二章 元社畜研究員、探索仲間を歪ませる
第26話 錬金先輩、初心に帰る
大規模コラボを終えて数日。ある意味で激動の数日でもあった。
個人的なコラボ、遊びで提供したレシピが各界隈で加熱。
あれは何だ? なぜ今まで発表しなかった? とお怒りのメッセージが多数寄せられた。
発表しなかった理由の多くは自分たち以外誰も作れないからだ。量産なんてもってのほか。作れるから量産できるって思考の人はこれだから困るよね。
アイディアはずっと温めてたけど、お金がかかりすぎると言う点でも踏みとどまったレシピというのが世の中にはあるのだ。かかった資金は全部こっち持ちというルールの元、出来上がった結果を、誰でもできるようにするとなれば難しいよ。
それを今後とも、恒久的に作れとなると話が変わってくる。
誰が金を出すか、という話だ。
一つ作るだけで数億は吹っ飛ぶ。そんな危険なあそびの責任を負えるのか?
そう聞き返すと大体の人が黙り込むんだよね。
今まで無償でレシピの提供をしてきた僕が言うことじゃないけど、その手のレシピが何で今まで表に出てこなかったのかをよく考えた方がいいよ。
本人しか理解できない工程を踏んでるとか、本人の熟練度ありきの成功率とか。おおよそ安定供給と仲良くできない性質、思い込みでできてるから。
一方で技術提供したフルダイブタワーディフェンス“バトルウェーブ”には新しく『ヘル』クラスのコースが現れた。
『デスマーチ』クラスはあくまでもSランクダンジョン。
『ヘル』クラスはSSクラスダンジョンとしての難易度だ。
デスマーチで手こずってる奴に僕たちの技術は環境破壊すぎる、とのトールの想いが詰まってる。レシピについては一応の提供はしたが、どいつもこいつも特殊レア個体の部位にも程があるのでデスマーチ以上のクラスを作るほかなかった。
そう言う意味でも『ヘル』クラスは特殊個体天国だ。
レシピの解明はボス個体が偶に落とすレシピ1から判明する。非常にポエミーで、素材の特徴しか書かれてないので探し出すのに一苦労どころじゃない手間をかけさせられていて、全世界のバトルウェーブファンの考察が進んでいる。
ただでさえアメリアさんの無双が激しいので“凄い強いアイテム”と言う認識を持ちがちだが、あれはあの人たちが特殊すぎるから扱えてるだけで、普通に扱うには骨が折れる代物だ。
強いのは強いがピーキーすぎる。そんなアイテム群を、たとえ作れるようになったとして扱えるか? それはまた別の話である。
配信を見て、その人の活躍をまんま自分ができると思ってはいけない。
あれはあの人達の頭がおかしいから扱えてるのであって、万人向けではないのだ。
今回その異常者のアメリアさんから“封印指定すべき”とまで言われた僕とドリィちゃんのコラボアイテムはそう言う類なのだ。下手に表にで回ろうもんなら高確率で犯罪に使われそう。与える相手だって僕は厳選したつもりだ。この三人なら大丈夫だろうと、だからレシピの公開に踏み切ったと言うのもあるからね!
そんなわけで当事者の僕たちといえば、のんびりと過ごしている。
後輩が上手いことマスコミたちをシャットダウンしてくれたのもあり、僕は研究に没頭できた。
配信をしていないことを除けば日常であった。
僕の尊厳を無視され続けるのは果たして日常なのか?
