33.収拾

 泣きじゃくる殿下の言は、おおよそ次のようなものでした。



 人として王子として自分がいかに至らぬ器であったか、今ようやく思い知った。

 だが俺にはまだ王の座についてやりたいことがあるんだ。

 このまま失脚などしたくない。


 この国を取り巻く種々の問題を解決し、繁栄させて大陸一豊かな国にしてみせる。

 そうして民衆の末端に至るまでが飢えることなく、幸福に暮らせる理想の国を実現したいと、ずっと夢見ていたのだと。


 未熟な部分は必ず直してみせる、だからもう一度だけチャンスが欲しい。


 お前がここで許してくれれば、陛下のお心も動かせるかもしれない、と。


 そうわたくしに懇願なさるのでした。



「わ、わたくしも反省して!悔いておりますわ!」

「お、俺も!」

「私もだ!」


 そこにコンチュ様までもが憐れっぽく便乗したのを皮切りに、側近候補や取り巻きの生徒たちも続々と後に続き、混沌の様相を呈する会場。


 わたくしは思考を整理するため、一度目を閉じて俯きました。


(全て、全てが今さらですわ。いかにご立派な志でも、掲げるだけなら誰にでもできること。そんな青い未熟果のような理想を語られたところで……。)


 そもそもがわたくしの一存で決められるものではありませんし、今まで受けてきた数々の仕打ちのことを思い返せば、安易に許せるものでもありません。


 ですから、わたくしからは最後にピシャリとひとこと言って溜飲を下げさせていただこうと、大きく息を吸い込みました。


 そして。



「まったくもう、仕方がないですわね!許して差し上げるのは今回だけですわよ!」



 真逆の言葉を口にしたのでした。



「ええっ!?!?」



 おそらく、その場にいた皆さま全員の声が重なったことでしょう。


 当のわたくしはというと。



(し……しまったーーーー!やってしまいましたわ!!)



 もちろん、焦りに焦っておりました。



 それは恐らく甘みの強いバナナから人間に転生したことが原因である、わたくしの悪い癖。


 他人に対してどんなに厳しくしようとしても、最後の最後、肝心なところで突き放しきれずに甘々な対応をしてしまうのです。


(所詮……所詮わたくしなんて、世界中の皆様に深く愛されたというだけの、甘くて美味しいくらいしか取り柄のない、一介のキャベンディッシュバナナ……。)


 だからといって最も重要な場面でこんな……こんなのはもう、呪いでしかありません。


(で、でも大丈夫!今ここにいるのはわたくしだけではありませんもの!

氷のごとく冷徹な采配をなさると評判で、陛下直々の任を賜るほど聡明なブルーノ卿なら、このうに突飛な状況でも冷静かつ厳正にご対応くださるはずですわ……!)


 彼は、その美しいかんばせに険しさを滲ませて口を開きました。


「キャスリン嬢、貴女は優しすぎる。そこに付け込んで許されようなどと……まったく、この期に及んで困った方々だ。」


 そして一呼吸置くと、非情な眼差しで彼らに宣告したのでした。



「だがまあ反省していることだしな!次からは気をつけるように!」



「ええ~~~っ!?!?」



 今度はわたくしも会場の皆さまと一緒に叫ぶことになりました。


(そういえば……。)


 わたくしは前世の知識を思い起こします。


 ブルー・ジャヴァ・バナナ、別名はアイスクリームバナナ。


 成熟前の涼しげな外見による印象とは裏腹に、アイスクリームのごとくふわふわと口内で溶けるような柔らかさを持ち、また多少酸味が強いながらもバナナらしい甘さも併せ持つ。


 つまり、とっても柔らかくて甘い品種なのですわ!


(……いえいえいえ、だから何ですの!?

本物のキャベンディッシュ・バナナから転生したわたくしならまだしも、彼はブルー・ジャヴァにの普通の人間。そんなどうしようもない性質までそっくりだなんて、どう考えたっておかしいですわ!)


 しかし、ブルーノ卿を見やれば、先ほどのわたくしと同じく「や、やってしまったー!」とでもいうような顔をなさっておられます。



(あり得ないとは思いますけれど……でも、これはまさか……もしかして……?)



「お、お二人のご慈悲に感謝しますわ!じ、じゃあそういうことで……。」


 困惑するわたくしをよそに、わたくしとブルーノ卿の顔色を窺いながら、じりじりと後ずさりするコンチュ様。


「そうか、許してくれるのか……!」


 そして、感涙するジェフリー殿下。


(い、いけない!このままでは場が収まってしまいますわ!)


 そんなことになったら、今後の処理にも陛下のご沙汰にも影響を及ぼしかねません。


 わたくしが内心で冷や汗をダラダラとかき始めたときでした。



「いやそれで済ませるわけなかろうが!!!」



 突然、クリスお兄様の怒号が会場中に響き渡ります。


「!?えっ…?」


 温厚な性格で、かつお体の弱いお兄様がこんなに大きなお声を出すのは、わたくしの知る限り初めてのこと。

 会場の皆さまと同様に目を瞬かせるしかありませんでした。


「げほっ、妹に与えた数々の屈辱!絶対に許さないからな!!!……けほっ。

……この件は我が侯爵家から正式に抗議させていただきますゆえ、断固として有耶無耶になどさせません!

然るべき対応をいただけるよう全力で訴え出ますので、ご覚悟を……ゴホゴホッ。」

「お、お兄様?あまり叫んではお体に……。」

「キャスリン。あなたは少し大人しくしていてね?」

「は、はい、お姉さま!」


 とにかく宥めようと近づいたわたくしに、別の方向からピシャリとお声がかかりました。

 平素の柔らかさとはまるで違う空気を纏うミシェルお姉さまを前に、すごすごと引き下がらざるを得ないわたくし。


「……ではバルビシアーナ卿、恐れながら、後をお願いしても?」

「ああ、任されよう。」


 そしてお姉さまの呼び掛けに応える声とともに、会場の陰からもう一人の人影が現れました。


「お、お姉様?その方は……。」

「げっ……コホン。兄上!?」


 悠然と進み出て来られたのは、バルビシアーナ公爵家のご嫡男、つまりブルーノ卿のお兄様にして次代のバルビシアーナ公爵、その人でした。


「兄に向かって『げっ』とは何だ、ブルーノ。」


 威厳のある声で咎められたブルーノ卿が、露骨に「まずい」という顔をなさいます。


「全く嘆かわしい……。肝心なところで絆されがちなお前に全権を与えるのは不安だからと、補佐としての権限を頂いておいて本当に良かった。

この場はこれよりお前に代わって私が預かるが、当然文句はないだろうな?」


 バルビシアーナ卿はそのように仰ると、速やかにジェフリー殿下とコンチュ様を退出させるよう命じられました。


「さて、陛下に御報告させていただくためにも、後ろでキャスリン嬢のために証言したくてうずうずしているらしい御友人方 ──良心的な子息子女の諸君──にも話を聞くとしようか。

随分と待たせてしまい申し訳なかったが、王命の調査である故、遠慮など不要だ。存分に話してくれたまえ。

ああ、念のため言っておくと、聴取はこの場にいる全ての学園関係者に対して行う。

当然、騒動に僅かでも加担した学生諸君は気が気ではないだろうが……嘘をつくことは陛下への反逆を意味することとなる。心して臨むように。

……それで本日の調査は終了だ。

なお台無しになってしまったパーティーはまた後日開催できるよう取り計らっておくので、どうか安心してほしい。」


 そして騎士や調査官を背後にずらりと控えさせながら、そのように告げたのでした。



 ……これが、大波乱だったパーティーの一部始終でございます。

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