第6話 理髪店

 この時、私はどんな表情だったのだろう。ハンナに笑顔を向けたつもりではあったが、ハンナは心配するように声をかけてくる。


「……なぜ、名乗らなかったの? だって殿下は貴女の――」

「なぜ? その必要はないからよ」

「ウ、ウィナ……?」


 反射的に私は、酷く冷たい声で答えていた。私の顔を見たウィナは思わず声をつまらせる。私はすぐそれに気づき、目を閉じ必死に平静を取り戻そうとする。


 ――大丈夫……。大丈夫……。


 大きく息を吸うと目を開ける。


「ハンナ。いまのを見ていたでしょ?」

「え、ええ……」

「殿下は私の肖像画を全く見ていない」

「そんなっ。でも、ウィナは殿下の許嫁ですよ?」

「許嫁なんて関係ないの。殿下には……」


 そう……。殿下の心には、けして忘れることのない初恋の女性しか存在しない。

 私の存在など、殿下にとっては苛立ちの一つでしか無いのだ。


「私も殿下を受け入れるつもりは無いわ」

「でも、そんな事っ」

「分かってるわ。だけど、不可能ではないはず……」

「ウィナ……」


 ハンナは目に涙をためて私を見る。そんな切なそうな表情をみてしまうと、ハンナにまでつらい思いはさせたくないと感じてしまう。

 私は思いっきり笑顔でハンナに告げる。


「切るわ。ばっさりと」

「え?」

「髪を。ね」

「ちょっ。ウィナ。そんな事やめなさいっ」

「気にしないで。髪はまた伸びるから」


 そう言うと、私は髪結いの店を探して歩き出す。私の思いを体現するために。


 ……。


 ……。



 店は大通りの目立つ所にあった。小説の中でも主人公が髪を切るシーンがある。小説の作者は日本人だ。日本にあるオシャレな美容院のイメージがそのまま反映されている様な店だった。


 店の中に入るとすぐに女性の店員が出てきた。


「お客様、ご予約はございますか?」

「え? 予約が必要なの?」

「はい。申し訳ありません。現在希望するお客様が増えておりまして、予約で対応させていただくようになっておりまして……」


 困ったように告げる店員だったが、日本でも美容院は予約が当たり前だったのを思い出し、それは当然だと受け入れる。侯爵令嬢だからとゴリ押しなんて、悪役令嬢のすることだ。


「そうよね。いきなり来ても無理よね……。それでいつなら予約が取れるのかしら」

「はい、少々お待ち下さい……」


 店員は台帳を開き、予約の確認をする。

 横目で見ても、ノートにはびっちりと予約の文字が埋められておりかなり先になるのが分かった。これでは入学式に間に合わない。そう思った時、一人の男性がこちらに近づいてくる。


「どうしました?」

「あ、店長。お客様の予約を」

「なるほど。お二人で?」

「いえ、こちらのお客様だけです」


 そう言いながら店員が私の方へそっと手を向け、男性が私に視線を向ける。


「ふむ……。お客様。今お時間はございます?」

「え? ま、まあ……ありますが」

「私で良ければ今からお髪をいじらせていただきますが……」

「え? でも私、予約をしておりませんわ」

「大丈夫です。今はスタッフの指導をメインにやっておりまして、私の予約は入っていないのです」

「良いのですか?」

「もちろんです。お客様の艷やかな黒髪を見て、髪結い師なら誰でも担当させて頂きたいと感じるものです」

「そ、そうですか? それでは……お願いしてよろしいですか?」

「もちろんです。こちらへどうぞ」


 私はハンナに待ってるように言い、そのまま男性の後をついて店の中に入っていく。店内は数席の椅子が並べられており、これも日本で見る美容院と同じ様なスタイルだ。

 空いている席は無いなと思っていると、奥にある個室に案内された。


「ここは個室なのね」

「はい、貴族のご令嬢などもいらっしゃるので、こういった部屋も必要になりまして」


 男性は話しながらもテキパキと手は動く。貴族の話を口にしながらも、私の身分などは尋ねない。おそらく感づいているだろうが、気づかぬふりをするのがプロなのだろう。


「それで、今日はどういった御髪にいたしましょうか」

「はい。バッサリ切ってもらおうと思って」

「バッサリ……ですか?」


 どこの世界でも美容師というものは、バッサリと言われても少し遠慮気味に切ろうとする。男性は髪をつまんでこのくらいか? と聞いてくる。そのたびに「もっと短く」と私は催促していく。


 時代時代で流行はあるが、今の貴族は長いストレートが気品のある髪型として考えられている。おそらく私も貴族の令嬢だと感づいている男性は短く切ることに躊躇をしてしまうのだろう。


「こんなに……よろしいので?」

「ほら。私って少し冷たそうな雰囲気があるでしょ?」

「……そうですね。冷たいと言うよりキリッとした感じに私は思いますが、おっしゃりたいことはわかります」

「ですので、もう少しふわっとした印象にしたいの」

「なるほど……でしたら私にイメージを提示させて頂いてよろしいでしょうか?」

「そうね、プロの方のアドバイスは聞きたいわ」


 そう言うと、男性は私の支持した場所より少し長めの位置に手を持ってくる。


「毛先をふわっと内側に巻くようにしてみたいと思います。こうすることで印象をより柔らかくすることができます。しかし、そうすると更に髪の長さが短めに感じてしまうので、このくらいにさせて頂いて……」

「ふわっと、ですか?」

「はい。そして、前髪は少し重めに、眉の下あたりに作らせて頂いて……」


 男性がイメージを私に伝える。聞いている私も新しい自分をイメージして少しワクワクしてくる。


「良さそうですね。ではそれでお願いできますか?」

「はい、お任せください」


 ようやく髪型の方向が決まり、男性は私の髪にハサミを当てる。


 ……。


 ……。


「やだ、可愛い……」


 髪を切り終わり、受付に戻ると待っていたハンナが口をあんぐりとあける。私は自慢げにウインクで応じる。

 髪は顎のラインくらいに短く揃えられたショートボブ。前髪は、私のキリリとした眉を隠すように重めに眉下までもってきていた。その出来上がりに私も満足しまくりだ。


「ありがとう、とても気に入ったわ」

「いえいえ。お客様の素地が素晴らしいので、私は少し手を加えただけですよ」

「ふふふ、お世辞でも嬉しいわ。また、髪を切りたくなったら貴方にお願いできますか?」

「光栄です、いつでもおっしゃってください。もしかしたら予約をしていただいた方がよいかもしれませんが」

「そうね、今日は突然で申し訳なかったですわ。次からはちゃんと予約しますので」

「はい、それでしたらお名前を伺っても?」

「ウィノリタと申します」

「了解……です。ウィノリタ……様?」


 私の名前を紙にメモしていた手が止まる。だがそれも一瞬で、すぐに何事もなかったような顔で店長は私に微笑みかける。

 やはりプロだ。


 私は再度礼を言うと、お金を支払い店を出る。店の外をウロウロしていた護衛騎士たちが、私の方を見て目を丸くするのがわかる。


 ふふふ。イメージチェンジはこれだから楽しい。


 今日は、すこし嫌な気分も味わったが。もうすっかりと気分は上々になっていた。



※女性向けは初めて書くので、変なところあったら教えてちょんまげ。

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