加えるなんて。

 私のことを誰だと思っているのだ。


 ――それにあの男なのか女なのか解らない暴力女……


 私は、あの男どもに屈せず相対峙するその女の姿に目を奪われた。

 まぁ、そうだな。この私の存在価値を見抜くとはなかなかいい目を持っている。

 一応女だったようだが、私を助けようとして危ないことをさせたことには違いはない。今度、食事にでも誘ってやろう。

 今回の事情聴取で名前は解った。私の友人の警察に口をきけば住所くらいすぐに解る。守秘義務というものがこの世には存在するが、私の友人の警察は口が軽すぎるくらいで、聞き出すのは簡単だ。

 ふん、私から食事に誘ってもらえるなんて光栄だと思って謹んで受けるがいい。


 ――私に靡かない女などいない。せいぜい私に惚れるがいい


 不良に蹴られた腹部を押さえながら、タクシーの中でそう思った。




 ***




【中性的な女 ゆう


「ユウ様遅かったのですね……」


 家に帰ると、アミが食事を作って待っていてくれた。


「うん…………ちょっと色々あってね」


 警察のご厄介になっていたと、言いたくはなかった。


「あの……ユウ様……なにかありましたか? もし亜美で良ければお話ししてください」

「いや……大丈夫。ご飯ありがとう。食べるよ」


 疲れ切った顔をしていたのを、アミは少しは察したのだろう。それ以上何か言ってくることはなかった。アミは徐々に空気が読めるようになってきたな。と、私は感心する。

 しかし、いつまでこの子は私の家に居候いそうろうする気なのだろう。

 明日、そろそろ家に帰れるかどうか聞いてみよう。




 ***




【次の日】


 結果から言おう。アミに泣かれてしまった。

 別に泣かせるつもりじゃなかったんだけれど、もはや収集がつかない状態にある。


「アミ、だからさ……栗原さんに私から電話させてよ」

「嫌です……うっ……」

「なんで駄目なの?」

「ダメなんです……っ!」


 これの繰り返しだ。

 アミを家に泊めて数日経ったし、そろそろ家に帰ってもらいたい。お姉様がいるのも数日だって言っていたし、もう帰っているのでは? と私は思う。

 アミが嘘をついていると、私は何となく感づいていた。

 埒が明かない話し合いに少しイライラしてきた。もはや話し合いですらない。ただの感情論のぶつけ合いだ。


「じゃあ一緒にアミの家に行こうか」

「もっとダメです!!」


 全く話が前に進んでいかない。

 話の大渋滞だ。1ミリも前という方向に進んでいかない。


「……アミさ、いつまで私の家にいるのよ。数日だけって約束だったはずだけど、もう一週間くらいいるよね?」

「…………お姉様がまだ家にいるから……」


 アミが目を露骨にそらす。絶対嘘だ。紛うことなく嘘だ。絶対そうだ。


「私の家にいたいから、そうやって先延ばしにしているんじゃないの?」


 ――あぁ、もう。面倒くさい子だな


 本当にあの時、泣いていようがなんだろうが泊めなければ良かった。という後悔の行列に私は頭を抱えた。

 どうも、後悔です。こんにちは、後悔です。はじめまして、後悔です。

 後悔たちが私の周りを埋め尽くす。


「今日、1人でもアミの家に行くから」


 私は簡単に支度をして、アミを置いてでもアミの家にいくことにした。

 泣いてすがるアミ。まるで浮気がばれた女が夫にすがるような光景のようだ。


 ――なに、この、地獄絵図


 私はアミの手をふりきって、アミの家に向かった。

 まったく……ラチがあかない。あの般若メイドさんにアミをひきとってもらおう。電車に揺られながら、私はそんなことを考えていた。

 今頃アミは何をしているのだろう。家の中を滅茶苦茶にされていないといいんだけど……というか、ご両親とか家に帰ってこないアミに対して捜索願などを出してないのか。

 アミが何歳かわからないが、未成年誘拐だとか難癖付けられたら困る。

 未成年誘拐って懲役何年? 罰金いくら? っていうか、また私警察のご厄介になるの?

