海 4
◇◇◇ side 榧
「ちょっと義理姉ちゃん、何してるのさ……」
プールサイドで股を抑えて蹲る親族を横目に、大きなため息が漏れた。義姐ちゃんが怒る理由はなんとなく察するが、流石に飛び蹴りはやり過ぎだし良い年した大人が何をやっているのかと。
「ぐおおお……義妹ちゃん、よく聞きなさい……痩せたらダメよ」
「何言ってんだコイツ」
「既に貴方は細いわ、若さに加えて水泳で引き締まった肉体を持っている。あとは如何にヤツをムラムラさせてハメさせるかだけよ」
「何言ってんだコイツ」
「スペシャルアドバイスじゃない、所詮ヤツも男で性欲には耐えられないわ……ハメてしまえばSNSなり警察なり使ってマリッジゴーよ」
「なんで定期的に頭おかしい事言うのさ」
このよく分からない発言さえ無ければ、比較的尊敬出来るのにという気持ちが強い。
「愚かね義妹ちゃん、私は常に冷静よ。ヤツの守りは鉄壁で変人……もはや性欲の一点突破以外に勝算は無いわ。学生時代からヤツを見て来たから間違い無い、唯一こじ開けられる穴は貴方の穴だけ」
「コイツの家族辞めたくなってき……?」
お兄さんの方を見ると、誰か女の人と話しているのが見えた。目立つ麦わら帽子に銀色めいた白く長い髪の……外国人?
うわ、凄く美人だ……。
「ちょっと!?アイツ私に大ダメージ与えておきながら良いご身分じゃない!邪魔してきなさい榧ちゃん!」
「いや、ナンパじゃないとは思うけども」
「いいから早く!トンビに油揚げ掻っ攫われるわよ!」
股を抑えながら何言ってるんだこの姉は。時々狂った事言い始めるのは本当に辞めてほしい。
と、言いつつも気になるのでプールから出て近づいて行くと、会話が断片的に耳に入る。
「……じょ………」
「キリ………で」
………なんか、楽しそうに話してるのモヤモヤする。っていうか、あんなに会話弾んでるのなんだか悔しいな。
普段お兄さん話は簡潔にするし、お姉ちゃんとはからかい合ってるだけだし、普通の話しで楽しそうなのがなんか……腹立つ。
「お兄さん、鼻は大丈夫ですか?」
近づいて声をかけると、その麦わら帽子の人と目があった。同時に、何か違和感を感じる。
「あれ?貴方……え?」
相手の人も、私から何かを感じ取ったのかお兄さんの方と私を見比べた。
「ああ、ご紹介します。彼女は白羽榧ちゃんで、私の友人の妹さんです」
友人の妹、という言葉にまた胸がモヤっとする。畜生、やっぱり義姉ちゃんの言う通りハメるしかないのか。
「えっ、ああ、大丈夫か……はじめまして、エンマ・エルヴァスティです」
エンマ……ええと、フィンランドの人かな?奇しくも日本の閻魔を彷彿とさせる名前だ。
「白羽榧です」
「彼女、本物の魔女ですよ」
と、小声だけども私とエルヴァスティさん2人に聞こえる声で言うお兄さん。え?魔女?
「一目でバレるの初めてだからびっくりしました」
と、少し恥ずかし……いや、誇らしそうなのかなこれは?2つの感情が混じったような表情で肯定するエルヴァスティさん。
「あの、そもそも魔女って実在してたんですか?」
「その話は長くなりますが、端的に言うならばYESですね。彼女の場合はドルイド……女性だからドルイダスでしょうか?日本人に伝わりやすい言い方をすれば、ケルト教における大司祭とかにあたります。わかりやすさ優先で言うなら魔女で良いでしょう」
「えへへ」
何故か照れくさそうに頭を掻いて笑うエルヴァスティさん。今のは照れる要素なのだろうか?
「あ、でも日本人が知ってるステレオタイプの魔女としての部分も持ち合わせてますよ?」
……エルヴァスティさんに補足情報とばかりにそう言われても、よくわからないというのが本音だ。もうちょっとオカルト情弱な私にも分かりやすく説明して欲しい。
「えーっと、炎を出したりって出来るんですかね?」
「ライターの方が早いのでライター使いますね、木をこすり合わせるよりはマシぐらいの労力です」
「水を出したり?」
「出来なくは無いけど、蛇口捻る方が労力が100倍ぐらい楽なので……朝露とか集めると気が狂います」
つまりちょっと変わった一般人ぐらいの認識で良いのかな?多様性の範疇とも言えるかもしれない。
「どちらかというと、雨乞いやガンドや風を操る方が得意みたいですね」
お兄さんが補足を入れてくれた。雨乞いと風を操るのは分かったけども、ガンドって何?
「ガンドは大得意です!なんとヨルムンガンドを使えるので!」
「ヨルムンガンドを!?その年で!?」
「えっへへへへ……」
珍しくお兄さんがガチで驚いている。どうやら本当に凄いようだけども、あまりにもオカルトに疎すぎて何がどう凄いのか分からない。
……って、ヨルムンガンド?流石に聞いた事ある気が。
「ヨルムンガンドって北欧神話の蛇って話じゃ?」
「ヨルムンガンドは大いなるガンドという意味を持ちます。すなわち、大陸規模の
「今は人類が強くなりすぎて、そこまでのパワーはありませんけども」
「いえいえ、凄まじい才能ですよ。その様子なら、あの札と部屋が無くてもキリシ様とやらを返り討ちに出来たでしょうに」
あれ、もしかして……?
「えっと、もしかしてエルヴァスティさんが隣の部屋の人なんですか?」
「はい、お隣さんです。気軽に声をかけて下さいね?」
あの札の部屋なのか……っていうか、あれだけ物々しいのに出ても良いんだあの部屋。
「っと、長話してしまいましたね。そうだ、良ければ連絡先の交換等どうでしょうか?お互い手を借りたい時もあるかもしれませんし、近頃きな臭い事が結構ありまして」
「きな臭い事?」
そうして、先日あった狐の話しでまた暫く盛り上がる2人。
クッ、これがNTRか。義姉も私が居なければ恐らくお兄さんとくっついて居たであろうという微妙なNTRの波動を感じるし、どこもかしこも敵ばかりじゃないか。
口を挟むでも無く、じっとお兄さんの顔を見つめる。
ああ駄目だ、やっぱり顔が良い。顔面偏差値がエグち。性格も紳士的な時は紳士的だし、頼れるしごくごく偶に見せる獰猛でバイオレンスな姿もカッコイイ。
こんな人に傷つきながら命を救われたら、そりゃ惚れる。きっと学校に居る女子の99%が惚れる。惚れない1%は多分同性が好きな人だ。
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