第十二話

 朝、俺は朝食の準備を終えて壁にかけられた時計を見る。


 午前七時三十分。時計の針を横目に和音の部屋に向かう。


 珍しく寝坊か? いやもしかしたら熱が出て寝込んでいるのかもしれない。


 俺はハラハラしながら階段を上がっていく。


 ドアの前に来たが物音はなく、ノックをするも返事がない。


「開けるぞ」


 俺は一言断りを入れて、ドアを開く。


 部屋の中が暗いので手探りで壁に付いているスイッチを探って、部屋の明かりをつける。


 ベットの上に膨らんだ布団を見つけた。


 気持ちのよさそうな寝息が聞こえている。


 その様子に安心して近くに行く。


「兄さん……」


「悪い、勝手に入ってしまった」


 布団の中から声をかけられて、ドキリとしながら返事を返す。


 布団がもぞもぞ動いたが何も言ってこないので、寝言だったみたいだ。


 早く起こさないと遅刻してしまうので、布団を捲る。


「うぅ……」


 和音が少しまぶしそうにした後、寝返りを打つ。


 その様子がすごく可愛い。


 昔は寝顔を見たりしていたが、この家に来てからはそう言う事もなくなってしまっていた。


 それどころか最近になってようやく会話ができるようになってきたんだよな。


「こうして寝ていると子供の頃みたいだな」


 寝顔を少し堪能してから、和音の肩を揺すって起こしにかかる。


「うふ、兄さん……。くすぐったいですよ」


 寝ぼけているのか、起きる様子のない和音を強めにゆすって起こしにかかった。


「もう、激しいですよ……」


 何だかいけない事をしている気分になってしまう。


 ダメだ、全く起きない。


 このままでは遅刻だ。


「和音、起きろ遅刻するぞ!」


 俺は焦りつつ、大声で起こしにかかる。


「ふにゃふにゃ? 兄さん……。結婚式は?」


 俺の方を向いて、目をこすりながらそう聞いてきた。


 好きなやつと結婚式を挙げる夢でも見てたのか?


 よく分からないモヤモヤが自分の中に生まれる。


「って、起きて準備しないと遅刻するぞ」


 モヤモヤの理由を考えてる場合じゃない。


「兄さん?」


 ようやく目を覚ましたのか俺の方を見て、目を白黒させている。


 どこか声が怖いような。


「お、起きたか? じゃぁ、下で待っているからな?」


 このままでは危険だと俺の脳の警告に従って、急いで早から出て行こうとする。


「キャァァァァァ!」


「痛っ」


 和音が叫び声をあげて、枕もとから取り出した辞書を投げてきた。


 それが頭にあたり俺はその場に倒れる。


「あ、兄さん。大丈夫ですか? でも、兄さんも悪いんですからね?」


 薄れ行く意識の中で、最後に和音のそんな声が聞こえた。


 ・・・・・・・・・・


「あるからして……」


 朝の一件で危うく遅刻しそうになったが、何とか間に合い今は一限目の数学の時間。


 高齢の数学教師が黒板に数式をかき込んでいくのを見ながら、後頭部にできたコブを触る。


 痛みはだいぶひいたが、触るとズキズキと痛む。


「あの、すみません」


 俺は声を出して、立ち上がる。


「どうした? えーっと、葉山君」


 先生は生徒表に目を落としながら、そう返事を返してくれた。


「頭が痛むので、保健室に行ってもいいですか?」


「ああ、かまわんぞ」


 先生はそう言ってまた黒板に数式を書いていく。


 俺はほかの生徒の視線をうけながら、教室を後にした。


 保健室についたので、「失礼します」と言ってからドアを開ける。


 部屋の中には養護教諭の姿はなく、不用心だなと思いながら俺はベットを借りることにした。


 そうだ、頭を冷やすのにアイス枕を借りよう。


 何か言われたらその時に謝ればいいしな。


 冷凍庫からアイス枕を取り出して、ベットに向かう。


 ベットは三つあって、そのうち二つが誰かいるのかカーテンが閉じられていた。


 開いている真ん中のベットにアイス枕を置いて、カーテンを閉めてから横になる。


「あ、ダメよ。シーク。ここじゃその」


 隣のベットから女性の抑えた声が聞こえてきた。


 なんだ? 誰かと話しているのか?


