百聞は一見にしかず!

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 翌日、あかりは神社の最寄り駅で浩輝と待ち合わせをしていた。浩輝こうきにメールを送ったところ、勤務時間中に作家と取材という予定を急遽入れるのは難しいが残業しなければいけないほど急ぎの仕事もないので、退勤後ならよいと返事がきた。

昨日よりも遅い時間となるので、夜闇の中で灯る灯籠が綺麗に見えるに違いない。今日は、昨日の反省からヒールが低い靴を履いてきた。これで、人混みの中で他人の足を踏んでも安全だし、段差がきつい階段も問題なく降りれる。

今日は金曜日なだけあって、昨日よりも駅を行き交う人が多い。明日休みだから、帰りに寄り道しても問題ないという事なのだろう。最終日だからという事もあると思うが。

「古川さん、お待たせしてすみません」

改札を抜けて歩いてきた浩輝が明に声をかけた。会社から直行してきたからか、少し大きめの鞄を持っている。浩輝の現在の仕事内容はスーツ着用ではないので、堅苦しい服装ではない。

「いえいえ、私もそんなに待っていませんし」

これは別に嘘ではない。明がこの駅に到着したのは浩輝が乗ってきた1つ前の電車だ。この路線は10分おきに1本電車が来るから仕方がない。

「では、お祭りに行きましょう。昨日行ったので道案内は任せてください」

何故か得意げに答える。明は早速、神社に向かって歩き出し、浩輝もそれに着いていく。


「これが灯籠ですか。綺麗ですね」

浩輝は神社を見渡しながら感嘆する。灯籠の灯が暗闇の中で輝く光景は幻想的だ。まあ、人が多すぎるのが難点だが。

「そうでしょう。この中でデートしてみたら、いい雰囲気になると思いませんか?」

明はチャンスとばかりに押していく。

「確かに灯籠の中を歩くのは非日常的な体験ができると思いますが、やっぱり人が多すぎませんか」

灯籠を見ている間に何人もが自分と明の間をすり抜けていったのを思い出している。小説だとある程度は誤魔化せるかもしれないが現実味にかける。

「そこはフィクションですのでいい感じにします」

現実とフィクションを混ぜないでほしい。デートしやすいくらい人数を減らしても構わないだろう。

「それと、お祭りに来ている人にも目を向けてくださいね。男女で一緒に来ている人が少なくないでしょう」

灯籠に見惚れている浩輝に、お祭りにデートに来ている人たちにも注目してもらうように促す。

そもそもの目的はこれである。お祭りに来ているカップルは少なくなかった。ただ、平日の夜ということもあって浴衣で歩いているカップルは数えるほどしか見なかった。おかげで、普段着で来た自分たちも浮いていなのは助かる。

「ほら、あっちの屋台コーナーも見てください。楽しそうな顔をして何を食べるか選んでいるじゃないですか」

屋台の近くで飲食をしている人たちに視線を向けさせようとする。

実際はどのように考えているかは明には分からないが、これも浩輝を説得するためだ。見た目から判断させてもらうことにした。

「言われてみれば、若い男女は食べ物を買っていますね」

浩輝は灯籠と屋台を見比べて言う。そんなに灯籠が気になるのか。

「もしかして、お祭りは2人で一緒に灯籠のような出し物を見てここでしかできない経験をして、お祭りという空間にしかない屋台を楽しむまでが目的なんですか?」

浩輝は今更な事を言う。

「そうですよっ!」

明はようやく気がついたか、と声を荒げる。昨日の打ち合わせから明が言いたかったのはこれだ。

「私が想定していたのは、縁日を一緒に歩くシチュエーションなのでここのお祭りとはちょっと違いますが。でも、せっかく来たので灯籠を見て参拝して行きませんか? 屋台の近辺も人がいるので帰りに行ってみましょう!」

気持ちを落ち着かせてお祭りに慣れていなさそうな浩輝を誘う。

「そうですね。神社に来て参拝をしないのも失礼ですし、もう少しお祭りでデートをする方を観察したいので」

浩輝に悪気はないのだが、後半の言い方は他の人が聞いたらあらぬ疑いをかけられそうな気がしないでもない。

「じゃあ、行きましょう」


「こちらの灯籠は地元の小学生が描いたものですか。学校生活の楽しさが伝わってきますね」

明らかに子供が描いたであろうタッチの灯籠の前で浩輝が頷く。惹かれる灯籠が目に入ると、浩輝は立ち止まって眺めるので中々拝殿にたどり着かない。明も最初は一緒になって見ていたが、あまりの人の多さに早く進みたくなってきていた。でも、浩輝なりに楽しんでいるのは邪魔したくないので、早く行きましょうなんて言い出せなかった。灯籠を眺めている浩輝は明から見ても楽しそうだった。仕事で打ち合わせをしている時には分からなかった一面だ。それに、昨日は見落としていた面白い灯籠もあり全てが悪いわけでもない。浩輝とは1年ほどの付き合いになる。でも、まだまだ知らないことは多い。今回も明がお祭りに誘わなければ、お互いに衝突してこの話はなかったことになったかもしれない。

