行き先【後編】


「…………その通りですね。わたくしも心のどこかで妥協してしまっていたのかもしれません。『いまのままで充分、これ以上の発展は必要ない不要だ』と。ブレヴィティにはまだまだ可能性があるのに、完全無欠の栄養食だと驕って……。そのうえ、他の国でお菓子作りの修業をしようだなんて」


「トルテ姫は、外国でお菓子作りの修業に行かれるところだったのですか?」


 グラセ王子は、トルテ姫の漏らした計画に興味を示します。

 

「はい。実は……」

 

 彼女は旅立つに至った経緯を打ち明けました。 

 


  


「そのような事があったのですね。差し支えなければ、どちらへ行かれる予定なのかお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 話を聞き終えたグラセ王子はトルテ姫に尋ねます。


「行きたい国は沢山ありましたが、ピースケイクを目指そうと思っています。港からは直通の船も出ていますから」


 悩み抜いて決めたトルテ姫の行き先は、ケーキ作りのスペシャリストの集うピースケイク国でした。


「なるほど、ピースケイクですか。あちらもとても良い国ですね」


「そうなのね。楽しみです」


「……これはひとつの提案なのですが。トルテ姫さえよろしければ、ピースケイクへ行かれる前にトーラスへ立ち寄ってみるのはいかがでしょう? 我が国もお菓子作りを学ぶには最適な環境ですし、数日間滞在してスイーツをお召し上がりになるだけでも発見があるかもしれません」


 グラセ王子は自然な調子でトルテ姫を自国へ招待しました。


「立ち寄るといっても、トーラスはピースケイクよりも遠いのではなかったかしら?」 


「ええ、アッシュゴートここからの距離は倍ほども違います。ですが、いずれ帰国される予定なのでしたら、先に遠いほうへ行くというのはと言えるのではありませんか?」


「…………ふふっ。そうですね?」


 トルテ姫はグラセ王子の発言に顔を綻ばせます。

 

「私はなにかおかしな事を言ってしまったでしょうか?」

 

「いえ、ごめんなさい。グラセ王子とお話ししていると、ある人を思い出す事があると思っただけですから」


 アンドロイドで、恩人で、たった一人の大好きなひとを。

 

「……そうでしたか」

  

 グラセ王子は先ほどのトルテ姫の話を思い出し、それが誰の事を指しているのかすぐにわかったようでした。

 

「はい。素敵なご提案をありがとうございます。トーラス国の方々は、わたくしの事を歓迎してくださるかしら?」


 トルテ姫はグラセ王子の招待を受ける事に決めました。

 

「ええ、必ずや」


 トルテ姫とグラセ王子が話し込んでいるうちに、お城は目前まで迫ってきていました。ここから先、道案内は不要です。


「……では、わたくしは船をキャンセルしてきます」


「はい、またあとでお会いしましょう。お互い、ここからが新しい一歩ですね」


「そうですね」


 二人は待ち合わせ場所を決め、そこで一旦別れました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る