それを言い出したらキリがないが、手を出してくるわけではないので好きにさせている。
そんな彼女が一通のメールを受け取って慌ただしくなった。
「では先輩、私は数日ほど出掛けてまいります。お留守番、よろしくお願いしますね?」
「ん、気をつけてね」
「くれぐれも一人で出かけないようにしてくださいね?」
「わかってるわかってる。僕も自分の身が大事だからね」
身内に不幸があり、葬式をするから顔を出せと言うお達しだ。
天涯孤独の身である僕と違い、彼女には残してきた家族や帰る場所があり。久しぶりにゆっくりしてきたらどうだと休暇を出した。
お留守番を強要されたのは、それだけ僕が頼りないということだ。
まぁ今の僕は外に出ようものなら一発で補導される自信がある。
自分で言うのも何だが、可愛いからな。男であるが、最近は可愛いと言われてちょっと喜ぶ自分がいるから怖いものだ。
「こう言う時に限って、アメリアさんも忙しいか」
せっかくの休日。遊びに誘おうにも向こうは世界に十数名しかいないSランク探索者。一般の研究員がおいそれと遊びに誘える相手ではないのだ。
今まで誘えたのがおかしいのであって、普通はこれくらいの対応なんだよ。
ふと、姿見に写る自身を見やる。
肌や手入れされた髪、すっかり女児服を着こなす僕は成人男性のそれではない。
すっかり女装に慣れた変態の様だった。なまじ似合っているのが致命的か。
「しかしあれだな……今の僕は通勤時代の僕と随分と変わったよな?」
あの当時は顔がやつれていた。髪はボサボサで目の下はガッツリクマができていて。数日風呂に入ってない不健康の象徴そのものだ。
今は健康的な生活を送っているので血色が良く、肉つきも良い。トランスポーションを仕込まれたのもあり、まだついてるが女性的なボディラインを形成しつつある。心のどこかで僕は女の子になってしまったんだろうかという気持ちになる。冗談ではなく。
「ここは一つ気持ちを入れ替えるべきだろう。何をするべきか? やはりあれか」
今、錬金術は封印すべきだろう。
だとすれば魔導具? 鍛治?
いいや、四つめのジョブを選んでみてもいいかもしれない。
ジョブ選択をするとなれば新しくクリスタルを購入する必要がある。
一つ20億か。今の手持ちなら余裕で購入が可能だ。
ネットから購入して、手の上に浮かべる。
体の中に吸い込まれて、そこに新しいジョブが生まれる。
バトルスタイル
投擲や命中補正のジョブが熟練度に応じて取得できるものである。
トールとの付き合いでバレットのノウハウが獲得できたのもあり、錬金術との相性もいい。どうせ遊びだし。
僕は外出用の召物に着替えて転送陣で日本に赴いた。
ああ、懐かしきかな我が故郷。
灼熱の太陽の日差しがハワイとは異なる。向こうはジリジリ。こっちは蒸し暑い感じだよね。
日本、渋谷。
ダンジョンがこの地に根付く前までは若者の中心地として栄えていたようだが、今や探索者のための専門ショップが軒を並べている。
そこでお目当てのショップを見かけて突撃してみる。
わかりやすい犬耳少女のマスコットを置いた、ラインナップの渋い店である。
「よーっす、ガンドルフ、居るー?」
「失礼ですがお客様、社長とはどのようなご関係でしょうか?」
受付の女性はパリッとしたスーツに身を包んでいるが、どこか厄介な客を追い払おうと身構えていた。態度が悪いな。いや、悪いのは僕のほうかと頭を掻く。
何せ開口一番、親子ほど歳の離れた相手(会社の社長クラス)をいきなり呼びつけたのだ。迷惑系Dtuberと思われても仕方ない。
先日のコラボで名前が売れたからな、ドリィちゃん。
「ああ、悪いね。彼とは古い知り合いなんだ。つい昔と同じ感覚で訪ねてしまった。そうか、今はあいつも社長だもんな。駆け出しの頃の印象が抜けなくてさ」
「社長のお知り合い……ですがお客様のお年ですと……」
「僕はこう見えて32だ。似合わぬ格好をしているとはよく言われる。これらは同居人の趣味でね。もっと地味めな服を好むんだが、この美しさを磨かないのはもったいないと捨てられてしまった」
