俺は猫だが、ご主人達がうぶ過ぎて困る

いちみりヒビキ

(1)出会い

「にゃー!」


ここは商店街の入り口。

そのガード下の柱の陰にそっと置かれたみかん箱。

そこが俺の住処。


チャンスとあらば、かわいい鳴き声で泣いてみせる。


「にゃー」


するとお人好しの人間どもが寄ってくる。


「きゃー! 可愛い仔猫!」

「三毛猫だ!」


俺は、チヤホヤされて愛嬌を振りまく。

円な瞳でじっと見つめれば、まぁ、大体の人間は俺を放って置けなくなる。


ああ、そうだ。

自己紹介が遅れた。


俺は、まだ無名の仔猫。

オスなのに三毛猫という超レア者なわけだが、本当の意味でレアな点がある。


それは人間の言葉が分かるって事だ。

どうやら、前世は人間だったようで、人間の言葉だけでなく人間社会についてもかなり詳しい。


この能力と知識を生かして、是非どこかのセレブに飼ってもらおうと、朝からこうやって売り込みしているわけだが、なかなか良いチャンスに巡り会えない。


「行こう!」

「行きましょう!」

「お前、いい人に拾われるんだよ!」


そう言うと、俺を散々撫で回したお姉さん方はペチャクチャ話しながら去っていった。


くそっ! 空振りか! やれやれ……。


そう嘆くのも無理がないのだ。

やはり昨今の人間社会の不況が猫社会にも悪影響を及ぼしている。


と、そこへ入れ替わるように次のお客さん。


「にゃー!」


早速、営業スマイル。

見上げると、今度は男性のようだ。


「猫ちゃん、君かわいいね。捨てられたの? 可哀想に」


その人間は、スッと俺を抱きかかえる。


何だ、学生か?


見覚えのある制服。

確か近くの男子校の制服だったような気がする。


「ねぇ、君。ボクと一緒にくる?」

「にゃにゃにゃ!」


いかねぇよ! 俺は貧乏学生の所になんか飼われるつもりはねぇ。


しかし、この人間はそれに構わずにっこりと微笑む。


「そっか! 一緒に行きたいの? じゃあ、行こうよ!」

「にゃにゃにゃ!」


俺は全身全霊で脱出を試みる。

しかしながら、ギュッと抱きしめられてジタバタするばかり。


はぁ、はぁ……。


いつしか両手で脇を掴み高く持ち上げられる。


「あれ? 君はオスなんだね。珍しい!」


うっ、恥ずい。

人のをじろじろ見るなって……。



その人間に抱かれて予想通り近くの男子校までやってきた。

寮の裏門の扉をそっと開けながら言った。


「猫君。ちょっと大人しくしててね。寮長さんに見つかると大変だからさ」


暴れても良かったが、まぁ道順さえ抑えておけばいつでも戻れる。

俺は、その人間の懐の中に収まってキョロキョロしていた。


寮は洋館風の建物。

古い木造建築だけど、アンティーク調で趣味は悪くない。

その廊下をそっと進む。


食堂や浴場などの前を通り抜けて、目的の部屋まで辿りついた。


「猫君、よかった。誰とも会わなかったね。君は付いているよ!」


その人間はそう言ってウインクした。

部屋に入ると声を掛ける。


「ただいま戻りました、お兄様。お兄様? お兄様はまだみたい……かな」


俺は部屋を見回した。


ベッドが二つ。

それに机も二つ。


それが対に配置されていて、中央には、小さなテーブルが置かれている。

出窓があって外の草木が揺れるのが見えた。


俺の体はテーブルの上にそっと置かれた。

その人間は、体をかがめて改めて俺の顔を凝視する。


「着いたよ、猫君。どう、気に入った? お兄様に聞いてみていいって言ったら、飼ってあげるからね!」


綺麗な瞳。

その瞳には小さな仔猫が映ってる。

俺の姿。


まぁ、悪い奴ではなさそうだな……。


俺がぼーっとそいつの瞳を眺めていると、いきなり顔を寄せてきた。


「チュー!」


何の脈絡もなくキスだと!?

やめろ! 俺には知らない奴と出会って早々にキスする趣味はねぇ!


