第15話 新たな計画

 オモチは尻尾を高々と立て、ホワイトボードの前に再び仁王立ちしていた。

 さっきまでの浮かれ騒ぎが嘘のように目が真剣そのものになっている。


「よし、改めて計画を練り直すニャ!」


 マーカーを口でくわえ、器用に再構築プランと書き込む。


「今まではスマホ撮影でショート動画を投稿して、少しずつチャンネル登録者を増やすつもりだったニャ」

「うん、それなら聞いてたけど?」


 奏が不思議そうにしながら答える。

 オモチは小さく頷き、マーカーを勢いよく走らせる。

 潤沢な資金→新プラン:事務所設立!


「でもニャ! 一億五千万ニャ! 潤沢な資金があるなら、もっと上を目指すニャ!」

「……上?」


 どういうことかと雫が首を傾げる。


「そうニャ! 会社を立ち上げるニャ! 拠点があれば撮影も編集も全部一か所で出来るニャ!」


 部屋に微妙な沈黙が落ちた。

 一輝が口を開く。


「……いや、急に土地なんて探し始めてどうする気だ?」

「ダンジョン配信者の多くは会社を設立して活動してるニャ!」


 オモチはどこからかタブレットを取り出し、検索画面を見せつける。

 そこには【トップ配信チームのオフィス紹介!】の見出しがずらり。


「撮影スタジオ完備! デザイン部、編集部、スポンサー契約も! 憧れるニャ~!」

「憧れるのは勝手だけど……最初からそういう会社に入ればいいんじゃないか?」


 一輝の率直な疑問に、オモチは一瞬固まり、口を開こうとした。

 その前に知花がゆっくりと口を開いた。


「……恐らく、オモチちゃんは私たちのことを考えてるんでしょう」

「ニャ?」


 オモチが目を丸くする。

 知花は微笑んで続ける。


「有名な配信会社は確かに設備も整ってるし、福利厚生も手厚い。でも、その分ルールも厳しいのよ。活動時間、撮影内容、スポンサーの顔色……自由なんてほとんどないわ」


 その言葉に奏と陽葵が顔を見合わせる。


「なるほど……」

「たしかに、それは息が詰まりそうだね」

「だから、オモチちゃんは最初から自分たちの会社を作ろうとしてるのね? そうでしょ、オモチちゃん?」


 オモチは一拍置いて――


「大正解ニャ!!!」


 尻尾を勢いよく振り回し、ホワイトボードに「独立&自由」と大きく書き込む。


「大手は確かにすごいニャ! でも、我が輩たちは好きな時に配信して、好きなように話して、好きなように笑うニャ! それが一番ニャ!」


 陽葵が吹き出す。


「ほんと、前向きすぎる猫だね……」

「知花は賢いニャ! ご主人様も少しは見習うニャ!」

「うっさいわ」


 一輝は眉をひそめながらも、どこか楽しげに返す。

 その顔にはほんの少しだけ誇らしさが混じっていた。

 オモチの声が再び部屋に響く。


「よーし、まずは拠点探しニャ! 立地は重要ニャ! どうせなら地下に防音スタジオがあって、屋上に撮影スペースもある建物ニャ!」

「どんな豪邸探してるのよ……」


 知花が呆れ、奏と雫は笑いを堪えきれずに吹き出した。

 でも、誰も止めなかった。

 この暴走気味な猫が本気で導いてくれるなら、その道の先に未来があるような気がしたからだ。


 オモチがスマホで土地情報サイトを開き、真剣な顔で画面をスクロールしている。


「港区……いや、家賃が高すぎるニャ。郊外……でも交通の便が……」


 ぶつぶつ呟きながら尻尾が焦り気味に揺れている。

 そんなオモチを見て一輝が腕を組みながら口を開いた。


「……オモチ、土地の広さはあんまり気にしなくていいかもな」

「んニャ? どういうことニャ?」

「俺がクロスルビアで城を建てたときみたいに、土魔法でどうにかできる。だから、土地だけ探せばいい。最悪、一坪でもあればそこに異空間を作って事務所を構えることもできる」

「い、異空間!?」


 その一言に雫たちは一斉に立ち上がった。


「ちょ、ちょっと待って!? そんなことができるの!?」

「聞いたこともないわよ!?」

「ど、どうやってやるの!?」


 質問の嵐に一輝は頭を掻きながら笑う。


「どうどう、落ち着けって。順番に話す」


 皆が息を呑んで静まり返る中、一輝は淡々と語り始めた。


「俺はもともと、この世界の人間じゃない。……いや、正確には戻ってきた人間だ」


「戻ってきた?」と雫以外が小首を傾げる。


「ああ。1999年の夏ごろ、俺はクロスルビアっていう最悪な世界に落とされたんだ。魔力が汚染され、土地は荒廃し、化け物が化け物を喰うのが日常っていう、そんな地獄みたいな場所だった」


