39.王位の行方
(思い返してみれば、殿下が唯一拠り所としていた幻想を断ち切ってしまったような気がしなくもありませんね。)
ブルーノ様のお話を聞いたあとでは、それこそが陛下の目的であった可能性すら浮かんできましたが。
(わたくしを使って殿下の目を覚まさせる、だとか?仮にそうだとしても、そう上手くいくものでしょうか。……さて、どうなることやら、ですわ。)
* * * *
ともあれ、今はブルーノ様です。
(何をどうお伝えしたものか、正直纏まってはいませんが。)
言葉に迷いながらも、口を開きます。
「殿下とお会いしたのは、陛下のご命令によるものでございます。結局大したお話もしていませんし……。
わたくし個人の気持ちを申し上げれば、これまではどんなに不遇であっても殿下をお慕いし続けることが、わたくしに課せられた義務だと思っていたのです。
幼い恋心を踏みにじられ、無惨にも息の根を止められようが、当人の気持ちがどうこうという問題ではないのだと。
その枷がすっかりなくなってしまった今、自分でも驚くほどに安堵しております。
未練など、いまや一欠片もございません、と言えるのでしょうね。」
自身にとっては前提と言って良いほど分かりきったことではありましたが、他者に向けて断言できたことで、纏わりついていた靄を切り払ったような、すっきりとした気持ちになるのを感じました。
(ただ、殿下に対するものとは全く別の気持ちが膨れ上がり、溢れださんとしていることだけは、わたくしの心の内に秘めておかなければなりませんね。)
「……そうですか。それを聞いて安心しましたよ。
念のため言っておきますが、貴女は許しがたい扱いを受けながらも、十分に責任を果たされました。今後あの方がどうなろうと、お気になさる必要はないでしょう。」
「ありがとうございます。でも、わたくしにも落ち度はありますのよ。
初めて顔を合わせたあの日。殿下の望む答えをお返しできなかったために、不遜な方々に付け入る隙を与えてしまったのです。甘かったのだと、悔いておりますわ。」
「言ったでしょう?年端もいかない少女に完璧な答えを求める方が酷というものです。
いつまでも評価を改めず、しつこく引きずり続ける方がどうかしている。」
「ブルーノ様にそう仰っていただけるのなら、それだけで幸せですわ。
けれど、不満ばかり漏らすわけにもいきませんでしょう。
立太子を見送って試練を課すとはいえ、将来にわたって秩序を守るためには、最終的に継承順位を守ることは必須。
わが国の歴史を遡ってみても、国王の第一子である王子が常に絶対的にその権利を有し、王子の資質を理由に継承順位を飛び越えたことはありませんもの。
これまで決して破られなかった序列を不用意に揺るがす前例を作ってしまえば、譲位のたびに王座を巡って争いが起きかねませんわ。
陛下も重鎮の方々も、当然そうお考えになるはずですから。」
だから、いくら今現在ジェフリー殿下が厳しい立場に置かれていようと、後々王位についた時のことを考えてあまり好き放題言うわけにはいかないのです。
その程度の前提はブルーノ様も十分ご承知のはずであり、本来わたくしが申し上げるまでもないことなのですが……。
「そうですね、本当に馬鹿馬鹿しいことです。」
「えっ。」
とんでもない仰りように、わたくしは思わず瞠目しました。
「継承順を遵守しようとしなかろうと、荒れるときは荒れるものだ。むしろそれを恐れて道理を曲げることの方が、よほど後世に悪影響を与えるでしょう。」
「確かに、そのような見方もあるかもしれませんが……。」
(身も皮も、いえ、身も蓋もありませんわ。こんな過激なことを仰る方だったかしら……?)
「キャスリン様は、あの方が次期国王の器だと?」
「器だ、とまでは……。ただ事実上彼以外が王位に就くことは難しいのですから、どうにか善き王になっていただくしかないと思っておりますわ。
現時点で色々と問題はありますが、彼は王の素質として最も重要である『民を愛し、慈しむ心』をお持ちでいらっしゃいます。
それに、女性貴族に有能さや政への関心を求める殿下の姿勢は、上手く転がせばいずれ女性の社会的地位向上に繋げる力になるかもしれませんし。」
「どうでしょうね。期待するお気持ちは分からなくもないですが、矯正したい部分だけを思い通りに変えられるものでもありません、人間というものは。」
ブルーノ様の言葉に、わたくしはハッとします。
まるで目から鱗が落ちたようでした。
「そう、ですわね……。傲慢な考えであったかもしれませんわ。」
楽観的すぎたのだと、己の見通しの甘さを恥じ入ります。
「だから私は本気だよ。必要とあらば、あの第一王子を追い落とす覚悟を持っている。
この間は情けない姿を晒したが、今度こそは必ず成し遂げてみせるさ。」
彼があまりに真っ直ぐな眼差しで仰るものですから、冗談と笑い飛ばすことはできませんでした。
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