第18話 サッカー
日曜日、純は一人近くの公園で、もう一度サッカーボールを蹴ってみた。
「・・・」
しかし、そこには何もなかった。何も感じなかった。以前感じていた熱い何か。あの熱くたぎるような、ありとあらゆるすべてに対して、何を差し置いて優先しても、何も惜しくないと思わせるエネルギーの塊。それが切れていた。大事なその糸が完全に切れていた。
いくらボールを蹴ってみても、切れた糸はもうもとには戻らなかった。プロを目指して、夢を追いかけてがんばっていたその張り詰めた糸はもう元には戻らなかった。
「・・・」
純はその場に呆然と佇んだ。
とにかくボールが蹴りたかった。思いっきり、サッカーがしたかった。
日曜の部活の練習からの帰り道、今日は意外と早くに終わり、なんとなくいつもと違う道を歩いていた日明は、小学校の校庭で小学生たちがサッカーをしている姿が目についた。日明はふいに足を止め、食い入るようにそれを見つめた。それは、自分の所属していた少年サッカーチームだった。
「俺あんなちっちゃかったんだな」
あらためて見る小学生たちは、思っていた以上に小さく見えた。
そんな子どもたちの中に、ボールを奪われても奪われても何度も挑んでいく子どもがいた。その子を見て日明は小さく笑った。日明も子どもの頃、小さいくせに負けん気だけは強く、コーチや上級生にまったく歯が立たないのにも関わらず、何度も挑んでは、コテンパンにされていた。
「バカだな」
過去の自分になのか、目の前のその小学生になのか、日明は呟いた。
「おう、日明じゃねえか。久しぶりだな」
「あっ、西谷さん」
日明が声の方を見ると、少年サッカー時代お世話になった監督の西谷が、その人のいい笑顔で立っていた。
「でかくなったな」
「まあ、体だけは」
日明は頭を掻いた。
「まだやってたんですね」
「ああ、お前もやってんだろ、まだサッカー」
「はい・・」
「どうだ、一緒にやってかないか」
「えっ」
「子どもたちも喜ぶし」
「は、はい」
たとえ小学生相手でも、久しぶりにやるサッカーらしいサッカーはただ純粋に楽しかった。
「こんなの何年振りだろう」
日明も昔は、ただただ楽しくて夢中になってサッカーをしていた、いや、その時はサッカーをしているなんて意識もなく、遊びの延長でしかなかった。ただ楽しくて、夢中で、ボールを蹴って蹴って、ボールを蹴っていない時間がもどかしくて、蹴りたくて蹴りたくて、暇さえあればなんでもかんでも足元にあるものを手あたり次第蹴っていた子ども時代。授業中でさえ、足元に丸めたノートの切れ端を落とし、それを足でいじっていた。その時の、感覚が体の底から思い出された。暗くなっても、暗闇の中でボールを追いかけた。みんなが帰ってからも一人ボールを蹴った。楽しくて楽しくてしょうがなかった。うまくなりたくてなりたくて仕方なかった。練習が休みの日も隆史を誘って学校の校庭に行ったあの日々――。
「すげぇ~、すげぇ~」
子どもたちが、日明のなんてことないちょっとしたフェイントやボールさばきに歓声を上げる。日明はその度に、みんなに新しく覚えたフェイントやドリブルを披露して歓声を浴びて得意になった時のことを思い出す。
「さすがだな」
西谷が日明に言った。
「はははっ、子ども相手ですから」
「それにしてもすごいわ」
「子ども相手なら僕もマラドーナですよ。はははっ」
日明は謙遜する。
「サッカー教えてぇ~」
「どうやったら、サッカーうまくなるのぉ?」
「あれどうやるのぉ~」
子どもたちが、次々、日明の周りにまとわりついて来る。
その日は部活の疲れも忘れて、日明は暗くなるまで少年たちとサッカーを楽しんだ。
「いつでもまた来いよ」
「はい、ありがとうございます」
その日の練習終わり西谷が言った。それに日明が答える。
田舎の狭い町の事、まして、人が死に新聞にもでかでかと載った。自分のしでかした事、隆史のこと、すべてを西谷は知っているはずだった。日明と同じく面倒を見ていた隆史のことも西谷はよく知っている。それでも誘ってくれたのだ。日明は心の中で西谷に感謝した。
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