☆第51話 急転

「……若菜先生は、本当に恋人のなっちゃんのことが大事なんですね」


 そう言うと若菜が、珍しく細い瞳を見開いて小夜子の方を見た。


 だが感情が高ぶっている小夜子は、若菜のその様子に全く気が付かない。そして焦っては絡まりそうになる心を必死に抑えながら、小夜子が震える声で言葉を紡いだ。


「若菜先生となっちゃんは、恋人同士なのでしょう?」


 そう言って小夜子は急に目を真っ赤にする。その小夜子の目からは今にも涙が溢れ出しそうだった。

 

 突然の小夜子の発言に、若菜が珍しく困惑した表情を見せた。そして泣きそうになっている小夜子の顔を覗き込んで若菜は真剣な顔をして、小夜子に語りかけた。


「……夏季が恋人?……立花。何か勘違いをしていないか?夏季は私の……」


 そう若菜が小夜子に言いかけた、その時だった。


「若菜さん!」


 突然白い看護服を着た看護士が、若菜の方に駆け寄って来た。そして看護士が手短かに、若菜に向かって、ことの状況を説明する。


 看護士の緊迫したその表情に、小夜子はびっくりして身体を硬直させた。きっと何かが起こったのだろう。若菜の表情もいつも以上に真剣で、眉間には皺が寄っていた。


 自分を蚊帳の外にして話している二人の姿を、小夜子は内心オロオロしながら見つめていた。


 そして看護士は無情にも、小夜子が聞きたくなかった台詞を若菜に告げた。


「冬四郎さんがまた突然倒れられて……。若菜さん、今からこちらに来てください」


 その言葉に小夜子の身体に戦慄が走る。ドクンと心臓が一つ大きく脈打つのが小夜子には分かった。


――今、確かに、冬四郎さん、と言った。


『冬四郎』と言う言葉が小夜子の頭の中を駆け巡る。


 するとついさっきまで、自分に賑やかな大きな声で話しかけてくれた、豪快に笑う笑顔の冬四郎の顔が小夜子の脳裏に浮かんできた。


 身体が震えて、今にも「嫌っ!」と、小夜子は奇声を上げそうになる。バラバラになりそうな心と身体を必死に保ちながら、小夜子は懸命に自分自身の状態を整えようとした。


 看護士に促されて、若菜は小夜子に「突然のことですまないが、立花。ここで失礼する」と矢継ぎ早、一言声を掛けた。そして若菜は、小夜子をひとりその場に残して、中央ロビーから颯爽と冬四郎のいる病室へと移動しようとする。


 しかし自分を置いていこうとする若菜の腕をぐっと力強く掴むと、小夜子は若菜の顔を見つめて、大きな声で叫んだ。


「若菜先生、とーさんのところへ、私も一緒に連れて行ってください!」

「……立花?」


 当初状況が全く読み込めない若菜だったが、小夜子の言葉に並々ならぬ気迫を感じたのだろう。


 数秒間、思案した若菜だったが、最後には「分かった」と呟いた。そして若菜は小夜子を連れて、冬四郎が居る病室へと向かった。


 移動の途中、売店から帰って来た母にブリザーブドフラワーを手渡すと、急いで小夜子は若菜と一緒にエレベーターの中へと乗り込んだ。


 そして若菜と小夜子は、冬四郎が居る五階の病室へと急いで向かった。

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