第53話 リーフ探し8――謁見

 こつ、こつと城内にシエラたちの足音が響く。


 周囲には厳重な警備体制が敷かれており、剣や槍を持った騎士たちと何度もすれ違った。しかし騎士たちはカルロと顔馴染みなのか、とくに睨みつけたりしてくることはなく、そこまで警戒されずに応接間へと案内された。


「Sランク冒険者、カルロ・ストレイジ。Bランク冒険者、シエラ・クリスラン。我らが国王に会いたいというのは貴殿たちで間違いないな?」

「ああ」

「はい」


 応接間に国王はおらず、大臣らしきひげを蓄えた男性が一人でソファーに腰掛けていた。そしてシエラたちの姿を見て名前を問うた。

 シエラたちは間違いと頷く。


「そうか、では我らが国王の元に案内しよう。ただし、武器の類いはすべて預からせてもらう」

「もちろん、どうぞ」

「これを……あれ、回復ポーションは武器に含まれますか?」

「そ、それはいいだろう。ああ、いや毒だったら大変なことになるからやはり預かろう」

「わかりました」


 大臣の言う通りに武器と回復ポーションの類いをすべて渡すと、大きな扉の前に案内された。

 重厚な扉には細かな細工が施されている。警備の数からしても、この先の部屋に国王がいるのは間違いない。


「……」


 思わずシエラは唾を飲み込んだ。

 正直なところ、いまだに国王と説得できる自信がない。当たって砕けろ、それくらいのやけくその覚悟でここまで来た。

 馬鹿だとか不敬だとか言われても、素直に正直に、厄災について話をする。結局のところは変な小細工をするより素直に真実を伝える方が気持ちが伝わるはずだ……いや、伝わって欲しいなという願望だ。


「開くよ」

「……はい」


 警備の騎士が扉を開く。

 大きく重厚な扉が左右に開かれ、部屋というのは大きな、パーティー会場のような広さの高い吹き抜けの部屋の奥に、椅子が二つ並んでいる。

 そのうちの一つに髭を蓄えた、遠くまで威厳を漂わせている国王の姿があった。


「よく来たな」

「失礼します。カルロ・ストレイジと申します」

「し、シエラ・クリスランです」


 すっと腰を低くしたカルロに、シエラは慌てて見よう見真似で挨拶した。

 こんなことになるのなら貴族のマナーが書かれている本にも一度くらい目を通しておくべきだったと今更ながらに思う。


「要件を聞こうではないか」

「はい。実は折り入ってお願いがございまして」

「王様が持っていらっしゃるリーフを貸していただきたいんです」


 緊張で拳が少し震える。しかしシエラはまっすぐに国王を見つめてそう言った。表情に緊張は見えても、その目に迷いはない。

 シエラは大切な人を守るため、厄災を止めたい。そのために国王の協力を仰がないといけないのなら、頭を床に擦り付ける覚悟だってある。むしろその程度で済むなら屈辱なんか知ったものか。いくらでも頭を下げてやる。

 そんなやけくそにも似たシエラの瞳から、国王は目を逸らすことなく口を開いた。


「うむ、いいぞ」


 当然、許可が降りるはずがない。けれど、そう簡単に諦めるほどシエラは潔くはなかった。


「あのリーフが王様の私物で、国の宝として扱われているのは知っています。ですがこの疫病を――厄災を鎮めるにはあのリーフが必要なんです。無理も承知、不敬なことを言っていることもわかっています。ですが……今、なんておっしゃいました?」


 許可など降りるはずがない。そう思ってシエラは必死に国王を説得しようと言葉を並べたが、ふと口を止めて先程の国王の返事を聞き返す。


「うむ、いいぞと言った」

「え?」


 国王はなにも迷う様子もなく頷いた。

 頭を下げてでも、長期戦になるかもしれない、などといろんなことを考えていたのに、まさかの快諾にシエラとカルロは目を丸くする。


「いやぁ、こんな若い子が国を救わんとしてここまでやってくるなんて……ああ、うちの子もいつかはきみのように立派に成長すると思うと感慨深くてなぁ……想像しただけでもう涙が」

