店番と雨宿り

春羽 羊馬

店番と雨宿り

 「それじゃぁ、儂は配達に行ってくるから店番頼んだぞ!凜」


 「…あいよー」


 「夕方には戻るからなー」と言って、団子屋【満月まんげつ】の店主こと月ノ和つきのわゆうが、出かけたのが1時間ほど前のことだった。幽が出かけてからは、彼の孫で仕事着を身に着けた月ノ和つきのわ凜甘りんかだ。

 彼は、カウンター内の椅子に座って、外の様子を眺めていた。

 少し前まで、店内に置かれているマガジンラックから雑誌を1冊取り出して読んだり、と呼ばれる携帯端末の操作をしたり、時折店の清掃や消耗品の補充・在庫チェックなどの仕事を行っていた。ただある程度の事が終わってしまい再びカウンター内の椅子に座って外の様子を眺めている彼は、少し気の抜けた様な感じであった。


 あっ⁉少し気が抜けてるだ?仕方ねぇだろう。今客いねぇんだから。…?


 「何か聞こえたような?…気のせいか」


 …まさかねぇ?


 それもそう彼の言う通り、今このお店にお客さんは誰1人として居ないのだ。別にお店が繁盛していない訳でもなく。お客さんに嫌われている訳でもない。

 今日は土曜日で、時刻は15時を過ぎた頃だった。

 いつもならこの時間は、店のイートインスペースで団子やお茶を食べながら談笑する常連さんや遠方から団子を買いに来たお客さんで賑わっているものだ。

 彼は、お客さんの居ないこの状況を慌てることなく冷静に理解していた。それもそのはず何故、店に人が来ないのか?という問があるのだとしたら彼は、真っ先にこう答えるだろう。


 「この雨じゃしゃーねぇか」


 雨

 先ほどから店のドア越しに見える外の状況は、彼の目に映っていた。

 雨が降り始めたのは、彼の祖父が配達に出かけてから30分ほど過ぎた頃だ。彼はその時、お客さんが来る前にある程度仕事を片付けたところだった。

 暇な時間を潰したはずが、この雨の影響で結局暇になってしまったという訳だ。今もカウンター内でデバイスをいじって、時間を潰している。

 ふと彼がデバイスから目を離し、扉のほうに目を向ける。この店のカウンターと扉は直線であり、時折お客さんが居ないか確認している。すると遠くのほうにある影が目に入った。影は段々と店の扉に近づいて行き、その影は店の前で止まった。

 指していた和傘を閉じ、バッグからタオルを取り出し、雨で濡れてしまった衣服を軽く拭いていた。その姿をカウンター内から見ていた凜は、そのが誰なのか気づいた。

 凜は手に持っていたデバイスを仕事着のポケットに入れ、ゆっくりと瞼を閉じた。


 相棒。…客が来たぞ。


 *


 閉じていた瞼がゆっくりと開く。

 閉じている店の扉がゆっくりと開く。


 「こんにちわ!月ノ和くん」


 「いらっしゃい!百一ももいちさん」


 月ノ和に対し、親しげな声を掛ける女性。店に入ってきた彼女は、百一ももいち紫織しおり。彼が通う赤石あかいし高校の生徒で、学校の選択授業で一緒のクラスで女子で、長い髪が肩まである子だ。月ノ和と百一は、とあるきっかけから話すようになった。

 カウンター内にいた月ノ和が挨拶をした後、外に出て扉近くにいる百一のほうに歩む。


 「どうしたの!こんな雨の中?」

 

 「この前借りた傘を返しに来たつもりだったんだけど…途中で降られちゃって」


 「そっかー。とりあえず席に案内するね!こちらへどうぞ!」


 「ありがとう!」


 百一は手に持っていた和傘を扉の端に置いてある傘立てに入れ、月ノ和が案内する席に着く。案内された席は窓際でカウンターや扉からも近い位置にあり、案内を終えた月ノ和は一旦キッチンに行く。少しするとお茶の入った湯飲みを2つ乗せたお盆を手に百一のいる席へと戻っていった。


