▼【第四話】 眠れぬ夜。

 早く帰ったその日、家に帰ってすぐにジャージに着替える。

 家にいるときはこれが一番楽だ。

 ただ今は冬なので、スウェットのトレーナーを重ね着する。僕は寒がりなのでスエットを二枚重ね着する。

 暖かい。

 服は寒くなければそれでいい。家にいるときは特にだ。

 とりあえずパソコンを起動してMMOにログインする。

 ギルドの仲間に、今日は体調崩しているから早く寝ると告げて、あと狩りに行けなくてごめん、と、謝ってすぐにログアウトする。

 その時ログインしていたギルドの仲間は暖かい言葉をかけてくれた。

 それだけで僕は満足だ。

 夕飯を作らないといけない。

 ただ体調が悪い時のメニューは決まっている。

 ネギネギ卵粥だ。お粥を作るときに長ネギと玉ねぎも一緒に煮込んで、めんつゆで少し味付けて最後に溶き卵を流し込んでひと煮立ち。

 それを食べて温かくして寝れば、明日はいつも通りにだ。

 僕の人生に変化何てもういらない。ただ静かに暮らせればいい。

 けど、今日は長ネギを切らしていてない。仕方がないので玉ねぎだけ多めに刻んで一緒に煮込んで作る。

 そうして、できたものを食べる。

 食べ終わると少し手が玉ねぎ臭い。これが効いている証拠だと勝手に僕は思っている。

 洗い物を済まして一息つく。

 今日は久しぶりに湯船に湯を張ろうかと思ったが浴槽を洗っていない。

 また今度にしよう。

 脱衣所で鏡を見る。やはり冴えない男が鏡には映っている。

 なんかやけに鼻の黒ずみが今日は妙に気になる。

 そして、思う。こんな人間、誰も好きになってくれるはずもないと。

 シャワーを浴びる。

 昔は熱いと思えるくらいの熱湯を出せたのに、最近は温い温度のお湯しか出ない。

 今日は特に熱いシャワーを浴びたかったのに。

 全身を洗う。百均で買ったスポンジと石鹸で洗う。

 ふと、鏡に映った自分が思い出される。

 普段は気にならない、鼻の黒ずみが酷く気になりだした。

 少し丁寧に、石鹸で何度か鼻を洗う。

 しばらくお湯を頭から浴びた後、浴室から出る。

 脱衣所の鏡に映った僕の顔は、やはり冴えない。あと鼻の黒ずみも全然落ちていない。

 人生そんなものだと、濡れた体をバスタオルで拭く。

 下着とシャツだけを変えて、脱ぎ散らかしていたジャージとスエットを再び着込む。

 コップ一杯の水を飲んで、自分の部屋に戻り、電気を消して僕はベッドにもぐりこむ。

 なんだか今日は疲れた。すぐに寝れると思っていた。

 でも、なんだか目が覚めて全然眠れない。

 遥という名の受付嬢のことが思い浮かべる。

 確かに美人だと思う。

 ただ自分のタイプなのか、そう聞かれると少し首を傾げる。

 少なくとも外見は今まで僕が好きになってきたタイプとは少し違う。

 そもそも僕が好きになる理由がない。

 微笑みかけられたから? というのは流石にない。

 では、幻聴を聞いたから? そんなバカな。いい年して何を夢見ているんだ。

 早く寝よう、明日こそは残業しないといけないのだから。

 けど寝れない。目をつぶっても何をしても、思い出されるのは遥さんのことばかりだ。

 まるで呪いのように、僕の脳裏からけして離れてくれない。

 そのことを、彼女のことを考えているとやはり胸が苦しくなる。苦しくなるのに僕の頭中を占めていく。

 いたたまれなくなる。

 こういう時は自慰行為でもして寝てしまおう、そう思った。

 だけど、彼女がやっぱり脳裏に浮かぶ。

 なんだか分からないが、彼女を汚してしまう気がしてそれすら出来なかった。

 僕はどうしてしまったんだろう。

 一応は僕も人間だ。

 人を好きになったことだってある。だけど、こんなことは初めてだ。

 自分でも訳が分からない。それに好きになる理由がなにも見当たらない。

 微笑みかけられたからか? でも、彼女は大体毎日朝早くから受付にいて社員には微笑みかけてくれる。それは僕だって例外じゃなかった。

 なのに今日は、その笑顔が特別に思えた。

 たぶん、微笑みかけられる前から、鐘の音を聞いてから、それで意識してしまった? やはりあれがきっかけなのか?

 つまり幻聴を聞いたせいだ。

 それで、好きになったと勘違いしただけだ。ただ、それだけのことだ。


 僕は眠れぬ夜を過ごす。


 次の日、僕は鏡を見るまでもなく酷い顔で目を覚ます。

 目の隈まで酷い。本当に酷い顔だ。




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