第19話 錬金先輩、学会デビューする

米国の学術研究会に所属することになったので、実績を持って顔合わせすることになった。


「いや、こう言う場所はスーツとかでしょ? 真っ白なスーツを着こなしてこそ、ハンサムと言うものでしょう?」

「残念ですが今も昔も先輩にスーツは似合いませんでしたよ?」


知ってるよ。会社に所属するときにスラックスの裾上げやシャツの袖上げして貰ったんだから。ネクタイだって短くしてもらったし、そのシャツもスーツも全部後輩に捨てられたけど。


「圧倒的に、身長が足りない!」

「大きく見せるために太ってもチビでデブになって見るに耐えませんでしたもんね? それで筋肉の方はつきましたか?」

「それなー、トレーニングしてもほっそいままなの」


身長のびのび君と筋肉ムキムキ君はこの日のために用意してたものの、また爆散してたし。まるで僕にそうなってほしくない第三者が介在してるかのようだ。


「じゃあこの格好はなるべくしてなったと思っていいです。大丈夫ですよ、似合ってます!」

「本当かー?」

「毎日室内で女装してるのに、この期に及んで何を尻込みしてるんですか?」

「いや、自室でも嫌だが他人に見られるのはもっと嫌だ!」

「あら、私にだったらいいんですかー?」

「僕のこんな格好を見て喜ぶのは君くらいだと知っているからな」

「そうですね。でもきっとみなさん驚くと思いますよ?」


日本の研究員(32)の姿か……これが!? みたいな奴でしょ?

知ってる知ってる。


「だからって君とお揃いのサマードレスは恥ずかしいだなんてもんじゃないぞ? ほら、子供が僕を指差して笑ってる」

「似合ってる、綺麗だね。私も欲しいとおっしゃってるんですよ」


いや、確かにそう聞こえたけど。どうも僕はこの状態を受け止めきれずにマイナスな幻聴に置き換えるらしい。いっそ笑ってくれ! そうしたら男物の服を自由に着られるから! だからって彼女が用意してくれる確率は低いけど!

けど、だからって女装はないでしょ!!!


米国主催の錬金学術研究会は、ワシントン州にて行われる。

僕たちは人体転送スクロールのお披露目と、その実験成果を持ち込むことにしていた。分野的には魔道具だが、同日同時刻、同会場で魔道具学術研究会も開催されていたためにそっちにも参加することに。

鍛治の学術研究会も開かれたが、バリバリの商人が多いので僕が顔を出しても面白くないだろうし、この姿で混ざる度胸はなかった。


女性がいない訳ではない。だが実際に鉄を打って武器を作り上げる女性となればいかつい、かっこいい系の姉御肌が多くなる。

かわいい、あざとい系の僕が混ざれば『鍛治はママゴトじゃねぇんだぞ!?』とキレられるかもしれないので遠慮した訳である。


「もし、あなたは錬金先輩ではありませんか?」


そんな言葉をかけて来たのはスーツをビシッと決めたお爺ちゃんだった。


「今日は猫耳をつけてないのによくわかりましたね。錬金術師の槍込聖やりこみひじりと言います。これ、名刺です」

「やはり君じゃったか。しかし今日は随分と思い切った格好をして来たね。男性だと聞いていたのに」

「今はLGBTQの時代でしょう? 多様性が求められてる。僕のこれもまた多様性の一つとして受け取っていただきたい」

「……本音は?」

「私服を全部後輩に捨てられた。これしかないので仕方なく着ている」

「ワッハッハ。その格好は普段から?」

「その通りですわ、ローディック師。先輩は自分のかわいさを恥じているのです。せっかく可愛くなる素質を持って生まれて来たのに、頑なにかっこよくなろうとしすぎて空回りしていました」


ローディック師? この人が!

なかなか名刺返してこないなと思ったら顔でわかるだろ、みたいな共通認識を全員が共有していた? 

