▼【第二十四話】 僕の家。

「え? すご、都内なのに結構広いんですね」

 遥さんは僕の家を見て驚いてくれている。

 僕にとっては何の変哲もない古い家だけれども。

「そ、そうですか? 昔から住んでたらしいので」

 確か江戸時代から住んでいるって聞いた覚えがある。

 本当かどうかは知らないけど、もしそうならご先祖様にも感謝しないといけない。

「それを軽々しくあげるとか言ったらダメですよ」

 確かにそうかもしれない。

 けど、僕はあの時本気でそう考えていたんだ。

「けど、親戚とかも居ないので僕が死んだらこの家もどうなってしまうか」

 それを考えれば、やっぱり僕は間違っていない。

 ああ、でもあげると言っても税金が凄いかかるんだっけ? じゃあそれも用意しておかないと。

「まあ、そうなんだろうけども。それとこれとは…… あっ、素敵!! いいな! お庭も綺麗ですね」

 そう言って遥さんは手入れされたばかりの庭へと足を運ぶ。

 昨日まで雑草だらけになっていたとは思えないほど綺麗になっている。

 昨日一日がかりで手入れしてくれた職人さん達には感謝だ。支払いに色を付けておいて良かった。

「昨日、無理いって植木職人さんに来てもらいました。間に合いそうになかったので僕も一生懸命草刈りしてました」

「もう…… そういうところまで素直に言わなくても良いんですよ」

 そう言って遥さんはくすくすと笑ってくれる。

 その笑い声と笑顔を見て居られるだけで、僕はとても嬉しくなる。

「はい」

 一通り庭を見終えた後、

「中はいっても良いですか?」

 と、遥さんが僕を見て聞いてくる。

「もちろんです。掃除はしましたが、まだ汚くて、すいません、古い家なので」

 この家は古い。

 しかも長い間掃除すらしてなかったから、ところどころ痛んでいるところも多い。

 こんなことなら、掃除だけはちゃんとしておくべきだった。

 後悔することばかりだ。もっとちゃんとした人間にならないと。

「私ずっと一軒家憧れてたんですよ。お庭も広いし、いいな! いいな!」

 彼女はそう言って、玄関の近くに植えられている、昨日新しく植えてもらったばかりの花壇を眺めている。

 これからはこれらの世話もちゃんとしていかないと。僕は遥さんのためにまともな人間になると決めたんだ。

 もう何もない自分ではなくなるんだ。そう決めたんだ。

「どうぞ、何もない家ですが……」

「はい!」

「一通り見たら買い物に行きましょう。今日のためにたこ焼き器を買ったんです」

 口には出さないけど、タコもお取り寄せしている。

 なんならタコ焼き器よりも国産天然茹蛸の方が高かった。

 でも、遥さんが喜んでくれるなら、大した出費じゃない。

「タコパ、良いですね、私、たこ焼き好きですよ!」

「よかった、代案としてホットプレートでバーベキューも考えてました」

「あー、それもいいですね。また、次来た時はそれでお願いします!」

 また! また遥さんが僕の家に来てくれるのか?

 そういうことだよな。

 なんか最近良い事続きで少し怖い。

「はい! ならホットプレートじゃなくて七輪を用意しておきます」

「おおー、いいですね。でもホットプレートでもいいですよ」

「いえ、二人で食べるなら七輪のほうがきっと楽しいです」

 二人で七輪を囲みながら食事をできるだなんて、それだけで楽しいに違いない。

 それに七輪に乗せて食材を焼いていれば、何かと会話のネタも尽きることがないはずだ。

 うん、七輪は必要だ。必須だ。後で買わなければ。

「たしかにそれは、そうですね、じゃあ、楽しみにしてます!」

 遥さんも七輪で焼かれた食材のことを考えてか、嬉しそうな表情を見せてくれた。

 玄関の扉を開けて、僕の家に遥さんを招き入れる。

 玄関は念入りに掃除したから綺麗なはずだ。第一印象は大事。ネットでそう学んだ。

 けど、遥さんはすぐに玄関の隣にある和室に気が付き、そちらに注意がいってしまう。

 ああ、和室も長い間、閉め切っていたからあまり見ては欲しくないのだけれど。

「はい! あっ、そこは和室です。最近までずっと閉めっきりにしていたので、少しかび臭いかもしれません」

「たしかに少しかび臭いですね、せっかくの畳の匂い嗅ぎたかったのにな」

「な、なら、畳を……」

「そこまでしなくていいですよ、このままで良いです」

「はい」

 遥さんは少しうんざりしつつも、それを楽しんでいるような表情を見せてくれている。

 僕には女心なんてわからない。けど、笑ってくれる、喜んでくれるなら、何だっていい。

「で、ここがダイニングですか? うーん、あんまり生活感ないですね」

 ダイニングも長いこと、遥さんがいると考えて丁寧に掃除したので多分大丈夫のはずだ。

 ただ掃除しすぎて確かに生活感はないかもしれない。

「普段使いませんから。ここも少し前まで閉め切ってました」

 僕がそう言うと、遥さんはダイニングに興味を失ったのか、隣のキッチンの引き戸を開けた。

「なら、ご飯はこのキッチンで作るんですか? あー、いいな、キッチンも広い。ここはなんだか生活感がありますね」

「はい、普段はここで作ってここで食べるか自分の部屋に持っていくことが多いです」

 ここは普段から掃除している。

 多分それほど汚れてはいない。けど、僕も普段使っているから生活感はある。

「収納もたくさんあるんですね、良いですね、やっぱり憧れちゃうな」

 そう言って戸棚を開けたりしている。

 その様子を後ろから見ているだけで、僕はとてつもなく幸せになれる。

 遥さんが僕の家の台所に立っている。その光景を見ているだけで僕は満たされていく。

 もし、結婚したらこの光景をずっと見ることができると思うと、僕はどうしてもそれが欲しくなってしまう。

 人間はなんて欲深い生き物なんだと常々思う。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る