☆第39話 嬢ちゃん

――最近落ち込んでいて、ずっと本を読んでいなかったから、何か読みたいなぁ。


――さっき聞いていた歌からも、沢山勇気を貰ったから。いい加減、元気を出さないとね。


 そう思って小夜子は勢い良く売店の自動ドアをくぐり抜けて、本のコーナーへと足を運んだ。


 マンガや週刊誌やファッション雑誌などが並ぶ中、小夜子は一目散に文庫のコーナーへと移動する。


 黙々と本の背表紙を見ていると『詩人・田井中玄の生涯』という本が小夜子の目に飛び込んで来た。


――あ。この本、面白そう。


 そう思って、小夜子は、本棚の一番上にある文庫を手に取ろうとした。しかし、背の低い小夜子は中々文庫を手に取る事が出来ない。


 周りに脚立がないかときょろきょろとしていると、頭上からガラガラにれた男性の声が聞こえた。


「ほら、嬢ちゃん。この本だろう?」


 驚いて上を見上げてみると、背の高い痩せた白髪混じりの年配の男性が、小夜子の取りたかった本を、右手に持っているのが分かった。


「うん?違うか?」いう男性に、小夜子は慌てて「そ、その本です」と声をかける。


 すると男性は膝を曲げて、小夜子の背に自身の身体の高さを合わせた。そして男性が小夜子の顔を覗き込む。


「田井中玄を読むとは、嬢ちゃん、渋い趣味をしているな」


 そう言って男性が本を小夜子に手渡す。


「あ、ありがとうございます」と言いながら、小夜子はよく男性の姿を観察した。


 水色の入院着に、長袖の紺のちゃんちゃんこを身に纏った姿から、この男性も自分と同じ、この病院の入院患者なのだろうと小夜子は悟った。

 

 そんな小夜子を尻目に男性は話を続ける。


「普通、嬢ちゃんくらいの年頃の女の子なら、こういう本を読むんじゃないのか?」


 そう言いながら男性は、ティーン向けの女性ファッション雑誌を手に取る。


「私、余りお洋服のことは分からないので」と恥ずかしそうに小夜子が返事をすると、男性は売店中に響き渡る大きな声を出して笑った。


 しばらくの間、男性の笑い声が売店の中で響く。


「嬢ちゃん、いかす趣味をしているなぁ」


「気にいったぜ」と言いながら、男性が細い腕でお腹を抱える。


 笑い続ける男性の様子に恥ずかしくなって、耳まで真っ赤になった小夜子は、手渡された本をぎゅっと両腕で抱きしめた。

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