フーッ! っと威嚇するが構わずに唇が迫りくる。


チュッ!


あぁ……なんて事。はぁ、はぁ……。

全く、恐ろしい奴だ。


人間は、立ち上がると上着を脱ぎ出した。


「ちょっと待っててね。着替えるから」


さて、ちょっとしたアクシデントは有ったが、おいとまさせていただくか。

こんな寮の狭い部屋で、俺様が暮らせるかって。


帰り道は大体わかる。

窓から出れば、すぐに表通りに出られるはずだ。


俺は、人間が後ろを向いている隙を見計らい、出窓へ飛び移った。

出窓の鍵は幸運にも空いている。


前足を伸ばして扉を開けた。

振り返りもう一度部屋を見回す。


じゃあな、人間。


俺は人間の背中に声を掛けた。

そして、部屋を脱出した。





再び、商店街の入り口に戻り、みかん箱の中に収まった。

俺のホームポジション。

やはり、ここが一番落ち着く。


さて、今度こそ、金持ちに拾われるぞ!


気持ちを入れ替えて売り込みに戻る俺。

早速、カートを押した女性が現れた。


「にゃー!」

「あら! 可愛い子猫ちゃん!」


太っているけど仕草は優雅。

そのご婦人は、俺の頭をいい子いい子する。


クンクン。

品の良い人間の匂い。


よし、俺はこの人間の家の子になるぞ!


そうと決まればと、まずは張り切って思いっきり甘えた声をあげる。


「にゃー!」

「きゃっ! 何て可愛いの? 甘えん坊さんね」


よしよし。

満面の笑みで俺を見つめる。


もう一押し。

目をウルウルさせて、指先をぺろぺろ舐め。

どうだ!


「あらぁ……お腹がすいているのかしら……」


よし、これで、決まりだな。

俺は心の中で、指をパチンと鳴らした。

この後は、「じゃあ、おうちで美味しい物を上げましょうね」の流れ。


いいぜ。

ほら、抱っこしていいぞ!


と、俺の得意技が効いたかに見えた。

しかし、ご婦人は立ち上げるとため息をついた。


「ふぅ、でも、ごめんなさいね。うちにはメリーちゃんがいるから」


ご婦人は、乳母車の様なカートから座敷犬を取り出した。

確かヨーキーとかいう小さい癖に生意気な犬。

その犬を抱き抱えて言った。


「よしよし、メリーちゃん。チュー!」

「キャン、キャン!」


その犬は、ご婦人の愛撫を一手に引き受けながら、勝ち誇った様に俺を見る。


『どこかへ消えな。チビ猫。お前の出る幕じゃねぇ』


鼻を突き上げて俺を見下ろす。


てめぇだって、チビだろうが! と思うが、今の俺には成す術がない。

くそっ……。



ご婦人が去っていき、俺は意気消沈してみかん箱の中にごろっと転がった。

はぁ、なかなか上手くいかないものだぜ。


俺は青空をぼんやりと眺めながらぼやく。

ふと、みかん箱を覗く人間の姿が目に入った。


「ん! 捨て猫か。どれ?」

「にゃ、にゃ!」


いきなり、何者だ!?

俺は身構えて体勢を整える。


しかし、簡単に首根っこを掴まれ、持ち上げられた。

その人間と顔を突き合わせる。

まだ若そうな男だ。


俺はその人間の服装にビクっとした。


ななな。こいつ、さっきのやつと同じ制服。あの男子校の生徒だ。やべぇ、逃げよう。


一瞬の隙を見て、その人間の手から滑り落ちると、一目散に走り出す。


「おいコラ! どこへ行く!」

「にゃー!」


どこに逃げるかあたふたしているうちに、すぐに捕まってしまった。

それにしても、中々機敏な奴。


人間は、俺をしっかり掴むと、俺の体を点検し始めた。

で、人間が大好きないつものやつをする。


「ん? こいつ三毛猫のくせにオスか。めずらしいな」


うおー! だから、人のいちいち見るなよ!


「暴れるなよ。連れて行ってやろうっていうんだ。ありがたく思えよ。猫介」

「にゃにゃにゃ!」


誰も頼んでねぇよ!

