Note 3 戦利品

 朝方、銃声で目を覚ました。


 町、〈BATiS〉福島実験都市のどこかで銃声が響いた。銃声は次第に増え、大きくなり、やがて爆音が炸裂した。唐突な騒音は小さくなり、消えていった。


 起き上がり、ベッドの下に置いてあるネイルハンマーを握った。しばらくの間、動けなかった。A.I.R.がアイウェアのスピーカーをオンにして声をかけてくれなければ、その日は何もできずに終わっていたかもしれない。


 「様子を見に行くべき」とA.I.R.が言われ、ようやく立ち上がることができた。


 ガスマスクをし、リュックを背負い、ネイルハンマーを握り締めて外に出た。崩れたコンクリートの圧迫感はいつも以上に重かった。


 ここに転生し探索を始めたばかりのころは、A.I.R.と自分以外は誰もいないと思っていた。現に、生きている人間を見たことはし会ったこともない。だがどうやらこの世界にも生き残りはいるようだし、生き残りは町の内外をうろついているようだった。

 町に転がっている死体の多くは市民、〈BATiS〉の社員であるが、それ以外にも皇道派国防軍、亡命政府派国防軍、中国軍残党、漁協、農協などなどいろいろと生き残りはいるらしい。そして「生き残りは例外なく略奪者と化している」とA.I.R.は言った。


 道案内はA.I.R.に頼んだ。銃撃戦は思ったより近く、実験棟がある〈BATiS〉の施設中心部で起きたようだった。

 静まり返った廊下を進み、社員食堂の横の公衆トイレに入った。公衆トイレの覗き窓から外を見ると、銃撃戦の痕跡が見えた。色のない廃墟に、黒い硝煙と赤い血が飛び散っていた。


 もう少し顔を出して見ると、死体が見えた。腐乱したり白骨化したものではない、まだなまめかしい人間の死体が。


 また、しばらく時が止まった。アイウェアの隅でA.I.R.が何か言っていたが、うまく聞こえなかった。


 近づいてくる足音でまた時が動き出した。誰かが走ってきた。咄嗟にトイレの個室に隠れた。

 荒い息遣いは向かいの個室に入った。しばらく息を殺して隠れていると、水を飲む音が聞こえてきた。「静かに扉を開けて」とA.I.R.に言われた。扉の隙間から向かい側を覗くと、人がいた。兵士だろうか、ボロボロの迷彩服を着た人間は便器に顔を突っ込んでいた。


 また、時が止まった。


 この世界で初めて生きた人間を目にした。どうするべきかと悩む前に、A.I.R.が「殺せ」と言った。


 ゆっくりと個室から這い出て、ネイルハンマーで後頭部を殴った。トイレに悲鳴が響いた。それをかき消し、「もう一度!」とA.I.R.が叫んだ。その後もA.I.R.の言葉に従い、打ち続けた。


 息切れに気付いたとき、トイレは血塗れになっていた。くすんだ白の便器には血と肉と脳ミソが飛び散っていた。


 「銃を」とA.I.R.が指を差した。床には鉄パイプで作ったようなハンドガンが落ちていた。何なのかを訊く前に、「国民総武装化計画で支給された国民拳銃だ」とA.I.R.は言った。

 国民拳銃を拾ったあと、殴り殺した死体を漁った。何発かの弾丸と、弾丸が装填されたマガジン一つが手に入った。


 今まで拾い集めたどんな物よりも嬉しかった。A.I.R.も「いい戦利品が手に入った」と言った。


 ウキウキした気分のまま公衆トイレから出て、外に出る階段を降りようとしたとき、A.I.R.が「隠れろ!」と言った。


 咄嗟に壁の隅に隠れた。すぐに国防軍の旧型迷彩を着た人影が何人も現れた。どいつもアサルトライフルを持ち、ヘルメット、プレートキャリアを身に着けていた。


 とても敵う相手ではなかった。

 A.I.R.に言われるまでもなく逃げ出していた。生きと足音を殺して走り、拠点としている実験棟に駆け込んだ。扉を閉め、銃を握った。耳を澄まし、あらゆる音に気を配った。いつ何が部屋に入ってきても撃てる準備をした。


 気付いたら寝落ちしていた。まだ朝かと思ったが、日付を見ると一夜が明けていた。


 その後は何も起こらなかった。国防軍の連中とも会わなかったし、銃撃戦の跡地には燃やされた死体しかなく、何も残っていなかった。トイレの死体だけはなぜか残っていた。


 なぜか悔しさを感じた。A.I.R.には「装備は少しずつ揃えていけばいい」と言われたが、悔しいことに、戦利品を奪われたことに変わりはなかった。

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