ラスボスに転生したけど降ります
みょん
ラスボスの役は降りる
「がふっ!?」
ガツンと頬を強く殴られたところで彼は……アリエルは思い出した。
(……俺、ゲームのラスボスやんけ)
殴られた衝撃で目の前がチカチカする中、アリエルは冷静に物事を観察し思考の渦に没頭する。
自身はかつて日本という現代世界で生きていた人間であり、何が起きたのか分からぬままこの異世界へと転生していた――ただの異世界ではなく、アリエルが前世で熱中していたゲームの世界へと。
(アリエル・アヴェンダ……小国の王子であり、家族だけでなく民も全て殺されたことで復讐に身を投じる青年……か)
そう、それが彼が転生することになったアリエルという男の設定だ。
「こんなひょろいのが王子だって?」
「くくっ、あまりにも簡単な仕事だったな――王族と言えど争いから身を引いた弱小国家だ。雑魚ばかりで退屈ったらねえ」
「……………」
屈強な男たちの言葉を聞きながら、アリエルは辺りを見回す。
記憶を取り戻す前から家族と共に過ごしていた王城はボロボロに破壊され、老若男女関係なく殺されている……当然、その場にはアリエルの両親や兄妹たちの死体も転がっている。
(……つまりここがアリエルが始まった場所か)
アリエルの根源は復讐……つまり、彼が思ったように今がその時である。
「それでこいつも殺すんだろ?」
「もちろんだ。誰一人として生かすなというのが命令だからな」
アリエルたちを襲ったのは彼らだけでなく、それなりの数の襲撃者が居る。
アリエルを殺そうと剣を構え近づいてくる二人に、アリエルはどうしたものかと恐れることなく考えていた。
(なんでこんなことになったのか……そもそも転生なんてもんが本当にあったのかよと驚くのはともかくとして……特に慌てたりしないのは状況がぶっ飛びすぎているからなのかな……?)
彼は……アリエルは目の前に迫る死神の姿を目で追う。
このまま何もしなければ彼は殺されてしまうが、それでも自分の姿と名前、境遇や国の名前など……そして他の国全てを照らし合わせた結果――この世界がゲームの世界だと確信しているし、家族が殺されてしまった悲しみによって自分の中にスキルが生まれたことも理解している。
(アリエル自身は戦う力を持たない……それでも何故彼がラスボスとして、世界に反逆する牙となったのか……それは――)
そこまで考えた瞬間、アリエルは首を強靭な手で掴まれた。
そのまま持ち上げられたことで首が絞まり、上手く呼吸をすることが出来ずに段々と意識が遠くなる。
「こいつ、何か考え事してねえか?」
「どう命乞いをしようか考えてるんだろうが無駄なことだ。さっきも言ったがお前は死ぬんだよ無様にな――弱い自分を恨めよ雑魚」
男が剣を振りかぶり、そのままアリエルを引き裂こうと刃を振り下ろす。
その瞬間をアリエルは不思議な感覚で眺めていた――これが走馬灯かと思えてしまうほどにゆっくりな光景……だがそこでアリエルはこう考えたのだ。
転生したことを思い出して自身の立場に絶望したのは確かだが、だからといって理不尽に死にたくはないのだと。
「……悪いが死にたくはないんだよ俺は。こんな理不尽で殺されてたまるか」
「あ?」
「なにを――」
アリエルは念じる――それが彼のスキルを発動させた。
彼を中心にして魔法陣が現れ、突然のことに襲撃者たちは驚いたようにアリエルから手を離して退く。
「ど、どういうことだ! この一族は魔法が使えないんじゃなかったのか!?」
「そのはずだ! だがこれは……くそっ、なんなんだてめえは!!」
響く怒声に目も向けず、アリエルはゲームを思い出すように思考する。
アリエルは戦う力を持たないが、彼のスキルはその代わりに強力な従者を呼び出す使役魔法――圧倒的なまでの力と知性を併せ持ち、この世界に生きる人々から隔絶された存在……それを創造し呼べるのがアリエルのスキルだ。