明も浩輝が本当にお祭りを詳しく知らなかったことを、最初から考えなかったのも反省している。

小さい頃から親に近所の縁日に毎年連れて行ってもらっていたので、つい誰でも1度は行ったことがあると考えてしまっていた。

反省しながら歩いているうちに、拝殿に着いた。今日はヒールが低い靴を履いてきただけあって階段は昨日よりも登りやすかった。これなら、降りる時も楽だろう。

人が多く参拝も順番待ちだ。明と浩輝は最後尾に並ぶ。

「昨日のプロットですがあのネタで最後まで書いてみてください」

「えっ」

明は突然の仕事の話に驚く。今までなんの脈略もなかったよね?

「わざわざ現場にまで連れてきて説得されるとは思ってもいませんでした。古川さんがしっかりと下調べをしつつネタ作りをされているので、これで進めてみるのも良いのではと思いました。まあ、独断なのでもちろん週明けに上に確認を取りますが」

明は内心で昨日、電車の中で勢いで調べて偶々見つかったのが、このお祭りだったことは黙っていようと思っていた。

「ですが、縁日をただ歩くだけでは見栄えがしないので、この灯籠のようなイベントを1ついれてください」

「はい!」

そんなに灯籠が気に入ったのか……。何はともあれ通りそうなら良い。明は二つ返事をした。プロットでは縁日を楽しむがメインだったので何か一工夫しなければいけないが、それは帰ってから考えよう。

 話しているうちに順番がきたので明と浩輝は参拝をする。昨日はプロットが通りますようにとお願いしたのだが、今日は無事このネタで本が出版されますようにと願った。ネタやプロットが通っても、肝心の小説の方が面白くないとそこでボツをくらってしまう。それに今後の本の出版にも関わる。それは避けたい。参拝が終了して先に終わっていた浩輝が待っている拝殿の隅に行く。

「古川さんは何をお願いしたんですか?」

「ふふ、内緒です。お願いごとは他人に言ったら叶わないんですよー」

「では、聞かないことにします」

追求してこないのが浩輝らしさなのだろう。浩輝が担当になってから、雑談はしてもあまりプライベートなことは深く聞いてこなかった。別に明に興味がないだけかもしれないが。

浩輝のお願いごとも気になるが、自分が言わなかった以上聞き出すのはフェアじゃないと思い明は黙っていた。担当になってから1年経つのに浩輝のことを何も知らないのもおかしな話だ。ビジネスの関係と言ってしまえばそれまでだが、これからも一緒に仕事をしていくからには相手のことを少しは知りたい。最近観た映画が面白かった、その程度でいいから始めていこう。

「では、帰りますか」

浩輝は明の方を向きながら話しかける。

「そうですね。人も多いですし、電車が混む前に早めに出ましょう」

明と浩輝は並んで歩き、拝殿から正面にある参道の階段へ向かった。

「これは進めないな」

浩輝は階段を目の前にして諦め気味だ。お祭りの灯籠見物を楽しんだ人々が最後に参拝をして帰ろうとしたのか、階段を大人数で登ってきていた。下りもいけないことはないが、幅が狭い。流れに逆らうのは難しそうだ。他に帰り道はないだろうか。

「あっ、あっちから帰れませんか」

明は右側の道を指差す。人がごった返していてよく見えないが、向こうにも階段があるらしい。拝殿から出てきた人も正面の階段ではなく、左右にはけている人もいる。

「行ってみましょう」

回り道になるかもしれないけれど、おそらく帰れるはずそう考えて明と浩輝は右側の階段に向かった。

「戸田さんどうしたんですか? もしかしておみくじとか引きたいんですか?」

浩輝が別の方向を向いていたことに気付き、声をかける。浩輝ははっとして明の方を向く。

イメージでしかなかったが、やっぱりお祭りはお面をつけて歩いている人がいるのか。

浩輝は何も書かれていないお面を付けている人物を、物珍しげに見つめてた。


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