第34話 奇跡
いつものように、純は、だるい意識の中、昼頃に目が覚める。
「・・・」
昼夜逆転した自堕落な生活。純は自分が生きているのか死んでいるのかもう分からなかった。生きているという実感がまったくなかった。生きたいという気力もまったくなかった。起きても何もやる気が起きない。生きたまま死んでいるようだった。世界が灰色で、未来も灰色だった。どうせ死んでいるなら、もういっそのことこのまま本当に死んでしまいたかった。純は心底そう思った。
心が荒むのと同時に、生活も荒みに荒みんでいた。部屋は信じられないくらい汚れ、散らかり、ゴミと物で埋め尽くされていた。身だしなみも酷かった。髪も伸び放題、ひげも伸び放題、風呂にもほとんど入らず、いつも同じ服を着ていた。生活習慣も無茶苦茶で寝る時間も起きる時間も、適当で毎日バラバラだった。
部活をやっている時はあれほど、毎日疲れて、あっという間に寝てしまい、朝なんてあっという間だった。それが今はなかなか寝つけず、どんなに長時間寝てもほとんど寝た気がしなかった。朝起きても何とも言えない重だるい感じに苛まれ、しっかり寝たという感覚は全然なかった。
一日が始まっても、始まった瞬間、何もする気力がなかった。そこには、ただ無駄に長い無気力な一日があるだけだった。
「ちっ」
いつものように、純が起きてすぐにタバコを吸おうとタバコの箱に手を伸ばすと、タバコが切れていた。空いたたばこの箱を、純は苛立たし気に右手で握りつぶす。
「はあ」
純は大きなため息を一つつくと、仕方なく、だるい体を持ち上げるように立ち上がった。そして、かんたんに着替えるとタバコを買いに外に出た。最近外に出るのはタバコを買いに出る時ぐらいだった。
玄関を出てすぐだった。純は視線を感じその方を見る。その瞬間、近所のおばさんが純を不審げな目で見つめているその目と純の目が合った。おばさんは純と目が合うと、その瞬間さっと目を反らし、逃げるように慌てて家の中に消えた。
「・・・」
純は、自分がそういう目で見られていることにショックを受ける。だが、ずっと家にいる純を不審に思うのも無理はなかった。近所でももう噂になっているのだろう。田舎の近所づき合いのネットワークの中で、様々な家庭の事情は筒抜けに漏れ出ている。ましてずっと家にいる純のことなど、すぐに噂になっているに違いない。
「はあ・・」
純は小さくため息をつくと、タバコを買いに歩き出した。
一番近いのは、やっぱりコンビニだった。だが、そこには佳奈美がいるかもしれない。なんとなく、会いたくない感じがして、純はコンビニとは反対の道を歩いた。ちょっとコンビニよりは遠いが、その先にはタバコの自動販売機がある。
散歩がてら三十分ほど歩いて、純はタバコの自動販売機に辿り着く。だが、そこには純が吸っているマルボロは売っていなかった。だが、仕方なかった。
「・・・」
純は迷った挙句、安い国産のマイルドセブンを買った。
家に帰りタバコに火をつける。そして、虚しい煙をため息とともに吐き出した。虚しさしかなかった。ありとあらゆるすべてが虚しく寂しかった。
佳奈美の顔が浮かんだ。申し訳ない気持ちが胸を覆う。しかし、また、会いに行く気力は今の純にはなかった。今はもう、なんとなく誰にも会いたくなかった。そして、誰とも話をしたくなかった。
日明が変わると、不思議なもので周囲の反応も変わり出した。今までと違い、妙に腰の低い日明に、先輩たちも、気味悪さもあったのか、あまりちょっかいを出さなくなってきた。
雰囲気が変わったのが周囲にも伝わるのか、今まで近寄りがたい感じで遠巻きに見ていた同級生たちも日明に少しずつ声をかけるようになっていた。このことに、日明自身も驚く。
少しずつだが、大きく何かが変わり始めていた。
「おいっ」
「はい」
日明が、いつものように部活終わりに社会人サッカーチームの練習に参加し、これから練習という時だった。
「マジで今度の試合出てくれないか」
以前にも、冗談めかして試合に出てくれと言っていた落合が突然日明に近寄り言った。
「えっ」
突然の話に日明は驚く。
「マジで人足りないんだよ」
落合は日明に拝むように頼む。
「でも・・」
当然、部活があった。それを休むわけにはいかなかった。
「僕からも頼むよ」
隣りから、小川さんも言った。
「本当に人が足りないんだ。それに、君のプレーを実践で見てみたいしね」
「・・・」
「何とかなんないかな。もしよかったら、僕が監督に話をしてもいい」
小川さんが言った。
「・・・」
もちろん、日明も試合には出たかった。しかし・・。
「どうしたのよ」
いつもの部活の練習前、美希がどこか様子のおかしな日明を見て訊いた。
「うん・・」
日明は、試合に出てくれと頼まれたことを美希に説明した。
「来週の日曜日?」
「ああ」
「・・・」
美希はしばらく何かを考えているように、顎に拳を当て首を傾げていた。
「絶対に無理だろ?俺の立場で部を休めるわけないし」
以前は、好きなだけさぼっていたが、今さぼったらもう日明のの高校サッカー人生は終わる。しかし、試合には出たかった。出れないと分かると、よけいにどうしても出たいという思いが逆に募る。
「はあ~、でも、試合には出たいんだ。球拾いはもういい」
日明は珍しくため息をつく。日明は試合に堪らなく飢えていた。
「その日、部活休みじゃない?」
その時、黙っていた美希が口を開いた。
「えっ」
日明は驚いて美希を見る。部活は基本年中無休だ。夏休みに三日間だけ休みがあるだけで基本休みはない。
「確か、来週の日曜日はこの学校の創立記念日じゃなかったかしら」
「あっ」
確かにそうだった。学校の創立記念日はすべての学校活動が休みになる。あらゆる部活動もそうだった。
「そうだ」
日明は、はたと気づいた。
「今年は日曜と被ったってみんな残念がってたでしょ」
「そうだ。そうだよ」
日明は小躍りしたいほど喜びがこみ上げた。思わず美希の両手を握るとそのままくるくる回り出した。
「そうだそうだ。休みだ」
奇跡だった。日明は子どもみたいに喜んだ。
「ちょ、ちょっと」
戸惑う美希など関係なしに日明は美希の手を取ってくるくる回る。
「やった。やった。試合に出れるぞ」
日明は、猛烈に試合に飢えていた。とにかく手応えのある試合に出たかった。
「ほんとにもう・・」
そんな目の前で、子どものように喜ぶ日明に振り回されながら美希は、戸惑いながらも思わず笑ってしまった。
「本当に変わったわ」
そんな日明の姿に美希は一人呟いた。
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