第8話 アマリア

 カーテンの隙間から入り込む朝の光に私は目を覚ます。一瞬慣れない部屋に居ることに違和感を覚えるが、すぐに思い出す。


 ――そうだ、昨夜は寄宿舎のわたしの部屋で初めて泊まったんだ。


 ふと、隣で一緒に寝ていたはずのハンナが居ないことに気が付き、体を起こしてあたりを見回す。いやいやながらも昨日は無理やり私と同じベッドに寝かせたのに……。


 耳をすますとシャワー室の方で音が聞こえた。朝からシャワーでも浴びているのだろうか。まだ寝起きではっきりしない頭で私はゴロンとベッドの上に転がって天井を眺めていた。



 この寄宿舎は各学年毎に別れている。四学年あるこの学院では、男女に分かれて八棟の寄宿舎があることになる。

 棟は四階建て。一階には共同のお風呂や食堂、ラウンジなどがあり、二階三階が一般の生徒達の部屋、そして四階は今私が居るような特別室だ。


 シャワー室のあるのも四階の特別室のみで、理由としては従者が生徒達と同じ湯船を使うことが出来ないため。となっている。

 お風呂に行くのが面倒なときは、私もシャワーを使うこともあるだろうなって思うと、文句を言いつつもこの待遇に満足してしまうのよね。


 確か今年は侯爵以上の家の子息は殿下だけだ。つまり普通に考えるとこの階には私しか居ないことになるのだが、実はアマリアもここの階に住む権利を持っている。

 アマリアの家は辺境伯。辺境伯は伯爵家ではあるものの家の格としては侯爵と同じに扱われるという事だった。


 昨日の時点では、まだアマリアは入居していないようだったのだが……。彼女も早く会いたい女性の一人だ。


 カチャリとシャワー室の扉の開く音にそちらの方を向くと、ハンナが寝間着のまま洗濯物を手に出てくる。


「おはようございます。起きていたのですね」

「あら? シャワーを浴びていたのじゃなくて?」

「はい。丁度良さげだったのでここで洗濯をしてしまいました」

「まあ、その格好だものね」


 ハンナは木綿のシャツにカボチャパンツの様な寝間着を着ていた。確かにその格好なら水仕事も良いのかもしれないが、部屋の外に出るには厳しいだろう。

 そのままベランダで洗濯ものを干すハンナを見つめながら私は再びベッドに転がる。


 明日には入学式だ。気分としては戦士の最後の休息というやつよ。今日はこのまま明日までベッドの上で過ごすの。


 やがて洗濯を干し終えたハンナが、まだベッドの上に居る私を見て声をかけてくる。


「ウィナ。いつまでそうやってるのですか?」

「……明日までよ」

「まったく……。ご飯はどうするんです?」

「……作って」

「もう……。こんな姿、他のお嬢様方には見せられませんよ」

「見せないもん」


 この階にはメイド達が自分の食事を作るために調理場がある。昨日もそこでハンナは食事を作って食べている。

 動こうともしない私を見て、ハンナは諦めたようにため息をつく。


「それじゃあ、食材が無いから買ってきますよ?」

「うん」

「食べたい物はありますか?」

「……お肉」

「分かりました。ちょっと待っててくださいね」

「……ありがとう」


 メイドは基本的に主人が居ないときは好きに学院の出入りも出来る。やがて服を着かえたハンナが出ていく。


 ――甘えてばかりね。


 この世界に来て十年弱。知らないうちに私もこの貴族の立場に馴染んでしまっている。母親に甘えるノリで、いつもハンナには甘えてばかりだ。


 ……。


 ……。


「お腹空いたなぁ……」


 それにしてもハンナはどこまで買い物に行っているのだろう。そう考えると少し心配になってくる。私の我がままで、見知らぬ街に一人で買い物に行かせるなんて……。

 だんだんと、その不安が大きくなり、酷い後悔が首をもたげる。


 ――探しに行こう。


 そう思い、ベッドから起き上がって取り合えず目の前にある服を適当に選んで着替えていると、ドアの外で何やら物音が聞こえた。

 私はとっさにドアに駆け寄り、勢いよくドアを開く。


「ハンナ! ……って誰?」


 突然ドアが開き大きい声を出しながら人が飛び出してきたのだ。目の前で驚いたようにこちらを見る……美少年がいた。


「ちょっとウィナ様、失礼ですよっ」


 美少年の後ろから慌てたようにハンナが顔を出して私をたしなめる。私はハッとして目の前の少年を見やる。少年は私より頭一つ背が高く、背中には背負子のようなものを背負っていた。背負子には詰めるだけの荷物を詰め、まるで引っ越しでもしてるような……。


