再び見えた光【後編・上】



 厨房から姫様が出てくる頃には、すでに半分以上日が落ちていました。


 気が進まないながらも、姫様は夕食をとるために、自室ではなく皆の前に姿を現しました。


 しかし、どんな人とでも楽しくお喋りする彼女らしくなく、席に着いてからも俯き加減で物思いに耽るさまに、召使いたちはどうしたものかと目配せし合います。


「…………こんなときに言う事じゃないとは思うんですけど、お菓子の腕前? は前のアンドロイドに及ばないっていっても、見た目だけなら別に同じじゃないですか。製造番号なんて、遠くからじゃ見えないですし……」


 項垂れる姫様を励まそうと一人の召使いが口を開きましたが、いかんせん言葉選びが下手すぎました。

 

「いい加減な事を言わないでください! 彼は他のアンドロイドとは全然違っていたわ!」


 空気の読めない召使いの一言に、姫様はかんかんです。


「申し訳ございません、姫様。……ほらっ、アンタも早く謝んなさい!」


「…………申し訳ありませんでした」


 しかし、その発言は決して誤りではありません。


「いえ、わたくしもきつい言い方をしすぎました。ごめんなさい……」

 

 姫様の食事担当だった製菓用アンドロイドのBKFP001は、かつてお城の厨房で働いていたCFRから始まる製造番号を持つその他の調理用アンドロイドとまったく同じデザインに設計されており、首に刻まれた番号を確かめなければ見分けがつかないものであったはずです。

 

「姫様。具体的には、どこがどのように異なっていたのか教えていただけますか?」


 その事をわかっていながらも、ばあやは努めて冷静に尋ねました。姫様の恋心の真贋を見極めるために。


「あの人だけは光り輝いていたの。だから、絶対見間違えるはずないわ!」


「光り輝いて……? どのアンドロイドにも、光沢はございますでしょう?」


 姫様の必死な主張にも、ばあやはわざと首を傾げてみせました。これもあくまで彼女の本心を探るため。

 

「それとは違うの! それとは別に、他の人にはない、があったのに……。どうしてわたくし以外のみんなにはわからないの……?」


 姫様の目には、BKFP001はひときわ輝いて見えていました。


「…………姫様は、やはり……」


「わたくしが……どうかしましたか?」


「いえ。申し訳ございませんが、私どもに出来る事はもうなにも……」

 

「ええ、わかっています。なにかしてもらおうなんて思ってはいないから安心して。それから、八つ当たりなんてしてしまって本当にごめんなさい。みんなのほうが正しい事を言っていると、本当はわかっているんです。だって、番号以外は全部同じですもの。でも、わたくしにとってはずっとそう見えていたの。本当よ……」


「…………そうですね。そうでしょうとも……」


 ポケットからハンカチを取り出したばあやは、目元を拭います。

 

「情けないところを見せてしまいました。もうすぐ元気になる予定だから、そんな顔をしないで。いまのみんなのほうがわたくしよりも暗い顔をしている……わ……」


 話している途中、姫様は唐突に思い出しました。


 『昔は元気のない人に美味しいお菓子を渡して励ます習慣があった』事を。


「……姫様? どうかされたんです?」


「あ……いえ。なんでもないの」 

 

 その後、いつものように明るい笑顔を見せた彼女ですが、頭の片隅では失われた習慣について考え続けていました。

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