謎のドッグスツール

未咲

謎のドッグスツール

蓮、中学生、3月

部活の午後練に向かうときに妹の葵の部屋から話し声が聞こえた。葵とみかちゃんが、おもちちゃんかわいいね、と繰り返している。おもちちゃんか、きっと人外の何かだろう。

みかちゃんはちゃんと人間の、葵の友達だ。最近葵の部屋には連日のようにみかちゃんが遊びに来ているらしい。小学6年生は部活もないから、春休みは暇だろうと思ったこともあったが、楽しそうに毎日みかちゃんの話を食卓でしているから、充実しているのだと思う。


蓮、中学生、6月

葵の部屋にドッグスツールが置いてあった。ドッグスツールとは、俺がドッグスツールと呼んでいるだけだが、つまり、筒形のスツールで小型犬が入れるように足元がくり抜いてあるものだ。

うちには犬はいないのに、いつのまにか葵はそれを自分の部屋に持ち込んでいた。理由を聞けば、ただ、そのスツールが一番リサイクル屋で安かったんだと。

そんなものだろうか。


蓮、中学生、7月

母さんがチワワでも飼おうかといいだした。妹は犬が大好きだし、部屋のドッグスツールはいつか犬を飼いたいという主張にも見えなくもないから、最近元気のない葵のために母さんはそう提案したのだろう。元気がないというのは、例えば食卓でみかちゃんの話をしなくなったこととか、夏休みなのに友達とも合わず家にいがちなこととか、そういうことだ。

犬の話に戻ると、普段自分の意見を言わない葵がこのときばかりはいらないといいきった。母さんがでも、と何か言いたそうにしていてもいらないと言い続ける。


蓮、高校生、7月

葵が彼女のゆかちゃんを家に連れてきている。最近はよくあることだ。

そういえばゆかちゃん、何処となく雰囲気がみかちゃんに似ている。


蓮、高校生、8月

我が家は今、引越しの作業中だ。とは言え暑い。冷蔵庫から2本コーラをだして、葵の部屋へ、一緒に涼もうと足を向ける。

葵はいつかのドッグスツールを運びだしているところだった。

それ、まだあったんだな、とコーラを渡しながらいうと葵はコーラを受け取りながら、スツールに座り、話し始めた。

「これはもう捨てるの。小学生のころ、好きだったみかちゃんに関わる思い出の品だったけど。

そういえばね、みかちゃんにはね、振られちゃったの。それからは遊ばなくなっちゃった。みかちゃんと一緒に考えた想像上のヨークシャーテリアのおもちちゃん、おもちちゃんまで忘れることが悲しくて、わざわざドッグスツールまで買っていたけど、もうゆかちゃんがいるからいらないね。」

葵は一息にそう言って笑った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

謎のドッグスツール 未咲 @miyakenziro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る