第6話 知恵とケーキ
食事が始まると、話すのは主に夫妻だった。
「料理が苦手? 大丈夫、大丈夫、こいつだって全くだめだったんだから。お前、大学の時に母親と魚屋に買い物に行ったら「え? これが鯖」って言ったんだろう? 母親が「恥ずかしい」って」
「そうだった、あの当時、鰯とサンマぐらいしか知らなかったかも。でもひどいのよ、この人新婚時代も失敗した料理は絶対に食べなかったの」
「俺は食べることには興味が無い。だからといってまずいものは絶対に食べたくない」
「今でもそうなのよ」
「俺は変わらん」
その話に若い二人は自然に笑った。特に彼女の方は声を出して楽しげに笑うので、夫人はちょっと仕返しをされたようにさえ思った。
「新婚時代は本当に困ったよ、ケーキとかクッキーばっかり作ってな。「お菓子」を作らないで「おかず」を作ってくれって頼んだんだ」
「だって料理は難しいのよ。ババロアは失敗してもプリンになるだけだけど、料理は食べられないものが出来るんだもの」
すると彼女が
「このお菓子もとっても美味しいです。上にマーマレードがのっていて甘酸っぱくて」うれしそうに言うので
「これは簡単よ。ハードケーキって言われているのかな。極端に卵を泡立てたりする必要も無いから」
「このパイのような網目の部分は? 」彼女は興味津々だった。
「それはね、その生地を三分の一くらい残して、更に粉を足して麺棒でのばすの」
「一緒に作って、教えてやったらいいじゃないか」
「私、雑だもん。お嫁さんにも言うの「鶴の恩返しと一緒、お願い、私が料理するところを見ないで下さい」って」
「ハハハハハ、でも本当に美味しいです、ぜひ教えていただいたらいいよ」
会話中、二人は何度も顔を見合わせた。
夫妻はその光景と全く同じものを、記憶の中から思い起こした。恋愛中のウキウキした感じとは違う、穏やかな空気感。
自分の息子達の、親類の、結婚を決めた若いカップル特有のものだった。
食事が終わり女二人で片付けをしながら
「キャンプしながら研究するのは大変でしょ? 危険じゃないの? 」
「人が来ないような所だそうです。熊はいるけれど」
「熊! そっちの方が危ないじゃない! 」
「熊は大丈夫ですよ、きっと」
全く不安も無くニッコリと笑った。
「まあ、あなたは人間の方が怖いかもね。十分に気をつけて」
「ありがとうございます」
そうして夫妻は夜遅く家を後にした。防犯灯が明るくて照らす中、夫は
「おい、彼女の事、しばらく近所には言うなよ」
「どうして? 多分二人結婚するわよ。組長さんくらいには話した方が」
「やっぱりそう思っていたか、絶対に止めておけ。彼が学会に出かけている時、彼女、家に一人だぞ。普通はマスクをしているからわからないかもしれないけど、素顔見られたらどうなる? 誘拐されるぞ」
「大人なのに? 」
「あれほどの美人だ、襲われて、お前責任が取れるか」
「確かに・・・・・言いません」
「守ったら、ケーキ買ってやるから」
「ありがとう」
二日後、彼らは車で朝早く出発した。今回の調査研究が無事終わることを、夫婦は心から願っていた。
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