まあ魔導具学術研究会の長老的ポジションだ。顔を知らない時点でにわかと取られてもおかしくないな。


「お会いできて光栄です、ローディック師」

「こちらこそ、ミスタ槍込。本物も可愛らしいレディだとは思わなかったよ。ミス槍込とお呼びしても?」

「悪い冗談はやめてください。これは後輩の趣味です。好きで着ていると思わないでいただきたい」

「分かっておるよ。お互い部下が変態だと苦労するな」


ここでローディック師から名刺が返される。

そこには様々な分野の研究博士取得のほかに、小さく配信チャンネルのURLが記載されていた。表題はうさぎ博士のなぜなに魔導具チャンネル。そのうさぎ博士(ロリ美少女)の中の人はローディック師ご本人だとか。

まさかのVデビューを果たしていたと聞いて驚いた。

パソコンに明るい部下を持っていたのは知ってたが、まさかこっちの方面に舵取りするとは。世の中わからないことばかりだな。


「いつかコラボしましょう!」


これに食いついたのは後輩だった。


「こちらは魔導具作り以外はとんと不器用なジジイだ。その際はお手柔らかに頼むよ?」

「かわいい衣装作ってお待ちしております!」

「話聞いておった?」


やばいぞ、これは後輩の推し活魂に火がついたか?

ローディック師が僕と同じ境遇に立たされている。お救いせねば!と言う使命感のほかに、庇った先にもっと恥ずかしい衣装を着てくださいねと言われた時の被弾が怖い。


「ローディック師、後輩は放っておいて挨拶回りに行きましょう。僕この会場初めてなんです。案内お願い出来ますか?」

「任せておきなさい。こう見えて顔は広いからね」


一致団結というべきか、共通の敵から逃げるべく手を取り合った僕たち。

軽快にその場を去ると後輩は知り合いでも見つけたのか違う方へと駆け寄って行った。ヨシ!


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「アメリアさん!」

「誰?」


先輩に振り切られた私は、見知った顔を見つけて手を上げて呼び止めた。

まさかこんな場所で偶然知り合いに遭遇するとは。

まるで山で食料が潰えて人里に降りて来た子熊の心境で私は喜んだ。


「この姿でお会いするのは初めてですね。私は“先輩と後輩の錬金チャンネル”の後輩兼天の声を担当している望月ヒカリと言います」

「後輩ちゃん!? 先輩もこっち来てるの?」

「ええ、猫耳は外して参加されてます。目立つ格好をしてるのですぐに見つかりますよ」

「そっかー、会うの楽しみだな!」

「今はローディック師と挨拶回りをしておられるので、じきに戻って来ますよ」


さっきまで陰鬱な顔で早く終われと始まってもいない立食パーティの食事をこれでもかと食い漁っていたアメリアを諭すように元気付ける。

人里に降りて来て偶然同胞を見つけた子熊の気持ちだ。


「でもさ、先輩って男だろ? 猫耳を外してすぐわかるものなのか?」

「私を侮らないでください。先輩は普段から女装してますよ」

「普段から!?」


ふふ、びっくりしてる。これは合わせるのがますます楽しみですね。

と、言ってる側からやって来ました。知らない人までゾロゾロ連れて来て、まるでサークルの姫ですね。まんざらでもない顔をして、やはりそっちの素質も持ち合わせていましたか!


