第11話 シャリーとダンと三文芝居

ロージーは生活を守ってくれるヴァルに強く惹かれていた。

別居しているエルシーという妻はお飾りだと思っていた。


前夫フレッドを遠ざけるためにヴァルはロージーの夫だとをついた。


それが間違いだった。

ヴァルも同じ気持ちだとロージーは思った。

彼と関係を持ちたかった。


だが王宮騎士団に勤めるヴァルが浮気などするわけが無い。

ロージーは全く相手にして貰えなかった。



妻の座にエルシーがいるから愛して貰えないのだ。

妻になりたい、ヴァルに愛されたいのに。

ロージはエルシーを憎んだ。


シャリーにはロージーのお腹の中にいた時から、母親の負の感情が流れ込んでいた。




生れてからも毎日、母親ロージーの負の感情が流れ込んできてシャリーは大声で泣いた。

わけも分からず息苦しくて泣き続けた。


『私の夫だって言ってくれたわ。でもヴァルは愛してくれないのよ』


『ねぇシャリー、私達は愛し合う家族なのよ。わかる?家族なのよ!』


『あの女に会いに村に行ったのね!死んでやる、死んでやるわ!』



ロージにとってシャリーはヴァルを繋ぎとめる道具で、忌み子に愛情なんて欠片も無かった。


温もりを求めて、救いを求めて泣き続け、慈しんでくれるヴァルに洗脳をかけていたなどと赤子のシャリーに理解できるはずもない。





今、シャリーは知らない誰かの腕に抱かれて、無心で母乳を吸っていた。

危険な場所にいるのも知らないで、お腹がいっぱいになってウトウトとまどろんだ。


「綺麗なお目目だね。見えないなんて可哀そうに」


「情を移すなよ。赤子はオリバー様から預かっただけだ」


「分かってるよ。あんた悪い事してないよね?」


「当り前だ。心配するな」


リーブ伯爵家の護衛騎士のダンは三か月前に男の子を授かった。

攫った忌み子の世話をオリバーはダンの妻に任せている。

ダンの妻子も人質になっているのだ。


忌み子は返されることは無い、きっと売られるだろう、オリバーはそういう人間だとダンは思っている。


今のリーブ伯爵の代になってからは酷いものだった。

特に嫡子であるオリバーの犯罪まがいの数々は、領民を苦しめている。

オリバーの護衛騎士などはどこからか拾ってきた 破落戸ごろつきだ。




ダンは馬を 一時いっとき走らせ、小さな村に向かった。


今日で5日目。

屋敷にヴァルという騎士とエルシーという女が帰って来る予定で、戻らなければ赤子は売られる。


リーブ伯爵家はこの五日間で忌み子の売却先を探していた。


汚い仕事と分かってても、ダンは妻子の為にやるしかないのだ。



屋敷を伺っていると後ろから声を掛けられた。


「おい、協力するなら命だけは保証する」


気が付けば、ダンは首筋に剣を突きつけられていた。

黒髪の騎士に、いつの間にかマークされていたようだ。


王宮騎士の制服を着ている。勝てる気がしなかった。



「俺はヴァルだ。赤子は無事か」

王宮騎士団の調査の結果、オリバーの周囲で赤子に乳を与えられる部下はダンだけだった。


「赤子は元気だ。嫁の乳を腹いっぱい吸って寝てるよ」


「連れ出せないだろうか?」


「俺の妻子が人質になってる、無理だ。別宅に監禁されて護衛が監視している」


「別宅の護衛の人数は?」


「10名ほど」


「そうか、ではヴァルが今日エルシーを連れて村に戻ったとオリバーに連絡してくれ。」


「わかった、赤子は俺の命に代えても守るから妻子は許してやってくれ」


「最後まで協力したらお前たちを許す」


ダンはヴァルに約束して、オリバーの元に走った。





ヴァルとエルシーが屋敷で待っていると、夕刻にオリバーは手下を数人連れてやって来た。


「俺のエルシー、離婚はして貰えたか?お前には手を焼いたからな、お礼は後でたっぷりさせてもらう」


エルシーは怯えてマーサに縋りついた。


「約束通りエルシーを連れてきた、赤子を返せ、どこにいる」


「エルシーこっちに来い。村を出たら忌み子は部下が連れてきて渡す」


「本当に、シャリーは返してくれるんだろうな?」


「ああ、ここで暫く待ってろ。連れて来るから。ほら来いよ!エルシー」



「い、いやよ・・・ヴァル、助けて、お願い」


「すまないエルシー、大事な娘の為だ、許せ」


「マーサ、助けてぇ!」


「エルシー様、なんて不憫な、ああ」


エルシーとマーサは嘆いて抱き合った。



「さっさとしろ!俺がここを出たらお前らは忌み子を連れて来るまで大人しく屋敷の中で待ってるんだ、いいな!」


「いや~ こ、こないでぇ!」


マーサの腕の中にいるエルシーにオリバーが近づくと、マーサはエルシーを後ろに隠して身構えた。




オリバーは勝利を確信していた。これでエルシーは俺のものだ。


だが扉がバ────ン!と勢いよく開いた。


それが開始の合図となり、ヴァルは手下たちを瞬殺した。



「もげろ!」

マーサの足蹴りがオリバーの股間を直撃してオリバーは呻いて背中を丸めた。


「二度と関わらないで!」

エルシーはオリバーの顔を思いっきり拳を握って殴った。


「レノの分だ!」

ヴァルが剣を振るとオリバーの片腕が床に落ちた。


「いや~ 三文芝居すぎてヒヤヒヤしましたよ」

ポールがオリバーの腹に一撃を加えると声を上げることも無くオリバーは失神した。



「外も片付いたぞ」

同僚たちの声にヴァル達が外に出るとオリバーの手下達はもう捕縛されていた。



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