▼【第二十八話】 表情が消えた。
家に戻った僕らはたこ焼きを焼く準備に取り掛かる。
高い蛸だとばれたら、怒られる気がしたので茹蛸はもう切って用意してある。
聞かれたら正直に話すしかないので、茹蛸のことは聞かれないことを祈る。
準備と言っても生地を作って焼くだけなのだけれど。
それでも、僕が不器用だから、色々失敗してしまうけど、それを遥さんが笑ってくれる。
僕も自然と笑顔になる。
たこ焼き器の電源を入れ、丸いくぼみに油を塗る。
生地を流し込んで、天かすと紅ショウガを入れる。
「まずはたこ焼きらしく蛸からいきましょう!」
と、遥さんが提案してくれる。
僕は国産天然もの蛸を惜しみなく入れていく。
千枚通しが二本あったので、一本ずつ僕と遥さんで持って焼けるのを待つ。
生地の焼けるいい匂いが台所に立ち込める。
もうそろそろひっくり返す頃か、と遥さんと話しながら千枚通しで生地を突いていると、そこで遥さんのスマホが鳴る。
その瞬間、遥さんから表情が消えた。
今まで楽しそうだったのに、急に表情が消えた。
「ごめんなさい」
と、遥さんは僕に謝って、そのまま、居間のほうへ行きスマホで通話を始める。
僕は聞かないようにしてたけど、どうしても気になる。
遥さんのあの感情がなくなる表情を見てしまうと、どうしても気になって仕方がない。
遥さんは、日曜なのに、とか、今出先で、とか言ってる。相手の声は流石に聞こえない。
しばらくして、真っ青な顔をした遥さんが帰ってくる。
そして、
「ごめんなさい、急用ができました。この埋め合わせは必ずします。本当にごめんなさい」
遥さんは泣きそうな表情でそういった。
「急用なら仕方がないです。大丈夫です」
と、声をかけ、
「駅まで送ります」
と、少し間を置いて告げる。
こんな表情の遥さんをそのまま返すわけにはいかない。
たこ焼き器の電源を落とす。
「いや、でも……」
「送ります」
僕は強い口調でそう言うと、遥さんは頷いた。
送っている最中遥さんはずっと項垂れていて無言だった。
そのまま遥さんは挨拶もなしに駅へと消えていった。
なんの電話だったんだろう。
気になって仕方がない。
けど、僕に遥さんのプライベートにまで立ち入る権利はない。
僕は友人の一人にすぎない。
僕は家に帰りたこ焼きを焼く。
さっきまで幸せに包まれていると思っていたのに、今、僕の家はどんよりとしている。
たこ焼きを食べるが味がしない。
ソースをいくらかけても味がしない。
「さっきまであんなに楽しかったのに」
自然と口から声が漏れる。
僕は黙々と一人でたこ焼きを食べていく。
あの遥さんの表情はなんだったんだろう。
気になる、気になって仕方がない。
僕は、自分の部屋に行き放置しているゲームのチャットに、戻りました、と打ち込む。
一斉に、質問が飛んでくる。中には、茜って誰ですか? なんて質問もある。
個別チャットでマッダーさん、平坂さんから、遥まだいるの? と質問が来たので、急に電話が来て急用ができたと帰りました、と返す。
しばらく間があって、それで帰しちゃったの? と返事が返ってきた。
どういう意味なんだろうか。やはり無理にでも引き留めるべきだったんだろうか。あの表情は尋常じゃない気がする。
ただご家族に何かあったかもしれない、そう考えれば、あの反応も納得できる。
だから僕は、なにか尋常ではない感じでしたので、と返事をする。
平坂さんからは、まあ、そうだろうね、とだけ返ってきた。
それ以後、平坂さんからの個別チャットは来なくなった。後はギルドチャットで差しさわりのない範囲で事情を淡々と話していく。
平坂さんは何か知っているんだろうか?
僕は、あんな遥さんをもう見たくない。
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