丘の上で結わう花

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第一章 退屈な日常が、変わる

偶然の出逢い

第1話 出逢い

 今日もまた退屈な一日が始まる。


 そう思いながら重たい瞼を必死に持ち上げる。

 決して眠たいわけではなく、高校という社会の縮図のような場に向かうことに気が乗らないだけだ。


 そう、決して学校に行きたくないわけではなく……。


 三橋 駈みつはし かけるは青春とかけ離れた高校生活を送っている。


 登校してから空いた時間では本を読み、会話はクラスメイトや先生から話しかけられたら話す程度で、高校生とは思えないほど根暗な時間を過ごしていた。


 周りは部活の話、恋愛の話といった高校生間でよくある話で盛り上がっている。

 童心を忘れず無邪気に楽しむクラスメイトの様子を横目で見ながら。


(自分とは違う世界で生きている人間なんだ)


 そう言い聞かせて自分の世界に閉じこもる日々。

 そんな生活を一年以上過ごしてきて嫌にならないわけがない。


 本当はクラスメイトと話したいし、高校生らしい遊びもしてみたいし、彼女も作ってみたい。

 そんな青春を過ごしてみたい。


 しかし、自分から行動を起こせないほど人に対して臆病になっている。


 ――俺なんかが急に周りの真似事を始めて気持ち悪く思われないだろうか。

 ――俺なんかが急に声をかけて気持ち悪く思われないだろうか。


 こういった負の感情が沸々と溜まっていき、駈が入学してから一か月経った頃クラスから孤立し始めた。


 今更後悔しようとも、遅すぎてどうしようもない。


「……本当は楽しみたいんだけどな、高校生活」


 駈は消え入りそうな声で、本心を呟いた。



 ◇◇◇



 六月も中旬に差し掛かる頃、駈はいつもと違う家路をたどっていた。なんとなく刺激を求めていただけで、深い意味などない。


 だけど今思い返してみると、退屈な日常に刺激的な『何か』を求めていたのかもしれない。

 あるいは、その『何か』に導かれていたのかもしれない。


 頭の中を空っぽにして本能に身を任せて歩いていると、目の前に数十段はある階段が現れた。階段の始まりには鳥居がそびえ立っている。木で作られているようだが朽ちておらず白く堂々としている。


桜丘さくらがおか神社……」


 鳥居の上部に書かれている文字を独り言のように呟く。もちろん聞いたことがない神社だった。いつもとは違う家路だとしても徒歩で帰れる距離だから、近所であることは確かだ。


 しかし遠目でこの丘を見たときに目立たないはずがなく、気づかないわけがない。この丘に気づけないほど周囲に興味がなくなってきたのか、と落胆しながらも目の前にある鳥居をくぐる。


 駈自身もなぜ鳥居をくぐり、階段を上がったのかわからなかった。ただただ導かれるように足を運んでいく。そこは木々で囲まれ、木陰から吹く風は身体を包み込むように優しく少し冷たい。さっきまで歩いていた道とはまるで違う。


 ここに来るまで空っぽだった頭の中に、最近感じることのなかった清々しさを覚え、一段一段上がっていく足が軽くなっていく。


 高ぶる気持ちを抑え、浄化されていく心をしみじみ感じていると神社らしきものが見えてきた。こぢんまりとした神社は覇気がなく、落ち着いた雰囲気を感じる。管理している人がいるのか、整頓されていて小綺麗だ。


 ここまで来たのだからお参りくらいしてから帰ろうと駈は神社の前に立った。


 一つ一つの作法を丁寧にこなしていく。

 そして、それは最後の一礼を終えた瞬間に起きた。


 神社が建っている方向から、思わず顎を引いてしまう程の風が吹いてきたのだ。


 突然の出来事に驚きを隠せずにいたが、神様が何かを伝えに来たのかと柄にもないことを考えてしまい恥ずかしくなって我に返った。


 羞恥心をごまかすかのように勢いよく振り向こうとしたとき、神社の左奥に脇道を見つけた。その脇道は雑草が生えておらず、人の往来があるように見て取れた。

 

 帰ろうと伸ばした足を脇道に向け、その先を進んだ。

 

 自然に囲まれた脇道。まるで秘密基地に向かっているようだ。

 童心をくすぐられ、自分だけが知っていたい。そんな道。


 そして、進んだ先にあったのは、草原の上に立つ一本の巨木だった。


 その巨木はさっき歩いていた道沿いに建つ住宅よりも大きく、葉も緑で満遍まんべんなく枝を優しく飾っている。この大きさだと樹齢数百年はあるのだろう。草原も視界を遮るものがなく広々としていて、巨木を引き立てさせている。


 丘の高さもあるのか、町が一望できる。

 駈はその丘の上に生えている木よりも、その景色が気になっている様子。


「……意外と広いんだな」


 駈は過ごしている町を見ながら小学生のような感想を声に漏らした。

 またしても駈は心が洗われるような気がした。


「……っ」


 景色に見とれていると巨木の方から何か音がしたような気がした。

 駈はいぶかしげに巨木から聞こえた音の正体を探った。


 自分以外に人がいるのか、それとも動物か。

 恐る恐る聞こえてきた音の方へ足を運ぶ。


 正体が分からなければいくらか慎重になってしまう。

 駈は意を決して、木の反対側を覗き込んだ。


(え……)


 音の正体を見て、目を見開いた。

 声も出さず、ただただ立ち尽くす。


 音の正体は、女の子だった。


 そして、泣いていた。


 ――そして、その子には狐の尻尾が生えていた。

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