ということで、俺は、再び例の男子校の生徒に連れていかれることになった。




それで、先ほどと同じ学校までやってきた。

で、この人間もさっきの奴と同じような事を言った。


「いいか、静かにしてろよ? 寮長は怖えからな」


結局、この人間も寮生ってことのようだ。

見覚えのある裏口、廊下を通って、とある部屋に辿りついた。


そして、中に入る。


「ただいま、太一」

「お帰りなさい、お兄様!」


俺は、聞き覚えの有る声にびっくりした。


なっ! さっきの奴!


そいつも俺の姿を見て驚きの声を上げた。


「あー! お兄様、その猫!?」

「こいつか? 捨て猫で可哀想だったからさ……ほら、太一って猫好きだっただろ?」


ん? なんだ。この抱っこしている人間は少し顔が赤いぞ?


俺はふとそんな事に気付いたが、さっきの奴が俺に飛びついてきて、それどころじゃなくなった。

さっそく頭から背中から撫でまわす。


「お兄様、覚えていてくれてボク嬉しいです。ボク、猫大好きです! でもね、この猫君、ボクがさっき拾ったった子なんだ。突然何処かに行っちゃって……」

「ん? 商店街の角のみかん箱に入っていたぞ」


「本当に? また、戻っていたんだ……みかん箱がおうちと思っているのかな?」


さっきの奴は俺の顔を覗き込む。

ち、近いよ……や、やめろよな? キスとか。


俺を抱っこしている人間がまた顔を赤らめて言った。


「なぁ、太一。もし良かったら、この猫、飼わないか? 俺達で」

「いいの? やった! 良かったね。猫君」


よくねぇよ! 勝手に話をすすめやがって……。

また、隙があったら抜け出すからな。


俺は、楽しそうに話す二人の顔を見ながら、さてどうやって逃げ出そうか考えていた。

そこへ、さっきの奴が言った。


「ねぇ、猫君。喉乾いたでしょ? ほらミルクあげるからね!」


なっ!? ミルクだと……。

しょうがねぇなぁ。飲んでやるよ。少しだけな。


俺は、おとなしく喉をゴロゴロ鳴らした。




俺は、平皿に入れられたミルクをぺろぺろと舐める。

その間、二人の目が俺に集まる。


「可愛いですね! お兄様」

「ああ、そうだな」


俺は飲みながらも思考をフル回転させていた。


それにしても、こいつらの関係って一体どんな関係何だ?

お兄様っていうからには兄弟か? と思ったが全然似てねぇし。


どうやら、先輩、後輩で一緒の部屋。

そういえば、部屋のネームプレートに名前があったか。


ユウジにタイチだったか?

先に捕まったほうが、タイチ。で、後に捕まったほうが、ユウジ。ってことだな。


半分ぐらい平らげた辺りで一旦休憩。

その時、タイチが言った。


「お兄様、名前どうしましょうか?」

「ああ、太一。好きな名前付けろよ」


「それじゃあ……」


俺はタイチを凝視した。


頼むからカッコいい名前にしてくれよ?


タイチはひとさし指をアゴに付けて上を向いた。

何やら考えを巡らせているようだ。


おすすめは、ムサシ。

次点は、アーサーだな。

とにかく男らしいので頼む。


しかし、俺の願いはまったく届かず、タイチは全然違う名前を言った。


「ミルク! どう? お兄様」

「ミルク……か」


俺は心の中で盛大に吹き出していた。

何だよミルクって。それメスにつける名だろう? アホか!?


ユウジは一瞬、顔を曇らせた。

ユウジは分かっているな。ミルクはないわ。そんな女々しい名前、俺に似つかわしくない。


俺は、そんな風に思いながら、ないないと頷く。

タイチは、不安そうな表情を浮かべた。


「だめでしょうか?」

「いいよ。ミルクで。確かにこいつ美味しそうにミルク飲むもんな!」


ぶっ! ユウジ、てめぇ! 裏切るなよ!


タイチは嬉しそうに俺を抱きかかえた。


「やった! 今日からお前はミルク。ミルクだからね! 宜しくミルク!」

「にゃー……」


俺は、そう鳴くより仕方なかった。

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