「随分とお若く見えます、失礼ですがスキンケアはどこのメーカーのものをお使いになられているので?」
年齢の提示でようやく警戒は解けた。
代わりに全く別の不躾さが顔をのぞかせる。
同性特有のものだ。年代が似てるのか、悩みといえばお肌の事だと親近感を抱いたようだ。
「秘密、と言いたいところだけど僕は特別性の薬品を用いてこの見た目を維持しているよ。むくみ取りポーションという名前に心当たりは?」
「もちろん存じ上げております。入手困難で価格高騰をしているとか……もしかしてお客様はあの先輩でしょうか?」
僕はバレたか、と両手を上げて降参した。
受付のお姉さんは手を叩きやっぱり、と感無量になっていた。
「あまり吹聴しないでくれよ、今はお忍びだ」
「失礼いたしました。まさか見た目がそのままだとは思いもしなかったもので」
「よく言われるよ。おかげで紳士服が似合わないんだ。後輩からはレディースばかり勧められてな。なまじ似合うものだから諦めている」
「ふふふ」
直感だが、このお姉さんからは後輩と同じ匂いがするんだよね。
僕を男と知りながらも愛でようとする、そんな怪しい気配が。
「それはさておき、ガンドルフは留守か。タイミングが悪かったな」
「今はどこもコラボレシピで大賑わいです。そのコラボでなければ作れないと説明しても、一度作ったんだからもう一度作れるだろうと鍛治連盟から咎められてまして」
「うわ、大変だ。こりゃ日本脱出もカウントダウンだな」
「他人事のように仰らないでください」
「だって他人事だもの。僕はとっくに国籍変えたよ。後輩はまだ日本でやり残した事があるみたいで身辺整理が必要みたい」
「すると当分配信はされないのですか?」
「ほとぼりが覚めるまでは身を潜めておくさ。で、これが僕の新しい戸籍でね」
「
僕の全身を舐めるように見た後、股間を凝視した。
「性別は変わってないよ?」
「ですよね、男性と聞いていたのにあまりに可愛らしいものですから……」
「ちなみにファーストジョブの時点で探索者ランクCまでは行ってた。出禁エピソードを聞いてわかる通り、それがなきゃ今頃もっと上に行ってたと思う」
「リコ様は製薬会社に勤めて頂いてくれた方がウチとしては大変助かりますね」
「言うじゃん」
「背に腹は変えられませんので」
まぁね、僕が探索者のままでいたら採掘場が枯渇すること請け合いだもんね。
鍛治師にとっちゃ致命的だ。逆の立場なら僕でももう二度と来るなっていうと思うし。
ひとしきり笑いあい、店を後にする。
僕は最寄りの探索者でライセンスの手続きをした。
「それでは聖夜リコ様、こちらがGランクライセンスとなります。序盤は簡単なクエストをご用意してますので、そちらを複数受け付けることをお勧めしますわ」
「ありがとう。オススメのクエストとかある?」
受付のお姉さんは僕の腰に挿した魔道銃に視線を落とし、ゴブリン対峙のクエストと、小さな魔石の採取クエストを提示してくれた。
「一人で向かわれるのですか? 今ならサポーターをおつけすることもできますが?」
「んー、じゃあお願い」
わざわざ勧めてきたということは、余らせてる人材が居るのだろう。
紹介されたのはあまりにも若い男の子で、秋生と名乗った。
ファーストジョブにバトルスタイル
ガーディアンは駆け出しの時ほど攻撃手段に乏しく、防御力が他スタイルと変わらないこともあり、不要とされやすいのだ。
ハブられやすいロールとも言える。
ガンナーも同様に弾丸が非常に高価で、金食い虫という意味合いで付き合いが悪い。駆け出しほど稼ぎが悪いからだ。
そう言う意味では同じ余り物同士、仲良くしようと言うことになった。
「そっか、秋生は早く自立する為に探索者をね。ご両親は?」
「お母さんがね、お父さんともう会っちゃダメだって言うの」
難しい状況みたいだね。あんまり深く聞くのはやめようか。
「リコさんは一人でもう自立してるんだ! 凄いなぁ」
そのことについて考え込む。今の僕は果たして自立できているか?
