第三十四話

 帰宅した俺は和音の部屋をノックしてみたが返事がない。


 仕方がないので、ご飯をドアの前に置いておくと言って、自室に行く。


 手早く着替えを済まして、配信状況を確認する。


 葉山ソラの配信が始まっていた。


 パソコンの前に座って深呼吸をしてから、視聴ボタンを押す。


『えっと、改めましての自己紹介が終わったので……。あ、邪気眼さんお久しぶりです!』


 何となく『今晩は』とコメントをしたら、嬉しそうに名前を呼んでくれた。


 コメント欄が何者だと騒ぐ中、誰かが御三家の一人だよとコメントしてくれる。


 俺自身がそう名乗ってるわけではないが、初期配信からずっとコメント欄にイラストの感想を書いていたらそう呼ばれるようになった。


 他の二人は、変態という名の紳士だよさんとNAOさんだ。


『最近コメントがなかったので飽きてしまったのかと思っていたので嬉しいです! 今日もお披露目の後、イラストを描きますので楽しんでいってくださいね!』


 そこからコメント欄は俺の名前も呼んでくれだとか、パンツは何色ですかと騒がしくなっていく。


『えっと、時間があれなのでお披露目行きますね』


 葉山ソラはそれを無視して、ジャカジャカジャカとドラムロールの効果音を鳴らす。


 画面が暗転して、人が姿を現した。


 まぁ、人といってもライブ2DでいわゆるⅤTuberだ。


 でもその完成度はすごく、つややかな青い髪、茶色がかった目。二次元にした和音の姿が目の前にいた。


『どうでしょうか? 師匠に作ってもらったんですけど……。可愛いですか?』


 師匠ってつまり天使先輩か……。本当に多彩だな。


 葉山ソラのその言葉でコメント欄が荒れだした。


『結婚してください』


『パンツの色は何色ですか?』


『おじさんがいいことしてあげるから、連絡先ちょうだい』


 主にパンツネタが多く、変態コメントでそのうえ五万円の投げ銭付きだ。


『ホントに素敵です』


 NAOさんがそう言って、千円投げ銭する。


『結婚、いや、子作りしましょう』


 変態という名の紳士だよさんは五万を二回……。


 人の妹に何言ってんだ! マジでムカついてきた。


 だが今俺はタダのリスナーで、何も言えやしない。


 せめてものの抵抗で、可愛いね!と一万円を投げ銭した。


『キモ! 中二病乙』


 何故かコメント欄がその言葉一色に染まっていく。


『み、皆さん。お金はた、大切にしましょう! はぅ~」


 葉山ソラは飛び交うスパチャに、目を回しているようだ。


『ふふ、これも愛なのだよ』


『はう~。あ、ありがとうございます。そろそろイラストを描きますね!』


 興奮したようにテンション高らかに、猫耳美少女を描きあげてその日の配信は終了した。


 まさか和音がVTuberになるなんて思ってもみなかったな。


 俺は配信終了の画面をつけたまましばらく呆然としてしまう。


 和音はまだまだ成長するんだな。


 俺はどうなんだ? 和音のおかげで漫画の人気がでたとしても俺はタダの荷物。


 何だかそれって、兄として情けないな。


 俺は和音の隣に立ちたい。


 よし! 今日の体験をもとにシナリオを作るぞ!


 気合を入れて、執筆ソフトを立ち上げる。


 待ち合わせ、綺麗な先輩。嫉妬する幼馴染。よし、コンセプトはいい感じだ。


 順調に書き進めているとテーブルに置いていたスマホが震えだした。


 着信だ、空いては……。天使先輩。


 今日言われたことを思い出して、少し赤くなりながらスマホを耳に当てる。


『もしもし、配信は見たかしら?』


「はい、素敵なライブ2Dをありがとうございます」


『ふふ、そう言ってもらえてよかったわ。でも和音の人気は凄いわね、つぶやき君で話題になってるわよ』


 天使先輩その言葉にパソコンでつぶやき君を見てみることにした。


 凄い配信者現る! と銘打たれた記事に葉山ソラの名前と初配信投げ銭額が百万を超えたと書かれている。


 マジかよ……。


「本当ですね。実は俺も俺も投げ銭しちゃいましたけど」


「あら、奇遇ね。私もしたわよ、三十万くらい」


 バカがいた。いや待てよ……。


「もしかしてですけど、ハンドルネーム変態という名の紳士だよさんですか?」


 マナー違反だと思いながらも、ありえない投げ銭額にそう聞いてしまう。


 配信中一番過激に投げていたからだ。


『そうよ、よく分かったわね』


 その言葉に先ほどまでの照れくささは消えていく。


「天使先輩、あんな気持ち悪い投げ銭やめえてくれませんか? 和音が怖がるかもしれませんから」


『大丈夫よ、和音は私だって知ってるから。それにさげすんだ目を向けられるのもそれはそれでいい物よ』


 ダメだこの人、変態すぎる。


「あの、ほどほどにお願いします」


 でも、強く言えなかった。


 和音の師匠で、何かと世話になっているみたいだから俺があまり口をださないほうが良いだろう。


『了解よ。それで電話した件なんだけど、このまま話していいかしら?』


「はい、ぜんぜん大丈夫ですよ」


『じゃ、言うけど私も貴方たちの連載してる漫画雑誌で漫画を載せることになったわ。これからはライバルでもあるし、雑誌を盛り上げる仲間だからよろしくね』


 俺はその言葉にピンっと背筋を伸ばす。


 マジかよ。売れっ子ラノベ作家で、同人誌も売ってる天使先輩が同じ雑誌になんてヤバいのでは?


「因みにジャンルは何を書く予定なんですか?」


『恋愛よ。それはもう、純粋なね」


 ジャンルは微妙に違うな。俺達はお色気コメディー強めにしているから、まだ大丈夫かな?


「そうなんですね、教えていただきありがとうございます。後、連載おめでとうございます。これからも兄妹ともにお願いします」


 電話越しに頭を下げる。


『ありがと。そうだ、和樹君。今夜のオカズに私を使ってもいいわよ』


「な、何を言ってるんですか!」


『ふふ、冗談よ。本当に、貴方たちって面白いわね。じゃ、おやすみなさい』


 天使先輩は電話を切ってしまう。


 やばい疲れた。


 俺は電気を消して、そのままベットに倒れ込む。


 明日に和音に原稿を見せようと思いながら、眠りにつくのだった。





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