同調 2
指さされた方をゆっくりと見ると其処には揺らめく何かが複数居た。なんだろう?ぼやけて分からない。目を凝らしてじっと見つめると、ゆっくりその姿が――――
「ヒッ――――」
息が詰まった。
なんだ、あれは。
手足が1.5m近くあって、胴体は50cm程。木に隠れようとしているが、手足が長すぎて隠れきれていない。それが六体、此方を覗いていた。
木面のような何かを被り、じっと私達を木の裏から見つめている。
「ヒッ、ひひ……」
変な声が出て脳がぐわんぐわんと揺れる。こんな存在が居ていい筈が無い。だけどそれは実在して、ああ違う、やっぱり存在しちゃ駄目だ、消えろ消えろ消えろ消えろ消えない消えない消えないだってあんなにも生物できえろきえろきえろきえろ
わたしがみているからきえない?めをとじてだめだきえないとじれないだってもっとこわくなるこわいこわいこわいこわいしねばこわくなくなる
「はい、ストップ。アイツの足元を見て下さい、地面に干渉しています実体のある生き物です。深海魚を貴方は全種類知っていますか?全ての昆虫は?知らないでしょう、ならば今知って下さい。アレが妖怪です」
自らの首を締めていた手を強く引き剥がし、彼が落ち着かせるように私に言う。
「ッハ……は、ハー」
トントンと肩を叩きつつ、そっと胸元に抱き寄せられた。底冷えしていた体が、彼の熱で少しづつあったまるような感覚。
「私の心音に意識を向けて、説明を聞いて下さい。アレは無害な妖怪、コダマと言います」
彼の言う通り、背中から感じる心音に意識を向ける。あれで無害?あれが無害?
「昔のアニメ映画に居たでしょう?顔はアレにちょっと似てますよね、名をつけるならば育ちすぎたコダマや8等身のコダマと言った所でしょうか」
「ハーッ……ハーッ……」
「アレで無害とかあり得ない、そう思うかもしれませんが貴方を殺すのに年単位で必要なので現状無害です。少なくとも彼らは無為に森を荒らす奴以外には、少し脅かす程度のイタズラしかしません。そしてそのイタズラも彼らは私が怖くて出来ません」
「あ、あれで無害なんですか?」
ようやく少し落ち着いた。いや、変わらず発狂しそうな程に怖いが少し冷静になった。あのままだと自分で自分の首をへし折って自害していた可能性がある。
「はい、無害です。特定の行動を取らなければ。そして彼らは生物だ、理性のある生物である以上道理もある。あれは未知の生物ではなく既知の生物」
少しづつ呼吸を整える。うん、大丈夫、大丈夫の筈だ。
「……すみません、落ち着きました」
「結構」
そう言いながら、そっと離れる七桜さん。
「今から依頼された仕事があるので、アレよりも危険な奴の確認に向かいます。しばらくアレと一緒に此処で待つか、一緒に来るかどうしますか?それぞれ死ぬリスクはありますが、此処に一人で残るのが一番安全だと思います」
「あ、あの、私を先に返してもらうとか……」
彼が先程言った通り、配信も途中で切れているし携帯電話も繋がらないようだ。その状態で放置されたり、アレと一緒に居るのは正直言って心細い。
「契約上夜7時までに終わらせないと、県に余計な手続きが発生しますから無理です。客先に面倒を押し付けるのは、私の主義に反しますから」
アタッシュケースの中から荒縄を取り出し、一つの小さい円を作って線香の束を3つと蝋燭とマッチと使い捨てのライターを手渡された。
「では此処で待っていて下さい。この円の中で線香に一本づつ火をつけて、火が消える前に新しい物に火を灯し続ければ大丈夫です」
言った後、即座に新館のホテルへと向かう七桜さん。どうするべきか、そう思って再度入口を見ると、先程の育ちすぎたコダマがゆっくりと立ち上がり此方に向かって来た。いや、それは怖い!