「先輩だ!」

「ね、すぐにわかると言ったでしょう?」

「バーチャルデビューする必要あったのか?」

「初期はまだ普段着でしたから」

「へぇ、アタシの知らない先輩を後輩ちゃんはいっぱい知ってるんだ?」

「最推しですから!」

「じゃあアタシに協力してくれる?」


これは面白い予感がする。

私は同胞に餌場を教える子熊の感覚で「いいですとも!」と応えた。


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ガンドルフやロディと出会った。

今日は日本の研究員も総出でお勉強会らしい。

ミツビシは所用で来れなかったが、出くわしたらきっと指をさされて笑われていたに違いない。“まんまじゃん”と。


「いやぁ、先輩にそっちの趣味があったとはね、くくく!」

「だが、先日公開したレシピの影響もあるかもしれないだろ?」

「若返りポーションね。まぁあれを食事に混入されたのは事実だよ。無論、性別変更はせずに死守したが」

「その影響で年齢だけが若返ったと?」


そう思わせたら僕の勝ち。事前に若返りポーションのレシピを告知しておいて良かった。勝手に勘違いしてくれるから。


「そのお陰で普段着が全部オーバーサイズになってな。後輩のお古を着させられてるんだ。似合うからって理由で。おかしくない? 僕男だよ?」

「実際に似合ってるからな。普段Vで似たような格好してるから違和感を見つける方が大変だと」

「君は生まれる性別を間違えたんだよミスタ槍込」

「ローディック師まで適当言わないでください! 着させられる僕の身にもなってくださいよ!」

「痛いほど苦労は分かるよ。じゃが、若さとは人の執着が最も出る部分じゃ。私もこの歳になって人生は短すぎると何度も痛感したものじゃ」

「ローディック師ならもう錬金出来たんじゃないですか?」

「品質Sを揃える方が大変じゃな。私は専門分野ではそれの価値について詳しくないのだが、実際大したモノだろう? 品質Sは。魔導具において品質Sは極上品じゃ。錬金にとっては容易に乗り越えられるものではないと思ってるが、どうじゃ?」

「全く持ってその通りですよ、師匠。この人がおかしいんです!」


ロディが僕に指をさす。やめろ。人を指さしちゃいけませんて習わなかったのか?


「いや、僕にとっては簡単ですが、そもそも熟練度が違うでしょう? ペーペーにあれこれ言われたくないんですが。悔しかったら熟練度上げてから挑んできてください。対ありでした」

「ぐぬぬ!」

「実際、先輩のおかげで業界全体の熟練度も上がって来てる。俺たちにとっちゃいいことずくめなんだぜ? それを品質Sまでねだっちゃバチが当たる。そう思うがどうなんだ、ロディ?」

「そこについては確かに感謝してますよ。でも悔しいものは悔しいです! 絶対追い抜いてやりますよ!」

「ふははは、僕を追い抜ける者なら追い抜いてみろ! 合計13冊のレシピノートの先に僕は待ってるぞ!」

「そうじゃん、レシピは13集まであるんじゃん!」

「熟練度320は伊達じゃない!」


あれ、僕まだみんなから熟練度320のままだと思われてる?


「うーん、ちょっと君たちと僕では認識にズレがある様だ。確かに僕は初配信の時に熟練度320と言ったよ。でもね、新しいレシピに出会うたびに僕だって成長するんだ。今の僕の熟練度は330だよ」

「は?」

「は?」

「はぁああああああああ!?」

「ウッソだろ、お前! 100からとんでもなく熟練度経験値が上がるのにたった数ヶ月で300台をさらに10も上げたのか?」

「丁度制作難易度今350のレシピに取り掛かってるから。時空間転移陣ての。成功品を持ち込んでるから発表を楽しみにしててよ」

「それ、レシピ集には?」

「え、載せてないよ。まだ成功率低いからね。載せられるわけないじゃん。僕がレシピ集に書き記すのは成功率90%以上のものだけだよ? ちなみにエリクサーは材料さえあれば作れる。時間はもらうけどね?」

「ダメだこいつ、叩けば埃がボロボロ落ちる。数年敷きっぱなしの布団でもこうはならねーぞ?」

「長年掃除してない小屋レベルの埃だ。逃すな!」

「君たち、僕の研究成果を埃扱いは酷くない? 同じ研究員として恥を知りなよ!」

「ワッハッハ!」


僕やガンドルフ、ロディのやりとりを見ていたローディック師が突然大笑いをする。パーティ会場は静まり返り、取っ組み合いに発展しそうな僕たちは居住まいを正す。周囲の視線はこちらに集まり、そこでローディック師は僕の腕を掴んで上げた。


「君が最優秀賞だ。ミスタ槍込。本年度の魔導具技師研究会の協会長賞は君に決まりだ」

「はい?」


僕の思考だけ靄がかかったまま、複数からの拍手が最高潮に達してなぜか僕の研究成果が選ばれた。まだ発表すらしてないのに。


「えーと、一体何が起きてるんでしょうか?」

「なに、単純な仕掛けじゃよ。錬金術師に限らず、魔導具技師も一定の熟練度に達したら守りに入る。じゃが君は脇目も振らずに上を目指した。その差があるとすればなんじゃ?」