 そうか、食材を買いすぎたハンナを手伝って……。


「ご、ごめんなさい……。ハンナの荷持を運んでいただいたのね?」

「え? いやいや。違うよ。むしろ私が彼女に荷物を持ってもらったんだ」

「……え?」


 目の前の美少年の口からは、少し高めの女性のような声で答えた……。


 ――え? 女性?


 一瞬男性かと思ったのだが、よく考えればここは女子寮だ。男子が入れるはずもない。

 そして目の前の女性をよくよくみれば顔が綺麗すぎる。胸のあたりも男性とは違うふっくらとした……。あれ……? もしかして……。


 私の頭の中で古い記憶が蘇る。


「もしかして……。アマリア?」

「はっはっは。やっと分かってくれた? そう。貴女がウィノリタだね?」


 ……やだ。なにこのイケメン。


 小説の中にも確かに女性に人気の令嬢という描写があったような記憶はあるが、こんなイケメンだという描写は無かったはずだ。思わず見とれていると、アマリアは笑いながら言う。


「流石に荷物が重くてね、とっとと部屋に置いちゃいたいんだ」

「え? あ、そうね。確か貴方の部屋は私の隣よ?」

「うん、ありがとう」


 そう言うと私が教えた方に歩いていく。その後ろ姿を見ていると、ハンナも両手に荷物を持ってアマリアの後をついていく。


「ハンナ。持つわよ」


 そう言いながらハンナが持っていたアマリアのものと思われる鞄を受け取る。ドアを開けながらその様子を見ていたアマリアは少し驚いたように眉をあげた。


「へえ。思っていたイメージとかなり違うのね」

「ん? 何のことかしら?」


 私は意味がわからず応えると、後ろでぼそっとハンナがつぶやいた。


「その奇抜な格好の事じゃないですか?」

「奇抜な……。げっ」


 私は着替え途中で慌てて飛び出してしまったため。洋服と寝間着が入り乱れたとんでもない格好をしていた。


「き、着替えてくるわ!」

「はっはっは。そうだね。荷物はそこに置いておいていいから、行ってきなよ」

「あ、あう……」


 私は真っ赤になりながら、自室へ飛び込んだ。



 ……。


 ……。


 その後私達は、アマリアの部屋でハンナの作ってくれた食事を一緒に食べていた。


「へえ、じゃあアマリアはメイドを連れてこなかったのね」

「そう。せっかく親元から離れて寄宿舎暮らしが出来るからね。どうせなら自分のことは自分でやりたかったんだ」

「……変わってるわね」

「良く言われるよ。でも、私は辺境伯の娘だからね。どうしても少し貴族の令嬢っぽさは足りないかなあ」


 辺境伯とは、王国の辺境に領地を持つ貴族だ。その為他国との境に領地があり、小競り合いなどがあれば対応する必要もあり、王国のどの貴族より武を必要とする。アマリアもそんな環境で荒々しい兵士たちに混じって剣などの修練をしていたようだ。


「手紙じゃ、とてもこんな感じには思えなかったわ」

「それはお互い様だよ。ウィナももっとお嬢様お嬢様しているのかと思ってたよ」

「ふふふ。でもこんなアマリアも私は好きよ」

「ははは。光栄だよ。私もウィナとは仲良くやっていけそうだよ」

「よろしくね」

「うん」


 色々と不安はあったが、アマリアの存在はすごく助かる。

 私は少しだけ、これからの学院生活に希望を持てる気がした。


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