第29話 とあるミステリ研究会員の本当の願い【問題編】①
サトシが去った後の家庭科準備室で、俺は一人、食器を片付けていた。手の付けられていないマグカップからココアを流す。
「モナミ、申し訳ないことをしたね」
「先輩!」
背後から掛けられた声に、俺は弾かれたように振り返った。そこにはすまなそうな顔でソファに座る先輩の姿。
その『申し訳ない』は何についですか?
そう言おうとしたのに声がでない。何から聞けばいいのか、わからない。
そんな俺に先輩がたずねる。
「モナミ、君は七不思議を信じるかい?」
「へっ? 七不思議?」
「そう、七不思議。学校の怪談とかでよく聞くだろう?」
「えっ? なんで?」
先輩の言葉の意図がわからなくて、質問に質問を返してしまう。
「いいから。いいから」
いや、よくないでしょ。
とはいえ、先輩はソファに優雅に腰掛けて、完全に俺の答え待ちの体勢だ。これは答えないことには先に進まなそう。
う~ん、ミステリは好きだけど、ホラーやオカルトはちょっと。同じ不可思議な話でも、ミステリは最後にきっちり説明がつく。でも、オカルトの類はある意味、なんでもありだ。好きな人はそこに魅力を感じるんだろうけど、俺は説明がつく謎の方が好きだ。
「少なくもと好きではないですね。絶対無いと言い切るつもりはないですけど、ちょっと納得感に欠けるというか」
「なるほど。では、虹は?」
「虹? いやいや、『では』の意味がわかんないですよ。七不思議と虹って、七しかつながりないじゃないですか」
つっこむ俺に先輩が少し驚いた顔をする。
「おや、よく共通点に気がついたね。感心、感心」
「先輩! 馬鹿にしてるでしょ! 気が付きますよ。それくらい」
大袈裟にほめてくる先輩に顔をしかめる。誰だってそれくらいは気がつくだろう。
そんな俺の不機嫌をいつもどおり華麗にスルーして、先輩は話を続ける。
「では、我々が解いてきた謎にも『七』が隠れていることには気が付いたかな?」
「えっ?」
はて? と首を傾げる。
今まで解いた謎って、ジュンジ、ヒサヨシ、ミカンに、演劇部の
「いや、五件ですよね? サトシの件をいれたとしても六件。それにアレは謎というか、何と言うかだし」
「ノンノン。モナミ、物事は色々な角度から見なければいけないよ」
ほっそりとした白い人差し指を振りながら、先輩が言う。
とはいえ、見方を変えると言ったって、どれも犯人や凶器が存在するような話でもないし。場所も全部
「やれやれ。モナミ、君の灰色の脳細胞はまたお休みかい?」
お決まりの台詞にムッとしたものの、思いつくことはない。でも、すぐに降参もなんだか悔しい。
「先輩、ヒントください」
俺の言葉に先輩が少し驚いた顔をする。
「おや、珍しい。答えではなく、ヒントとは。まぁ、本来ならヒントも自分で探すものだけど、考えようという姿勢は評価しようじゃないか」
そう言って鷹揚に笑う先輩。その姿にイラッとしつつも次の言葉をじっと待つ。
「ヒントは『虹』だよ」
これ以上は何も教えないよ、と微笑みながら、先輩はソファにゆったりと体を預ける。
「虹」
その姿に俺は諦めて考えだす。虹から連想できるものと言えば。
「空、屈折、光。架け橋。雨? あとはすぐ消えるとか? 確か吉兆とも、凶兆とも言われるって聞いた覚えが」
思いつくまま口にしてみるけど、先輩はうんうんとうなずくばかり。
「あとは色だけど、安直すぎるよなぁ」
いくつか思い浮かんだものを口にしているうちにネタも尽きた。ポツリと呟く俺に、うなずくだけだった先輩の目がキラリと光る。
「モナミ、シンプルな答えほど真実をついているものなのだよ」
「えっ? 色ですか? でも、色なんて。って、あっ!」
色に注目してみた俺は、今までの依頼に隠されたある一つの共通点について気が付く。でも。
「いや、駄目ですよ。やっぱり六です」
確かにみんなの名前に色が入っているのは、ちょっと偶然にしては出来過ぎているきはしたけれど、どう考えても七にはならない。
福山
立花
そして、最後に
「ほら」
これも一つ足りない。
でも、指折り数えて見せた俺に先輩が、ノンノン、とまた指を振る。
「モナミ、君の名前は?」
「俺? 近藤ですけど。って、嘘でしょ! 一年近くも同じミステリ研究会員として活動してきたのに、名前を知らないとかあります? いや、確かに大した活動はしてないですけど!」
あまりに今更過ぎる問いかけに俺は愕然とする。と、先輩がやれやれと肩を竦める。
「モナミ、私が君の名前を知らないわけがないだろ」
「怪しいですね」
よく考えたらいつも、モナミ、と呼ばれていたし。
疑わし気な目で見返すと先輩にため息をつかれた。どういうことだ!
「全く。愛する助手だと言っているのに。信じてもらえていないとは心外だな」
「いや、別に信じてないとは」
臆面もなく、愛する、なんて言われて俺は言葉に詰まる。そんな俺に先輩が言葉を続ける。
「モナミ、君の名前は?」
「だから、近藤ですってば」
「ノンノン。回答は正確に」
「正確にって。あぁ、近藤
驚く俺に先輩が満足そうにうなずく。
「最後の色は俺? でも、俺、何の謎もないですよ。あっ。サトシの話は俺も関わっているからってこと? それは無理が」
「いいや。モナミ、君には君の謎があるじゃないか」
「俺の謎?」
何を言っているのかわからず、俺は先輩の言葉を鸚鵡返しすることしかできない。
そんな俺を前に、先輩がソファで姿勢を正す。そして。
「愛する我が助手よ。最後の謎解きだよ」
榛色の大きな目がきらりと輝く。初めて出会ったあの日から俺を捕らえて離さない、あの静謐な目が。
「さぁ、私は誰かな?」
そう言ってニヤリと笑うと先輩はソファから立ち上がり、家庭科準備室のドアへと向かう。
俺の隣を先輩が通り過ぎていく。風もないのに栗色の長い髪がふわりと揺れる。
その時、俺は身じろぎもできず、何も言えず。ただ、家庭科準備室から出て行く先輩の後ろ姿を見送ることしかできなかった。
後には花のような微かな香りだけが残っていた。
*****
読んでいただきありがとうございます。
とうとう最後のお話です。先輩の正体を近藤は見つけることができるのか。
近藤とその周りの人たちがどんな答えをだすのか?最後までお付き合いいただけたら嬉しいです。
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