 声は左のベットから聞こえてくる。


「あぁ、そんな、こんなところで恥ずかしいわ」


 どこか艶めかしい声に変っていく。


 学校で何をしてるんだよ。


 聞いたら悪いと思っても、距離が近いせいで耳に入ってくる。


「あ、聞かれちゃう。ここ、保健室なのに」


 三、いちよん……。


 俺は掛ふとんを頭かぶって、頭の中で円周率を念仏のように唱える。


「そろそろかしらね」


 先ほどまであれな声を出していた女子生徒が普通の声でそう言って、その後カーテンが開く音が聞こえた。


 そのまま保健室を出ていくのかと思ったが、すぐそばでまたカーテンのレールがこすれる音が聞こえる。


 何をやっているんだ?


 掛ふとんをかぶっているので何が起きているのかは分からないけど、すぐそばに人の気配がする。


「さて、成功かしら」


 そう聞こえた直後に、俺のかぶっている掛ふとんが持ち上げられた。


 え? どうなっているんだ?


 持ち上げた人物を見て、固まってしまう。


 目の前にいる人物はこの学校の生徒会長、天使詩乃あまつかしのだったのだ。


 目が合ったままどうすべきか分からなくなってしまう。


「あ、あの」


 会長が無言で見てくるので声をかけようと試みたが、上擦った声を出してしまった。


「勃起したかしら?」


「はい?」


 何を言ってるんだ?


「だから、私の喘ぎ声で貴男は勃起したのかしら?」


 俺が困惑していると再度そう聞いてきた。


「おはようございます。目は覚めてますよ、会長」


 俺の脳みそがおかしくなったんだと思ってそう返事を返す。


「分からないのかしら? 貴男の、葉山君のオ○ンチ○は反り返ったのかを聞いているんだけど?」


 どうやら俺の頭がおかしいのではなく、会長の頭がおかしいようだ。


 だが、会長は真顔でそう聞いてきたのだから何か理由があるのだろう。


「どうしたんですか? まさか、誰かに命令されて聞いてるんですか?」


 普段の生徒総会などで見る姿はクールで、冗談を言うようには思えない。


「私に命令なんてすごい度胸ね? そういうのではないわ。素直な感想が聞きたいんだけど?」


 切れ長の目を細めて、俺の顔の変化を探るように聞いてくる。


「いや、聞いちゃダメだと思って、聞かないようにしていたので」


 俺は素直に答えた。


「そうなんだ、つまらないわね。いや、それでこそ葉山君よね」


 肩にかかった長い艶のある黒髪を手で背中に流して、後ろを向いてしまう。


 そのタイミングで、もう一つのベットから「うるさーい~」と声が聞こえてきて、俺達の方にその人物がやって来た。


「もう、人が二日酔いでしんどいのに、騒がないでよ」


 入ってきたのは皴皴しわしわの白衣を着た養護教諭だ。


 ぼさぼさのボブショートの髪を搔きながら、養護教諭とは思えないことを言ってくる。


「すみません、先生。私はそろそろ出ていくので」


 会長はそう言って、足早に保健室から出ていく。


「えっと」


 取り残された俺は何と言っていいのか分からず、言葉に詰まってしまう。


「君~、不純異性交遊してたのかな?」


「い、いや。してないです」


 その言葉に慌てて、否定する。


「ふーん。ま、いいや。私はもう一度寝るから、何ともないなら教室に戻ってね~」


 養護教諭はねむたげにあくびをして、元のベットに戻っていく。


 その様子を見ながらこれ以上ここに居たくないと思って、俺は教室に戻ることにした。










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