「王様」


 先程までの威厳はどこへ行ったのやら。へにゃりと頬を綻ばせる国王に、その隣に立っていた大臣か使用人かにそっと一言諌められていた。


「ハッ! すまん。なんでもない。なんだ、その、あれだ。ギルド組合から此度の疫病についての報告は受けている。疫病が国境付近から王都に向けて徐々に勢力を広げているそうではないか。これはこの国の一大事だ。この疫病を解決するために国としても協力せねばならぬだろう」


 ごほんと一度大きく咳払いをしてなにごともなかったかのような態度で国王は話を続けた。


 最初の威厳ある顔立ちをしているが、先程の口元の緩んだ顔を思い出すとどうも気が抜ける。

 目の前にいるのは一国の王だというのに、今ではただの一人の子供を愛する親にしか見えない。

 もしかして国王の隣の本来なら王妃が座っているはずの席が空いているのは、今現在育児をしているからなのかもしれない。

 王族であろうと家族に対する愛情は普通の家庭と変わらないもののようだ。少し微笑ましくて口元が緩くなりそうになるが、不敬と言われては困るので必死に堪えた。


「ですが、いいのですか? いや、たしかに貸して欲しいと言ったのはこちら側ですが、そう簡単に……」


 必死に口を結ぶシエラの代わりにカルロが口を開いた。

 それはシエラも疑問に思っていたことだ。なぜ貴重なものをそんな簡単に冒険者に貸してくれるのだろうか。

 いくらカルロがSランク冒険者で、元ギルド組合幹部だったからだとしても破格の対応すぎる気がする。


「厄災が訪れるとき、このリーフが国を救わん。先代から代々教えられてきたことだ。わしの父、つまり前国王も同じようにこの言伝とともに王座を引き継いできた。まさしく今がその厄災、というものなのだろうな」


 カルロの問いに、国王はすっと目を細めてそう答える。

 驚きだ。リーフをしっかりと保管しているだけではなく、厄災の話もちゃんと受け継がれていたとは。

 もしかして国王との謁見が簡単に叶ったのも、国王なりにシエラたちが訪ねてくる理由を察していたからなのかのしれない。


「わしはこの言伝とともにかつて起きたとされる厄災についての話も少しは聞いておる。なんだ、その……女神の加護を受けたリーフ型の石を……あのーなんかどうにかしてなんちゃらかんちゃらしてなんとかなった」

「王様、女神の加護を受けた石で魔女が結界を張ったのです」

「おお、そうだった、そうだった。そういうことだ」


 途中まで威厳を漂わせていたのに、急にごにょごにょとして、使用人の補足を交えて国王はキリッとこちらを見た。

 なんだろう。国王とは初めて会ったし、最初は緊張して手に汗をかいていたくらいなのに、今ではそこまで緊張しない。

 少し抜けているところといい、親バカそうなところといい威厳というより親しみを覚えてしまう。


「あれを」

「はい」


 しかし国王は威厳を漂わせているつもりらしく、ぱちんと指を鳴らして使用人に合図を送ると、使用人が奥から箱を持ってやってきた。

 その箱はアーじいさんから受け取った箱と同じ、細やかな細工の施された綺麗な木箱だ。


「これをきみたちに託す。此度の厄災。かならず止めてみせよ」

「承りました」


 シエラが箱を受け取り、カルロは礼儀正しく頭を上げる。


「気をつけるんだぞ」

「ありがとうございます」


 シエラたちが部屋を出るとき、国王は笑顔で手を振っていた。しかし使用人にジトっと見つめられてキリッと表情を決めると国王らしい手の振り方をしてシエラたちを見送った。


「なんだか意外と簡単に借りれちゃいましたね」

「そうだね。ちょっと拍子抜けしたかも。でも先代……昔の代からちゃんとリーフと、厄災について受け継がれていてよかった。もし受け継がれていなかったらオレたちは今頃必死に厄災について語っていた頃だと思うよ」

「そうですねぇ」


 国のトップを説得するのはだいぶ疲労しそうだ。なんとかそれをせずに済んで助かった。先代、も含めてもっともっと先代国王たちに感謝しなければならないだろう。

 厄災の話を受け継いでくれていて、ありがとう。本当に心からそう思う。

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