(……俺って適応能力ありすぎね? つうかこうやってアリエルは従者を創造していたのか……ゲームみたいに十人も要らないな――それなら俺が一番好きだったあのキャラクターをより強力にして呼び出すまでだ)
アリエルの脳内にいくつもの数字が浮かび上がる。
彼の従者容量が示す数字の1000……その中から500までを使うことで、彼はその名を呼んだ。
「来い――エクレシア」
その名を呼んだ瞬間、魔法陣は更なる輝きを放つ。
アリエルだけでなく襲撃者たちもあまりの眩しさに目を閉じ……そして、女性特有の美しく鈴のような声が響き渡ったのだ。
「呼んだかしら――マスター?」
「……………」
目を開けた先に現れたのは美しい女性だった。
地面に付きそうなほどに長い銀髪と特徴的な真っ赤なドレス。整った顔立ちは人間とは思えないほどに精巧でありながら、体付きも男の情欲を誘うほどに出るところは出て引っ込むべきところは引っ込んでいる。
「お、女だと……?」
「……人間じゃ……ない?」
美しいだけの女であれば彼らは舌なめずりをしただろう――だが、彼女が人間ではない証を見て困惑の表情を浮かべる。
彼女の……エクレシアの背には色の違う二対の翼が生えている。
黒と白……まるで光と闇という相反する属性を併せ持ったかのような翼だ。
(魔神エクレシア……アリエルの一番最初の従者であり、破壊と再生を司る能力を持った神のような存在)
エクレシアはその真っ赤な瞳をアリエルに向けているが、彼女は言葉をずっと待っている。
すぐ直前に死が迫っていたのもあってか、アリエルはもう気が抜けていた。
魔神として恐れられることになる彼女は創造主であるアリエルに対してだけは慈愛の心を持っているというのが設定なため、この場において唯一の味方ということでアリエルは安心したのである。
「……エクレシア」
「私はここに――何を命令するのかしら?」
ニコッと笑ったエクレシアにアリエルはこう言った。
「取り敢えず落ち着きたい……だからまずはここを離れようと思う……っ」
「あら、マスター?」
体の力が抜け倒れそうになったところをエクレシアに抱き留められた。
大きく柔らかな感触に顔を預けた瞬間に訪れた眠気に、アリエルはマズいと思いながら命令を下す。
「目撃者が居るのは面倒……だから……襲撃を掛けた連中を全員――」
そこでアリエルは意識を失った。
最後まで言葉を聞けなかったエクレシアだが、その先に続く言葉を彼女なりに考えて実行することにしたようだ。
「この地に生きているのは下賤な心を持った者のみ……なるほど、マスターの境遇は概ね理解したわ――であるならば、全て滅しましょう」
二対の翼をはためかせ、エクレシアは空に飛び立った。
眼下に見下ろすは滅びかけた小国……あちこちから見える黒い靄は全て、アリエルに対し悪意を持つ者たち。
「生まれて初めての仕事だわ――速やかに、鮮やかに熟してみせましょう」
エクレシアが手を翳した瞬間、国を包むほどの光が放たれた。
その光が止んだ瞬間、その場に残る者は存在しない……まるで存在そのものが抹消されたかのようだ。
全てが滅んだことにエクレシアは何を思うでもなく、眠り続けるアリエルの頭を撫でながら微笑む。
「マスターの願いは全て私の中に詰まっている……未来永劫、末永くよろしくお願いするわマスター」
かくして物語は動き出す。
ゲームの世界に転生した彼はどのように生き、そしてどのように創造した従者たちと未来を紡ぐのか……それはまだ、誰にも分からない。
「……俺ぇ……ラスボスは……ごめんだぜ……降りる」
「ラスボス?」
とはいえ、彼はラスボスを降りたいらしい。
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