 色々頭の痛くなるような考えを巡らせながらも、アミの家についた。いつ見ても大豪邸だ。何度見ても絵に描いたような大豪邸だ。


「はぁ……よし」


 インターフォンを押す。

 ドーベルマンが私に気づいて集まってくる。アミがいないからなのか、うなり声をあげて中に入ったら噛み千切られそうな勢いで敵意を向けてきている。


「はい、雨柳です」

「すみません、この前アミちゃんと来た松村です。栗原さんとお話したいことがありまして参りました」

「あら、この間の……今参りますわ」


 玄関のドアが開くのが見えた。そして栗原さんが迎えに来てくれると、ドーベルマンがうなるのをやめて後ずさっていく。

 すごく徹底したしつけをしているのだろう。


「こんにちは栗原さん」

「立ち話もなんですし、どうぞお入りになってください」


 私はあまり入りたくなかったが、断るわけにもいかずに私は般若メイドの栗原さんと中に入っていった。

 相変わらず豪奢な調度品が綺麗に並んでいる。見とれる目を離し、早速私は般若メイドに事情を話すことにした。


「アミ……ちゃんが、お姉様が帰ってきているからといって私の家にしばらくいたのですが…………お姉様は出て行かれたのでしょうか」


 歯切れの悪い質問を栗原さんにぶつける。


「やはりあなた様のお家にいらっしゃったのですか…………亜美様のお姉様に当たります律華りつかお嬢様は再度出て行かれました」


 やっぱり帰ってたんじゃんか。


「アミちゃんが……その、ご自宅に帰りたがらずに、ご家族の方も心配されていると思いまして。よろしければ、栗原さんがアミちゃんを迎えに来ていただけたらと思い……」


 随分丁寧な口調で言うが、端的に言うのであれば「早く連れていってくれ」という身もふたもないものだ。


「亜美お嬢様は、律華お嬢様にお会いしたくないのでしょう……」

「はい、アミちゃんからそう伺いましたが……もう出て行かれたのでしたら帰ってきても大丈夫なのではないでしょうか?」


 なぜ般若メイドの栗原さんがそんな暗い表情をしているのか、私には解らなかった。


「帰ってきていただきたい気持ちは大いにございますが、いちメイドのわたくしが、亜美お嬢様に帰ってきてくださいとは申し上げられないのです……お役にたてずに申し訳ございません」


 般若メイドの栗原さんは私に向かって深々と頭を下げる。


「じゃ……じゃあ親御さんは……?」


 メイドが駄目なら、親御さんだ。鉄壁のガード。これは簡単に突破できまい。


「旦那様と奥様は海外出張に行かれておりまして、しばらくはお戻りになりません」


 畜生。海外出張ときたか。

 流石、金持ちの家の人たちはレベルが違うな。


「困りましたね…………何か名案があればよいのですが……」


 私が考えていたときだ、やけに庭の犬たちが騒がしいと思ったら『それ』はいきなり現れた。


「栗原! どこにいるの栗原!!」

 

 振り返ると、見たことのある金髪巻き髪の、生意気そうなキンキン声の女が仁王立ちでこちらを見ていた。その人はテレビやネットでみたことがある。

 女優のRITSUKAだ。


 ――リツカって、こいつのことか……


 私はテレビあんまり見ないけど、名前と顔くらいは知っている。結構な有名人だ。


「あら、なんなのですこの人は」


 突然現れて、お前こそなんなんだよ。

 と私は心の中で思う。


「お邪魔しています……」

「この方は亜美お嬢様の恩人の方で……」


 アミの名前が出たとたん、RITSUKAは目の色を変えて私の方を見た。


「亜美の? ちょっとあなた、亜美はどこなの? 私が帰ってくるなりまた出て行ってしまったわ。嘆かわしい。雨柳家の恥さらしよ!」


 声が高い上に大声なのでキンキンと耳に響いて耳障りだった。

 アミに対する暴言に対して般若メイドは口を出せないようで、申し訳なさそうに頭を下げている。


「アミちゃんは私の家にいますが……」

「あら、いくらあんなバカでも、お金をもっていれば群がる輩がいるのね!」


 ――はぁ……?


 あまりの失礼な態度に私もカチンときた。

 しかし、私は大人だ。キレたりしない。


「いくらほしいのかしら? お金がほしいのでしょう?」

「あの……ちょっと待ってください……」


 なんなんだこいつは。こんなに失礼な女、初めて見た。

 いや、それでも私は大人だ。キレたりしない。大丈夫、大丈夫。


「なによ、私は忙しいのよ。ほら、これで消えなさい」


 ポンと、200万円程度だろうか、札束を放り投げてきた。


「まったく、卑賤ひせんな輩ね。雨柳家に取り入ろうとするなんて――――」

「金なんか要らねぇよ」


 バンッ!


 私は投げられた札束を投げ返した。キャッと悲鳴を上げRITSUKA――――律華が目を閉じる。バラバラになった一万円札が豪奢な絨毯の上に散らばった。

 いくら私が大人でも、キレるときはある。

 今がそのときだ。


「言われなくても出て行ってやる。どけ性格ブス。不愉快だ」

「ふん! 亜美なんかに取り入る下劣な輩のくせに!」


 私はRITSUKAの服の襟をつかみあげた。


「いい加減にしろよ性格ブス。それ以上言ってみろ。下水の水でそのきたねぇ面を洗わせてやるからな」

「っ……!!」


 私は服の襟を放すついでに軽くこの性格ブス女を突き飛ばした。


「二度とこねぇよ。お前のツラなんか一生見たくもねぇからな!」


 そう吐き捨ててアミの家を出た。


 ――どうしようもないクソ女だ! 顔が良くても地位があっても性格が終わってる! 金持ちはこれだから嫌いなんだ! 最近見たスプラッタ映画の、逆さづりにして股のところからチェーンソーでぎゃぁあああああってやるやつやってやろうか!?


 庭にいたドーベルマンも私の殺気に気圧されたようで噛みついてきたりはしなかった。



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