秋生の生い立ちも含めてすぐに考えるのをやめた。
お姉さんて言おうとしたのを引き留めてさん付けで呼ぶようにいい含めた。
お兄さんと呼ばせるには僕の格好はあまりにも女性。名前も女子っぽい。
けど心は男なので名前呼びだけは絶対に死守するつもりだ。
スライムを適度にしばいて熟練度アップ。
僕のように初期ジョブの熟練度上げにはこのような地味な作業は必須だ。それは秋生も同じく。
みんなは前へ前へ行くけど、僕たちの歩みはのんびりとしたものだ。
ジョブスタイルを
その癖高難易度では高熟練度のガーディアンを求めるのだからタチが悪い。
育てるのは嫌がる癖に、ここぞと言う時に頼るんだよな。
そう言う意味ではキングって恵まれた環境にいたんだよなぁ。
「秋生、こいつら倒したら休憩しよ」
「はい!」
足元に転がるゴブリンの死体。
秋生は解体を行う。
討伐部位の切り落としと、魔石の繰り出しは慣れたものなのだろう。
「手慣れてるね」
「これくらいは、荷物持ちをいくつか回してる時に覚えますから」
でも熟練度アップに協力してもらえずで……と力なく笑う。
文字通り荷物持ち以外での用途に使わないことは幾度もあったんだと言う。
攻撃系スキルの有無はそれだけ駆け出し時代に大きな溝を生んだ。
「それよりもリコさんはガンナーなんですね! 遠くの敵も一瞬で倒してしまってびっくりしました」
「倒せてはないんだよね。だから秋生がカバーに入ってくれて助かってる」
「盾で殴るだけなので時間ばかりかかってしまうんですけど!」
「いやいや、切り傷ばかりつけると素材価値が落ちるからね。秋生の取り出したコア、結構品質高いよ?」
「そうかなぁ?」
「後で納品の時、楽しみにしてみよう!」
「だったらいいなぁ」
休憩中はあまり贅沢な食事はせず、買い置きのパンをその場でアレンジして振る舞う。
「僕、ダンジョンでこんなに豪華なご飯食べるの初めてだ」
「大袈裟だなぁ」
「本当に、美味しいです。ぐず……うぅ」
「ほらほら泣かないの」
後輩の作る食事に比べたら僕のご飯なんて大雑把な男飯も良いところだ。
買い置きのものを焼いたり炙ったりして挟んで食べるだけ。
それっぽっちの料理なのに涙を流して喜んでくれた。
これはただの家庭崩壊ではなさそうだな。僕の手助けできる範囲で助けてあげたいけど……後輩なら拾うなら最後まで責任持たなきゃ飼っちゃだめです!
とペットみたいな扱いしそうだよなぁ。
「リコさん?」
「ん、なんでもない。秋生は明日も来る?」
「僕は家に残したお母さんを食べさせなきゃいけなくて。だから僕の歳でも働ける探索者に」
「そっか。じゃあ明日は気持ち深いところまで行っちゃう?」
「行けますかね?」
「そこは秋生次第かなぁ?」
「お金になるんだったら、僕頑張ります」
受付に戻ると、やはり品質が良くて気持ち程度査定に色がついた。
Gランクの査定品など色がついたところで雀の涙。
ろくな食事もしてないだろう秋生に、稼ぎのほとんどを手渡してダンジョンを出る。
ダンジョンを出るとそこには人だかりができていた。
人垣の中心には日本の誇る三代美女探索者『天照』が配信カメラに向かって手を振っていた。
ランクはCと、日本の探索者にしては上。
S、A、Bを制作の失敗で海外に流出させた経緯もあり、今やCランクというだけでこれだけ人気になれるのだ。
周囲にはマスコミが押しかけ、新入りの僕たちのことなんて他所に人気配信者へマイクを向けていた。
「凄いなぁ、僕もいつかあれぐらい大物になれたら……」
「秋生は配信者になりたいの?」
「僕にできるなんて思いませんが、憧れはありますよ」
自身を無力であると卑下するが、この子が不遇なのは熟練度の低さによるものだ。成長すればキングのようになるかもしれない。
「じゃあ、ダメ元でやってみる?」
「でも僕……資材を揃えるお金もないです」
「お金なら僕が投資するよ。きっと秋生は大きくなる。僕はそう踏んでる」
なお、配信のノウハウはわからないのでアメリアに相談した。
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