「ヒッ!?い、いきます!私もついていきます!!」
慌てて荒縄を引きずりながら、彼の背中を追いかけた。流石にアレ複数体と一緒は心が無理だ。
それに、あるいは彼についていけば何かもっと凄い物が見れるかもしれない。
◇◇◇
二人でホテルの新館の中を歩いて行く。彼の足取りは迷いなく、同時に早い。階段に差し掛かってもその速度はとどまる事を知らず、むしろ早くなっている気がする。
「あの、少し歩く速度を……」
「此処の時間の進みはランダムです。あんまり時間を掛けていると、一週間ぐらい経過している事もありますから、ゆっくりは出来ません」
「ええっ!?!?」
「よく神隠しで、数年前と同じ姿で現れた……なんて話があるでしょう。アレが此処では起きます、なので行動は迅速に」
眉唾だが、そう言われては小走りでついていくしかない。というか、普通に受け入れてしまったが妖怪って本当に居るんだ……。
「あの、妖怪って何なんですか?」
「生物です。ただし、我々と存在している次元が違う」
「確かに次元が違うって言うのは、なんだろう?存在感みたいなのが、人間よりも濃いというか……視界から入る情報が人間の100倍ぐらいあるって言うか……禍々しいっていうか」
なんだろう、言葉では伝え切れない。とにかく情報量が多いと言うべきか?百聞は一見にしかずって言葉があるが、まさにアレだろう。
「いきなりそんな物を見せられては、脳もおかしくなって自害を選ぶ事もあるでしょう」
「見た時発狂したかと思いました……」
率直な意見である。正直見た時死んだと思った。
「運が良かったですね、場合によっては普通に心停止か発狂死します。あるいは行方居不明」
「……本当に夜金さんが居てくれて助かりました」
そう言うと、チラリとこっちを見て少し足を止める七桜さん。一瞬胸元を見られてた気がしたが、どうやら胸辺りで固定している撮影機器を確認したらしい。
「それで撮影しても、多分映りませんよ」
「そうなんですか?」
「写真の方がまだ映る可能性は高い」
「そうなんですか……」
次があるならカメラでも持って来ようかな?と思いつつも、いやさっきみたいな物を何回も見るとか御免被ると思う気持ちも強い。心が2つあるという奴。
「あの、これって何処に向かってるんですか?」
「恐らく貴方が探していた物がある所です。頭を壁にこすりつけて死んだ五人の被害者、その大元となる原因ですね」
「……原因があるんですか?」
「さっきのコダマみたいな奴が犯人ですよ。そして、さっきのよりも数段凶悪だ」
あれでこっちに対して悪意が無いというのならば、悪意がある存在というのはどれほど怖いのか、少し頭の中で想像してみたが理解が及ばない事だけは理解した。
「えっと、お祓いとかするんですかね?」
「例え話ですが、スーパーで働いている人がいきなり消えるとどうなると思います?」
なんだろう、藪から棒に。
「えーっと、警察に連絡するとかですかね?」
「ひとまずその認識で話を勧めましょう。とはいえ、実際にはもっと多岐に影響が出ます。その人のシフトを丸一月埋める為の大幅調整、もしもその人に養っている子が居ればその子達の面倒を見る必要性、警察が捜索する必要やそれに伴う処理が発生しますし、妻や夫が居ればその人にもまた何かの影響を受ける」
「そう、ですね……」
やばい、あんまりにも雑な考えしかしてなかった気がする。でも、突然の問いかけだからちょっと仕方ないよね……。
「それが妖怪側にも起きます。しかも我々は妖怪の事を良く知りませんから、消した後に発生する"何か"が理解できていない。あるいは国が滅びるかもしれないし、あるいは何も起きないかもしれない、同族が復讐とばかりに人を殺すようになるかもしれない」
「つ、つまり影響が分からないから下手な事が出来ないんですね?」
「なので基本は穏便な方法を取ります。あまりにもあんまりなら祓いますが」
そんな話をしていると、埃っぽいロビーを抜け階段を上り5階の505号室にたどり着いた。喋りながらなのに、七桜さんは一切足を緩めず息を切らした様子も無い。鍛え方が違うんだろうか?
「此処です」
扉の前に来て、ふと違和感を覚えた。そうだ、階段に四階が無かったんだ。
「此処のホテルって4階無いんですか?」
「はい、4階は厨房や機械室がまとまっている一般人立ち入り禁止エリアのようですね」
「だから階段でいきなり5階に来たのか……」
「まぁ、それは良いでしょう」
ポケットから鍵を取り出し、扉を開け放つ七桜さん。その背中に寄り添うように、ゆっくりと私も中に入っていった。
部屋で私達を待ち受けていたのは、黒ずんだ木張りの床と壁に染み付いた黒い色。思わず小さく悲鳴を上げたが、七桜さんは一瞬此方を見ただけで何も言わずに部屋に踏み入って行く。
「血、ですか?」
「掃除しても取れなかったそうです」
そう言うと、二人でさらに部屋へと入っていく。部屋は和室で畳張り、装飾はそのままだけどテレビやお金になりそうな物は一応全部回収されていた。……いや、別に物取りに来た訳じゃないけれども。
周囲をキョロキョロと見回したが、さっきのデカコダマのような怪しげな存在は居ない。当てが外れたのだろうか?そう思って一応確認の為に七桜さんに聞いてみた。
「えっと、何も居ないです?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます