第7話 屈辱

 休み時間、純が廊下を歩いていると、以前サッカー部で一緒だった同じ一年のメンバーが連れだって歩いて来るのが見えた。

「・・・」

 その姿に、純はちょっと前まで仲間だった彼らにとてつもない距離と壁を感じた。それは、純が入って行けない、まったく別の世界を生きているような距離感だった。

 その時、純は自分はもうサッカー部の一員ではないということを実感した。そして、もう自分は彼らの仲間ではないと知った。

「・・・」

 堪らない寂しさと疎外感が純を襲った。


 事故後、教室でも日明は浮いていた。同級生たちはみな、日明とどう接していいのか、どう扱っていいのか分からず、腫れものを触るように遠巻きにその挙動を伺うようにして見ていた。日明もそれを感じ、お互い何とも言えない微妙な空気が教室を覆っていた。

 日明はもともと、授業はさぼり気味で、教室にはほとんどいなかったし、いても、お気に入りの女子以外、他のクラスメイトとはほとんど口を利かなかった。日明は、クラス内でも傲慢で自由奔放に本能の赴くまま好きかってに生きていた。当然そんなことをしていれば、同級生たちに嫌われる。だが、日明は教室にほとんどいなかったし、そこは特にもめごともなく、今まではなんとかなっていた。

 しかし、そこに事故を起こし、突然、日明は教室に戻って来た。しかも、ずっと真面目に教室にいる。当然、教室に日明の居場所はなく、受け入れるべく動く人間関係もなかった。 教室には重苦しい空気が流れ、みな、その発生源である日明を迷惑そうに疎んじた。

 日明が、トイレに行こうと休み時間、廊下を歩いていると、突然、前方から歩いてきた奴が、ものすごい勢いで日明の肩にぶつかって来た。日明はよろめいた。わざとぶつけられたことはすぐに分かった。日明が振り返り、そのぶつけてきた相手の顔を睨みつける。そいつはにやにやと日明を見て笑っていた。日明の知らない不良系の先輩だった。その背後にはその仲間らしい連中も数人引き連れている。

 私立高校としては三流、四流の高校である東岡第三高校は、表面的には普通高校ということにはなってはいたが、とにかく生徒を集めなければ経営が成り立たず、経営重視でとにかく質よりも数で県内から様々な生徒を集めていた。内申点が悪く公立高校にいけない者、中学時代様々な問題を起こした者、心や人格に問題を抱えている者、したがって、ガラの悪い生徒も多かった。

「・・・」

 サッカー部の先輩連中が、知り合いの不良連中に声をかけたのだろう。日明はすぐにそのことが分かった。だが、日明は、すぐに一度大きく息を吐くと、やり返すこともせず、そいつらを無視してその場を離れた。

 だが、次の日、日明が再び廊下を歩いていると、また肩にわざとぶつかって来る奴がいる。見ると、また、あの連中だった。そして、今度は、日明がよろけたところを、別の奴が後ろから日明のお尻に蹴りを入れてきた。日明は無様に他の生徒たちの前で前のめりにつんのめった。日明は廊下に屈辱的な四つん這いの姿勢でなんとか手を突き、顔から落ちるのだけは耐えた。しかし、その姿は無様だった。

「見ろよこいつ」

「はははっ」

 そんな日明の上から、そいつらの高らかな笑いが湧き起こる。不良連中は楽しんでいた。最高に屈辱的な仕打ちだった。周囲にいる他の生徒たちが、そんな日明を憐れみの籠った目で見つめる。そのことがさらに屈辱だった。

 日明は、ギリギリと歯を鳴らしながら、顔を上げる。日明の気性を知る誰もが、日明がそのまま飛び掛かって行くと思った。日明はそういう性格だった。実際に、過去に廊下で日明に対して舐めた態度をとった先輩に殴りかかったことがあった。

 しかし、日明はそのまま、静かに立ち上がると、何もせず本来の目的であるトイレへと歩いて行ってしまった。

「・・・」

 その背中をみんな拍子抜けしたように見送った。

 だが、それから毎日、不良たちは、執拗に日明に対して嫌がらせをしてきた。廊下を歩いていれば、わざと肩をぶつけてくる。後ろから蹴りが飛んで来ることもある。足を引っかけられ転ばされることも度々だった。嘲りの言葉をかけ、そして、そんな日明を露骨にみんなして笑った。

 悔しかった。確かにサッカー部の先輩たちには、日明は生意気過ぎるような態度をとって来た。しかし、それを校内では直接やり返さず、こうやって不良たちを使って嫌がらせをしてくるところが許せなかった。

 しかし、日明はひたすら無視し続けた。まるで何事もなかったみたいに黙ってそれに耐えた。何も言い返さず、やり返さず、ただ黙って終始無抵抗でそれに耐えた。 

 だが、いじめは残酷にエスカレートしていった。いじめは抵抗しないとやる方は調子に乗り、さらにエスカレートしていく。特に不良連中はそうだった。抵抗しない日明への当たりは、日々激しくなっていった。さらに、関係ない奴までが、いじめに加担し始め、まったく日明の知らない、今までまったく口も利いたこともなような奴までが日明を攻撃し始めた。

 日々、息つく暇もなかった。クラスでは浮き、ほぼ孤立した状態、教室から一歩出れば不良連中から嫌がらせを受け、部活に行けば先輩連中にいじめられる。どこに行っても敵だらけで、毎日毎日、毎時毎時が、針の筵だった。

 だが、日明はそれにも黙って耐えた。ただ黙って耐え続けていた・・。

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