カミモリはアクマツキ
鹿嶋 雲丹
第1話 難攻不落を攻める悪魔
この喫茶店にくるのは週に一度だけ。
それは、決まって水曜の朝九時だ。
店はチェーン店ではなく、年老いた爺さんが昔から経営している店だ。地元のリピーターに愛される店、というやつだな。
少し暗めの照明、黒と焦げ茶が基調のテーブルセット。控えめに流れる
その全てが、店を訪れる客に独特の安心感とワクワク感を与える。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
ウェイトレスが俺の席にやってきて、水の入ったプラスチック製のコップと、あたたかなおしぼりを置き、客の注文をとろうと伝票とペンを持つ。
この一連の動作中、彼女は一瞬たりとも笑わない。営業スマイルいっさいなし。まさに無そのもの。
「いつものモーニングAセット……今日のコーヒーはなんですか?」
俺が週一でこの店に通っている目的は、この無愛想なウェイトレスだ。
名は
現在19歳のフリーター。
彼氏なし、好きな男なし、友達は人間ではなく、近所の野良猫。調べはついているのだ。
彼女は淡々とした口調で、本日のコーヒーの説明を始める。
その視線は、俺には向けられていない。テーブルの上のどこか一点を見つめている。
「ありがとう……では飲み物は、本日のコーヒーをホットでお願いします」
こいつは、いつになったらまともに俺をみるんだろうか?
俺は、無愛想な彼女に対していつも満面の笑みを浮かべて対応している。もちろん、情熱の炎をめいっぱい効かせた視線付きでだ。
「かしこまりました」
だが、メラメラと燃え盛る俺の無敵な情熱の炎も、彼女の冷たい声音一発であっけなく消火されてしまう。
彼女は手にした伝票にさらりとなにかを書きつけると、さっさと立ち去った。
真っ黒なストレートの、きれいなポニーテールを揺らしながら。
っとに、いつもこうだ!
「店が混んでるわけじゃないんだからさ、少しくらい余裕のある接客しろよな……」
俺はぶつくさ言いながら、人間から見れば小型のパソコンに見えるだろうシロモノをテーブルに置き、ボタンを押して起動させた。
俺の外見……つまり身長や顔のつくり、それに声質や動作……そのどれもがモテレベル最高のものである。
なぜそう言い切れるのかって? そりゃもちろん、試したからさ。並レベルの女一万人でね。
画面に映しだされているのは、先ほどの無愛想なウェイトレス、神守のデータだ。
彼女は並じゃない……トップクラスだ。
「難攻不落、神の呪いつき……」
小さく表示されている彼女の画像は、もちろん無表情だ。その横にはSの文字が3つ並んでいる。
「このペーペーな俺が一気に出世するには、高レベルのターゲットを落とすってのが一番手っ取り早いんだよな……」
他にもSがつくターゲットは複数人いる。だが、彼女らには既に数人の
神守を狙ったヤツは過去に五人いる。
いずれも恋愛部内ではエース級の猛者達だ。
そんな彼らすら諦めているようなターゲットを、入部したばかりの俺が落としたら……すっごく気分がいいじゃないか!
「俺は諦めないぜ……そこだけが、俺のいいところだからな」
もしよかったら、一度二人で会いませんか?
もしよかったら、今度映画にでも行きませんか?
もしよかったら、今度☓☓ランドに遊びに行きませんか?
などなど……
言うまでもなく、こちらの連絡先は毎回最後に記してある。
そんなメッセージカードを会計の度に彼女に差し出しているのだが、毎回目の前でゴミ箱に捨てられていた。
今日もカードを渡すつもりだ。三十枚目のカードを。
彼女は、また俺の目の前でカードをゴミ箱に捨てるだろう。
ちらりとも見ずに、カードに白くて細長い人差し指と中指を置く。
その指を、ゴミ箱が待ち構えている地点まですーっと動かすのだ。
背の高い俺の目には、その様がよく見える。
役目を果たすことなく、なされるがままひらひらと落ちていく白いメッセージカード。
なぜかそれを想像しただけで、俺の胸は甘く疼くのだ。
今に見ていろ……ぜったいに、落としてやる。
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