「その分野における情熱でしょうか?」

「そうじゃな。だがこれが潰えたものたちの出す魔導具はどうも内向的でいけない。とある日に絶賛された魔導具のアップグレードを繰り返すだけの作業で満足してしまうんだ」

「それって悪いことなんですか?」

「悪くはない。より豊かな生活を維持するのに必要なことだ。じゃが、その研究員がトップに立てばやがてこの研究会そのものが守りに入る。それは長い目で見れば勿体無いことじゃ。本当であれば私はとっくに引退していてもおかしくないんじゃが、そういう意味でも後任が育たず苦労していたところで君が出て来てくれた。すぐに研究会のトップに座らせるわけにはいかんが、実績がそれを覆す。さぁ、君の持って来た成果をご披露願おうじゃないか」


腕を引かれ、壇上へ。

僕は持ち込んだ技術成果のプレゼンを始めた。

実際に効果を試してもらった方がいいだろう。

事前に引いたワシントン州の会場入り口と最寄りの空港間の転移陣が成功してるかの確認を任せた。


ただこれは転移陣そのものだけでは起動しない仕掛けになっている。

反応するのは腕時計に偽装させたチップを経由して起動。設定させた行先に飛ぶというものである。


まだこの時点で二点を結ぶ機能しかないが、ゆくゆくは行き来できるような機能を作りたいと未来を語った。

日常生活において使い所はあまりないが、命をかけた探索者にとっては非常に便利なスクロールとなるだろう。


戻る場所をあらかじめ設定しておき、その入り口をスクロール媒体で売れば、使った回数で利益が生まれる。基本的に商売だから利益が出なければ誰も作りたがらないし、欲しがらないだろう。


今のところ僕しか作れなくても、これは今後の資金繰りになると思っているので発表させてもらった。


周囲からは絶賛された。家と研究所を往復できると健康に悪そうなことを言う人もいる。

ちなみに転送スクロールだけでも荷物は転送できると教えたら全く違う別の用途で驚かれた。

今回の発表の場で売り込みたいのは腕時計と一方的に飛ぶ方のスクロールであって、倉庫としての機能の転送陣はレシピ集に載ってることを話すとそっちの方の話題も取り上げて爆発的に価値が高騰した。


個人的に教えてくれないかって話もきたけど、そういうのはお断りしてチャンネル登録数に貢献してくれたら再度プレゼントするかもしれませんと匂わせておいた。


米国だけだからそこまで広がらないだろうと思っていた僕が甘かった。

日本人研究員が勉強しに来る時点で察するべきだった。他国の研究員が雁首を揃えてるパーティ会場だったと、やたら多い来客数で気づくべきだった。

帰ったらチャンネル登録者が1億人になっていた。

くそう、胃が痛い。


7000万人の時は耐えられてたのに。いや、きっと実感が湧かないまま来ていたんだ。それが学会で絶賛されて現実味を帯びて来た。

一介の研究員の遊びで作ったレシピがこうも期待されるとは……もうどうにでもなーれとも言い切れない変なプレッシャーが僕を襲う。


「先輩、こういう時こそおめかしですよ。可愛くなって気分アゲていきましょ?」


くそぅ! 味方がいない。

でも実際に後輩に言われるがままに可愛い格好をして甘いものを食べたらどうでも良くなった。怖い、なにこれ! 僕どうなっちゃってるの?


「僕が寝てる隙に何かした?」

「私が先輩に直接手をあげるとでも?」

「そうだよな、君は間接的にしか手をあげない。それを選択してるのは僕だ。選択肢なんて初めからないが、裸でいるよりはマシと捉えて選択したのは僕なんだ。君を疑って悪かったよ」

「大丈夫です。私を先輩を信じてますから!」


事実を認めた時、ちょっとだけ気分が楽になった。女装も悪くないかもしれない。実際に開き直れたのは女装のおかげだと思ってる(おめめぐるぐる)

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