 「百一さん。よかったらお茶どうぞ!」


 「ありがとう!は~あったかい」


 机に置かれた湯飲みを両手で包み込んみ暖かさを感じてほっこりとした表情を見せる百一。そんな彼女の可愛らしい顔を目に、彼女と対面する形で席に座る。手に持っていたお盆を机の脇に置き、お茶の入ったもう1つの湯飲みを1口飲む月ノ和。


 「雨。また強くなってきたか?」


 「土砂降りでさ、傘返すために来たのにごめんね」


 「ううん別にいいよ!逆にそのおかげで百一さんは濡れなかった訳だし!」


 「ありがとう!」


 「そうだ!団子でも食べる!今、持ってくるね!」


 「え⁉悪いよ。もうお茶出して貰えてるだけで嬉しいのに!」


 「大丈夫。傘持ってきてくれたお礼だから!何がいい?」


 「それじゃあ、みたらし団子がいいな!」


 「了解!」


 百一から団子の希望を聞いて月ノ和は端に置いておいたお盆を手に席を立つと、先ほどお茶を用意したキッチンのほうへ向かう。棚から自分の手より少し大きめの器2つを取り出し、カウンターのショーケースからみたらし団子を取り皿に2本ずつ乗せる。団子の置かれた皿をお盆に置き、彼女の居る席に戻っていく。

 持ってきた団子の乗った皿を1つ、百一の前に置く。


 「お待ちどうさん!」


 「美味しそう!ありがとう!」


 目の前に置かれたみたらし団子は、キャラメル色のタレが掛けれ天井の照明の光で艶やかに輝いて見えた。


 「「いただきます!」」


 月ノ和と百一は両手を合わせ、「「いただきます!」」と言い、団子を持ち1口。お互いの口の中でモチモチした団子と甘じょっぱいタレが絡み合う。


 「ん~!美味しい!」


 「そりゃ良かった!」


 「…もうすぐ夏だね。夏と言えばさ!」


 もうすぐ来る暑い季節。

 涼しさが欲しいこの季節に出来ることを百一は、月ノ和に語る。

 「プールが始まるね」とか、「夏休みはどこに行こうか」とか、これからのことを楽しそうに話す彼女の言葉に月ノ和は耳を澄ませた。雨の音なんて入る隙が無いほどに。


 少しして、湯飲みに入ったお茶が反射するのが目に入る。ふと窓の外を見ると雨雲は離れ、太陽の光が差し込んでいた。


 「あ、雨止んだね!」


 楽しそうに話しをしていた百一が外に顔を向ける。月ノ和には、彼女の横顔が目に映っていた。



 「それじゃね!」


 「もう帰るのか?もう少しゆっくりしてっても良いのに」


 扉の前で百一の後ろで月ノ和が言う。


 「また雨が降ってきちゃうかもだし、十分ご馳走になっちゃたしね!」


 「そっか…」


 自動ドアが開き、月ノ和を背に歩く百一。すると出た先で止まった。振り返る彼女


 「月ノ和くん!またね!」


 「おう!またな!」


 笑顔で月ノ和に声を掛ける百一。彼女の言葉に笑顔で返す。お互いの言葉のあと百一は前を向き帰っていった。その後ろ姿が見えなくなるまで月ノ和は、無意識に立ち止まっていた。


 「ただいまー!戻ったぞ!」


 自動ドアが開き、幽の声が店内に響く。カウンター内の椅子に座っている凜甘が「おかえり。爺ちゃん」と一声掛ける。「いや~配達先で雨宿りさせてもらってな~…?」と道中の出来事を語る祖父は、口を止めた。祖父はあるものに目を止めた。


 傘立てに刺さっている1本の紫色の和傘


 「お客さんでも来たのか?」と和傘を目にした祖父が凜甘に聞く。凜甘は、少し横を向いていた。肘をつき手で口元を隠していて「まぁね。」と答えた。

 

 「たまには店番も悪くないか…。」


 誰にも聞こえないくらい小さな声が零れる。

 隠してある口元は、少し緩んでいた。




 


 


 


 


 



 

 

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