 その名を口にした瞬間、オモチが尻尾をピンと立て、どこか懐かしそうに微笑んだ。


「懐かしいニャ……。あの時のご主人様はまだヒヨッコだったニャ」

「うるせぇ。あの頃はお前だって雑魚だったろ」

「だって、仕方ないニャ! 我が輩たちは食物連鎖の最下位だったからニャ!」


 言い合う二人を前に奏がぽかんと口を開けた。


「……つまり、その世界であなたたちは一緒に?」

「ああ。最初の出会いがオモチだった。あいつがいなかったら、今ここに俺はいない」


 オモチは誇らしげに胸を張る。


「そうニャ! 我が輩がいなければ、ご主人様はきっと飢え死にしていたニャ!」

「ちなみに化け物の肉は想像を絶するほど不味かった。最初はオモチに無理矢理口の中に流し込まれて、ようやく食べれたくらいだ」


 一輝は苦笑しながら続けた。


「で、その世界では、生き延びるためにありとあらゆる化け物を食べていたら魔法やスキルを身につけた。土魔法もその一つで戦いだけじゃなく、建築にも応用できるようになったんだ」


 雫たちは目を丸くして一輝を見つめていた。


「……つまり、一輝さんは異世界帰りの勇者」

「そういうのじゃないからね。ただの生還者、帰還者だから」


 知花は溜め息をつきながらも、わずかに口元を緩めた。


「それは、とんでもない規格外ね……」

「んニャ!」


 オモチが尻尾をブンブンと振る。


「我が輩のご主人様は最弱から最強へと至った男ニャ! たいていのことはできるけど、おつむの方はそこまで良くないニャ!」

「やかましい! 余計なことは言うな!」

「ニャッ!?」


 賑やかなやり取りに雫も奏も笑い出す。

 陽葵と知花もつられて肩を震わせ、望海はきらきらとした目で一輝を見上げた。


「お兄ちゃん、すごいね! お城作れるんだ!」

「……まあ、ちょっとした小屋みたいなもんだよ」


 照れくさそうに頭を掻く一輝。

 その様子を見て奏が微笑んだ。


「でも、それなら本当に会社が作れそうだね」

「そうニャ! 一坪あれば夢が建つニャ!!」

「ダメよ、それじゃ」


 知花の忠告に場の空気が一変した。

 浮かれていたオモチの尻尾がぴたりと止まり、雫も奏も陽葵も真剣な表情で耳を傾ける。


「一輝さんの提案は確かに魅力的よ。でも……もし本当にそんな異空間を作ったら、確実に世間に目をつけられるわ」

「目をつけられるって……そんなにか?」

「ええ。考えてみて。たった一坪の土地を買って、そこから莫大な電力と通信量を使う。しかも人の出入りもないのに活動してるなんて……国が黙っているわけがないわ」


 知花は真剣な眼差しで言葉を続ける。


「一輝さん、あなたの存在そのものが国家レベルの資源なの。もし力が公になれば間違いなく研究対象にされる。あなたを守るためにも普通の会社を作って表向きは合法的に活動した方がいいわ」


 その言葉に一輝は黙り込んだ。

 確かに知花の言う通りだ。

 異世界では常識でも、この世界では異常に過ぎない。


「……わかった。じゃあ、普通に会社を作ろう。土地も堂々と買って、ちゃんと表向きの活動をしよう」

「そうしましょう。こっそりやるより安全だもの」


 知花が頷くと雫や奏、陽葵も安堵の息をつく。

 その中でただ一人、納得していない顔をしていたのはオモチだった。


「うにゃ~……我が輩の異空間計画が……!」

「その代わり、地下を好きにしていいぞ」

「ほほう? 地下……?」


 一輝の提案にオモチの目がキラーンと輝いた。


「決まりニャ! 地上三階、地下二階のビルを建てるニャ! 地上は事務所と配信スタジオ! 地下は……我が輩とご主人様の秘密ラボニャ!」

「ちょ、ちょっと待って、ラボって何する気!?」

「鍛冶! 錬金! 薬作り! 道具改造! 夢の詰まったワクワク空間ニャ!」


 オモチが勢いよくホワイトボードに構想図を描く。

 その筆致はまるで芸術家のように荒々しく、しかし、どこか夢に溢れていた。


「……ほんとにやるのね」

「やる。やるしかないだろう」


 一輝は笑いながら肩をすくめる。

 その笑顔に雫たちの不安も次第に溶けていった。

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