第54話 魔窟の奥で

 ドドドドド

 ガラガラガラ


 大地の揺れはいまだに続き、遠くの方から崩落の音が聞こえる。


「あいたたた……油断しましたね」


 魔力の奔流に巻き込まれ、地割れに落ちた俺たち。

 リアン様がとっさに防御魔法を使ってくれたのか、着ぐるみの中の身体に異常は無い。


 ぱっ


 だんきちの腕に仕込まれた、非常用LED照明のスイッチを入れる。


「あら、タクミさんありがとうございます」


「もふっ?」


 思ったより近くでリアン様の声が聞こえた。


「ふふっ、お姫様抱っこなんて、幼少期お父様にして頂いて以来でしょうか♪」


「えええっ!?」


 思わず声をあげてしまう。


「ふふふふっ」


 いつの間にかだんきちの腕の中には、嬉しそうな笑顔を浮かべるリアン様の姿が。

 地割れの中を落ちるうちになぜかこうなってしまったらしい。


「ふむ、これがアリスさんおすすめのだんきちさんの感触……クセになりそうです♪」


 ぎゅっ!

 すりすり


(うおおおおおおおっ!?)


 興味津々な笑顔を浮かべると、思いっきり抱きついてくるリアン様。

 本日のリアン様は清楚な白いドレス(肩出し)という魅惑の格好なわけで……。


「タクミさん、二人っきりですね♪

 ”冒険”、しちゃいましょうか?」


「誰かに聞かれたら誤解されそうなセリフを口走るのはやめてくださいいいいっ!?」


「うふふふっ♪」


 俺の叫び声が真っ暗な地底に響き渡るのだった。



 ***  ***


「タクミおにいちゃん!!」


 タクミとリアンが飲み込まれた地割れの中に、慌てて飛び込もうとするユウナ。


「ユウナ殿! 無茶をするな!

 これほどの魔力の渦、危険だ!」


 がばっ!


 背後からユウナを羽交い絞めにし、押しとどめるミーニャ。


「でもっ……!」


「リアン様もご一緒なのだ、心配はいらない」


「ミーニャさん……」


 そうだ、リアン様は”魔王”だった。

 落ち着かせようとユウナの頭を撫でてくれるミーニャだが、その手のひらは僅かに震えていて。


「ミーニャ、通信の準備ができたぞ!」


「アリスの魔力も使って!」


「……かたじけない!」


 魔窟の影響で濃密に満ちたマナが邪魔をして、通信が阻害されている。

 マサトが通信機器を調整してくれたようだ。


「…………」


 忙しく動き回るミーニャたちから離れ、岩陰に移動するデルビー卿。

 手にはスマホのような物を持っている。

 彼の上司であるデルゴから支給されたものだ。


「……はい、支持通りにリアンと特異点を隔離しました。

 ですが、危険ではないですか?

 魔窟から放たれる闇の魔力は、10日前に観測した時よりかなり強く……もししたら……」


 デルビー卿の顔は真っ青で、脂汗がにじんでいる。


「……は? 予定通り? それはどういう……」


 ほくそ笑むデルゴの笑い声がスマホから漏れ聞こえる。


 ヴオオオオオオオンッ!


 それに呼応するように、魔窟がひときわ輝いた。



 ***  ***


「うふふふふふふっ!

 お付きの方々の護衛なしにこのような場所に来るのは、いつぶりでしょうか!!」


 だんきちの腕の中から降りたリアン様は、嬉しそうにあたりを駆けまわる。


「リアン様?」


 とても可愛らしい光景だが、微妙な違和感を感じるのも確かだ。

 なにより、リアン様から感じる力がどんどん大きくなってきて……。


「あら、珍しい……エビルドラゴンですね!」


「っっ!?」


 地下通路の向こうから現れたのは、漆黒の羽根を持ったドラゴン種。

 エルダードラゴンに比肩すると言われる最上位モンスターだ。


「えいっ♪」


 きゅぼんっ


 楽しそうにリアン様が右手を突き出した途端、大気中に満ちるマナが固形化したのではないかと錯覚した。


 ヴィンッ……ズッドオオオオオオンッ!!


 次の瞬間、大爆発とともに四散するエビルドラゴン。


「うふふ……あはははははっ♪

 愉快です、愉悦ですねぇタクミさんっ!!」


「り、リアン様!?」


 明らかに彼女の様子がおかしい。

 テンションが高すぎる。


「?」

「どうされたのですタクミさん、の顔に何かついてますか?」


「うっっっ!?」


 俺の声に振り返ったリアン様の様子に思わず息をのむ。

 彼女の様子は先ほどまでと一変していた。


 黄金色の瞳は怪しい光を発し、白い肌にはびっしりと紫色の紋様が浮かんでいる。


 なにより、リアン様の全身から感じる圧倒的な威圧感……。


 ”魔王”……その言葉の意味を始めて俺は実感していた。

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