第13話:灰色少女
夜の0時を過ぎていた。繁華街……眠らない街の交差点で一人の少女が佇んでいた。薄暗い街明かりでも目立つような濃いめの化粧。男を挑発するようなミニスカートに身に包んだ少女は、つまらなそうに交差点で佇んでいた。
こうやって、時々……夜の街中に飛び出して男に声を掛けてもらうのを待っている。声を掛けて来た男が気にいれば、一緒に遊びにいって、SEXして、そして朝には、家に帰って昼まで寝て過ごす。気が向いたら学校に出て……そんな事を繰り返して日々の日常を浪費していた。
「そう、浪費だ」
と、井原要は、そう呟いた。毎日が退屈だった。毎日が寂しかった。毎日が苦痛だった。家に帰っても誰も居ない。両親は、仕事で出かけたまま帰ってこない。たまに帰ってきたかと思えば、ここぞと私の自堕落な生活に説教を繰り返す。要は、もう何もかもが嫌になっていた。寂しいのは、嫌。だから、家に居たくなかった。家の中で一人で居ると気が狂いそうになる。そして、家を飛び出して夜の街中を徘徊する。夜の街には、要の心の乾きを癒すものが揃っていた。ドラック、SEX、暴力、寂しさを紛らわす為だけの友達。要の目には、どれもが魅力的に映った。
「ねえ、キミ! イクラ?」
交差点に佇んでいた井原要に一人の男が声を掛けてきた。男は、井原要を売りをやっている女だと思ったのだろう。いきなり、SEXの値段を訊いてきた。男の顔立ちは、良く見ると日本人では無かった。アメリカ人のようで、黒い髪に白い肌、そして蒼い目は、まるで獲物の狙う鷹のようでもあった。近くにある米軍基地に勤務している在日アメリカ人かもしれなかった。要は、そんな男に右手の指を五本垂直に突き出した。
「ナニ? 5マンエン? 高いね……アー……イイよ。ソレデ、オーケー」
男は、相場より高めの値段に戸惑いを見せたが要の顔を値踏みしながら渋々承諾した。要は、あまり売りをする事はないが遊ぶ金が少なくなった時に小遣い稼ぎにつもりでそう言う事をする事もあった。今日は、たまたまふっかけた値段に即承諾した男をめったに居ないかもだと要は、そう思った。SEXなんて、所詮粘膜の摩擦である。お互い気持ちよくなって、それでお金を貰えるならこれほど楽な商売は無い。最初の頃は、少し罪悪感があったかもしれない。それでも、繰り返すうちにそんなモノは、何処かへ消えてしまった。馴れと言うものだろうか。要は、ただ漠然とそう考えていた。
「じゃあ、行こう」
要は、男の腕を取って一緒に歩きだした。
「ボク、イイトコロ、しってるヨ」
たどたどしい日本語で言う男は、そう言って要にニッコリと微笑みかけた。
要が男に連れて来られたのは、街外れにあるラブホテルだった。小さな部屋であったが……無理して可愛く装飾した壁やベットは、痛々しいかぎりだと、要は、溜息をつく。ベットの上で上着を脱ぎ、ブラウスの最初のボタンを外した所で要は、不意打ち気味に男に後ろから両肩を掴まれた。
「オジョウサン、けっこう……カタ、こってるネ」
男は、そう言って要の肩を揉み始めた。突然の事で少し驚いた要であったが、これがこの男流の緊張の解し方なんだと直ぐにそれを理解していた。少しづつ、ブラウスのボタンを外していき、顕になった要の首筋を男は、今度は、舌で舐めまわした。
「ひやっ!」
再び不意打ちを突かれて、要は、驚きの声を上げた。
「ああ、いいね。とても良い声で鳴く」
その言った男の声に要は、少し違和感を感じた。小さな違和感。今までのたどたどしい日本語の口調ではなく……長く日本に住んでいる様な流暢な発音だった。だからこそ、それが要を不安にさせた。もしかして、この男は、演技をしていただろうかと要の頭に疑問が浮かび上がる。でも、どうして……油断させる為?そして、そう思った次の瞬間に要は、首筋に鈍い痛みを感じていた。
「えっ? どうして……」
そう声を発するも要は、自分自身に起きている事が信じられずに居た。
痛い……。
そう叫びそうになる。男は、要の首筋に犬歯を突きたて頚動脈を破り、そこから流れ出る血を啜っていたのだ。怖い。早く逃げなくちゃ。その言葉が要の頭の中に駆け巡るも、男の押さえつける力が強くて身動きすら取れなかった。しだいに要の意識が薄れていき、目の前が真っ黒に暗転する。このまま、全ての血液をこの男の吸われてしまうのではないだろうかと……要は、不安になった。そして、グッタリと力を無くして、要の身体は、ベッドの上にゴロリと転がる。男は、要の首から口を離すと、ニヤリと恍惚の表情を浮かべて居た。
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